35話 散々な夜
「やっ……!」
そんな東方朔に慧英は斬りかかる。しかし何度切っても手応えなく東方朔の姿は霧散する。
「無駄さ」
「そうだろうか」
無数の東方朔に切りつけた慧英は、その中の一体に向かって切っ先を突きつけた。
「ひいっ……」
「!?」
それは探していた村長だった。思わず慧英は剣をひっこめる。
「……なんてね。本当に騙されやすいね。村長に変化していたのは私だよ」
「貴様……」
「さて僵尸よ、この者を食い尽くせ!」
東方朔は慧英の目の前から飛び退くと、月琴をかき鳴らした。
すると一度切った僵尸が起き上がり、慧英へと向かってくる。
「くっ……」
慧英は怒濤のように押し寄せる彼らの上に飛び上がった。そして赤の如意宝珠
を取りだした。
「熒惑よ、悪を滅せ!」
すると如意宝珠が赤く輝き、僵尸の群れを飲み込んでいく。
「あーあ、村一つ僵尸にしたのに全滅だ」
「この……お前もこれをくらえ」
慧英は熒惑を掲げた。すると東方朔は笑いながら首をふった。
「これでもそんな余裕があるかな」
そう言って鬼火の一つを萌麗達のいる家屋に放った。火は見る間に広がっていく。
「萌麗!」
慧英は今度は青の如意宝珠、辰星を取りだした。その宝珠から水の奔流が湧き出して火に燃える家屋を包む。
「大丈夫か!」
「げほっげほ……」
慧英が駆け寄ると、萌麗達が中から出てきた。
「東方朔め……」
しかし慧英が振り返った時にはもう東方朔の姿は無かった。
「……くそっ」
道の傍らに止めた馬車の中に、とりあえず四人は体を寄せ合って横になった。
「大丈夫ですか、慧英様」
「ああ……すまんな、野宿になってしまって」
「しかたないです。その……あの村で一晩明かすのは私もちょっと」
微笑みながら答える萌麗に、慧英は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「俺が油断した為にあの東方朔も取り逃がした……」
「そんなこと……」
「いいや、たかが人間と侮ったのは確かだ。だがあれは……」
彼は不老だと自ら言った。自分で丹薬を調合するだけの知識と力がある、という事だ。
「仙人……なのか?」
しかし、あの禍々しい空気を発する者が天界に昇れるとは思えない。
「その、なり損ないか」
仙人になるには全ての執着を捨てること、そして善行を積むことが必要だ。あの東方朔はまるでその真逆を行く様に見える。ただ、ひとつ言えることはきっと彼はもう人間ではないのだろう。
「皇太后をそそのかし、国を乗っ取りどうするつもりか……」
「……あの、人の夢を食らっていた道士みたいですね」
じっと慧英の呟きを聞いていた萌麗がそう答えた。
「なるほど、ではあの東方朔は……宮廷の何かを餌にしている、と?」
「ええ、恐らくは……憎しみ……」
そう萌麗は答えて俯いた。
「皇太后様の憎しみや虚栄心を食らっているのでは……」
「なるほど」
だとすれば度々の襲撃や萌麗の暗殺計画などはそれを刺激するものだった、という訳だ。
「わざわざ宮廷に、厄介なやつが入り込んだものだ」
「宮廷だからではないでしょうか。国の中心だからこそ悪い感情がうずまく。いえ、宮廷だけではなく国全体の……」
「それを食らうのが東方朔、か」
馬車の中で皮衣を着ていても、冬の寒さはしんしんと伝わってくる。慧英は萌麗を引き寄せた。
「寒いだろう。もっとこっちへおいで」
「あ、あの……」
萌麗は戸惑った。だけど、少し考えて慧英に身を寄せた。この、自分を必死で守ってくれた男の体温を感じていたかったから。この後離ればなれになっても思い出せるように。
「あー、散々な夜でしたね」
朝になり、紫芳がそう愚痴りながら水を汲んできた。それで顔を洗って少しさっぱりした一行はまた帝都に向かって馬車を走らせた。
「まもなく帝都の手前、最後の街です。昨日は野宿でしたし休みましょう」
「ああ」
一行はさっそく宿を取った。そして少し仮眠をとることにした。
「……ん」
昼寝など久々な萌麗はなんだか中途半端に目が覚めてしまった。
「お腹すいたわ」
空腹を覚えた萌麗は、何か無いかと居間に向かった。
「ひまわりの種か。まあいいわ」
お茶請けに置いてあったひまわりの種をぱきぱき割りながら口に放り込んでいると、隣の部屋のドアが開いて慧英がやってきた。
「起きてたのか」
「お、お腹が空いてしまって」
萌麗は口をモゴモゴさせながら俯いた。食いしん坊なのがバレたのが恥ずかしい。
「外に何か食べに行くか。そんなものでは膨れないだろう」
「あ、はい……」
「それから市場も見よう」
「いいんですか?」
帝都を目の前にしていつ東方朔が襲ってくるかわからないのに大丈夫だろうか、と萌麗は思った。
「危なくないでしょうか」
「襲うつもりならこの宿に襲いにくるだろう。そんなことより俺も腹が減った」
慧英は萌麗の手を取ると、市街に出た。
「あ、ちまき」
「あれを食べようか」
「そうですね」
萌麗と慧英は市場であつあつのちまきを買って店先で食べた。
「陽梅がいたらお行儀が悪いと叱られますね」
「ははは、俺も食べ過ぎないようにしないと……」
「そういえばそんなことありましたね」
萌麗はちまきの名店に立ち寄って、慧英が具合を悪くしたことを思い出してくすりと笑った。
「……やっと笑ってくれた」
「え?」
「ずっと思い詰めた顔をしていたから」
「そ……そうですかね?」
萌麗はぎくりとした。帝都が近づくにつれて本当は不安で仕方なかったのだ。特にあの東方朔が一筋縄ではいかないことがわかってから。
「いいか、俺はちゃんと約束通り萌麗の義兄上殿を救ってみせる。あの皇太后と東方朔をそのままにして天界には帰らない。俺に任せろ」
そう言って笑った慧英を、萌麗は眩しく感じながら見つめた。




