34話 僵尸の村
何か得体の知れない呻き声に四方を囲まれながら、四人は家の中央に固まった。
「あ、村長はどうしたのでしょう」
「そうだ……」
この家には他にももうひとりいたことを慧英は思い出した。
「様子を見てくる。紫芳、萌麗と陽梅を頼んだ」
「はい」
慧英は壁を伝いながら慎重に部屋を開けていく。ところがどの部屋も空き部屋で村長の姿は無かった。
「おい! どこにもいないぞ」
「まさか外に……」
それを聞いた萌麗が息を飲んだ。
「このまま朝まで様子を見ている訳にもいかないしな……」
「慧英様まさか……」
「外に出てくる。萌麗達は中でじっとしていてくれ」
「でもっ」
「妖鬼の類いだとしても数が多い。俺ひとりの方が動きやすい」
慧英はそう言ってガタガタ鳴っている表玄関の戸に近づいた。
「萌麗、俺が出たら茨を張れ」
「は、はい……」
「いくぞ、せーの!」
慧英は扉を開けると一気に外に出た。その扉目がけて萌麗は茨の網を張った。
「う、ううー!」
村長の家から転がり出た慧英は暗がりの中の呻き声を聞いた。
「暗くて叶わんな」
都合の悪いことに新月の夜である。とっぷりとしたぬばたまの夜は一歩先すら視界が危うい。慧英は太白を振って灯籠を取り出した。
「なんだこいつら……」
そして慧英が見たものは、ただの村人にしか見えなかった。そしてまたどこからか月琴の音がした。
「うう……」
灯りに釣られたのか慧英の動きに反応したのか、そいつらはギクシャクとした動きで慧英に近づいて来る。
「……僵尸か」
慧英はその姿を正面から見てようやく理解した。この者達は死人である。
「ちっ、わらわらと鬱陶しい」
慧英は剣を抜いた。そして近寄ってくる僵尸を袈裟懸けに切り捨てる。
「すまんな」
慧英は人化を解いた。耳は尖り、その目の動向は縦に開かれる。そうすると闇の中の気配と人影が少しは見えた。それを頼りに慧英は剣を振り、次々と斬りかかっていった。
「……誰だ。こんなことをしたのは」
すっかり静かになった家の周りで、慧英は灯籠を掲げる。倒れたものは良く見れば皆、死装束を纏っていた。
「気の毒に……」
慧英がそう呟いた時だった。家の方から萌麗の声がした。
「あの、慧英様……なんだか静かになりましたが」
「ああ萌麗、僵尸が湧いたようだ」
「ええ……?」
「とにかく今そちらに戻る。まだ動くな、萌麗」
そう慧英が答えた時だった。
「うあああ!」
「!」
慧英の後ろから飛びかかった僵尸が、彼の肩口に食らいついた。
「ちっ……」
慧英は身を翻してしがみつく僵尸を振り払うと、剣を振り下ろしてたたき切った。
「あははは! 油断したね」
その時であった。闇夜にぽつぽつと鬼火が揺らいで一人の男が木の陰から姿を現した。
「……東方朔」
それは月琴を構えた東方朔であった。
「僵尸に噛まれた人間は僵尸になるんだけど、神仙の場合はどうなるのかな?」
「ほざけ!」
慧英は緑の如意宝珠、歳星を掲げた。歳星は淡く輝き、その光は慧英を包み混む。
「僵尸などなるものか」
「ああー、本当にそれ便利だね」
東方朔はうっとりとそう言いながら口の端を持ちあげた。
「それ、くれよ」
「はっ……痴れ者が!」
慧英はぐっと地面を蹴り上げると、東方朔に向かって剣を振った。ところがその東方朔の姿は霞みのように一瞬消えて、その切っ先をすり抜けた。
「残念」
「……何者なのだ、お前は」
慧英はまさか人間相手にし損じるとは思わず、そう呟いた。
「私は皇太后様のお抱えの道士に過ぎないよ。今はね」
「どういう意味だ」
「その前は亮という国の宰相だった。その前は庚という国で奴隷だった……その前は……何だったかな」
「お前、まさか不老不死なのか」
「不老ではあるね。死んだことはないからわからないけど」
そう言う東方朔はなぜだか少し楽しそうだった。慧英と話しながらも月琴をつま弾いている。その節に、慧英はふと気付いた。
「お前……以前竹林で虎をけしかけてきたな」
「うん、そうだよ」
あっさりと東方朔はそれを認めた。
「卜占にそこの萌麗がこの旅で死ぬと出てね。だけどなかなか死なないものだから皇太后様がお怒りでしかたなく」
「馬鹿な。この俺が側に付いていて彼女が死ぬなんてあるものか」
「……それはすごい自信だ。これでも私の卜占は百発百中と名高いのだよ?」
慧英は東方朔を睨み付けた。確かに大寺院での儀式の際は危なかった。だからこそ、慧英はより慎重になっているのだ。
「させるものか」
「ふーん……。なんであんな小娘に神龍将軍ともあろう方が固執するのさ。あ、もしかして……」
東方朔はにやっと勘に触る下卑た笑いを漏らした。
「可愛いものね、萌麗ちゃん。もう、手を出しちゃった?」
「下衆の勘ぐりはやめろ」
慧英は低い声を発し剣を握りなおした。
「帝都に行くまでもない。お前は今、ここで殺す」
「……へえ」
慧英の言葉に、それまでへらへらとしていた東方朔の顔つきが変わった。
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