30話 巫女
「お久しぶりだ。よもやこのような形で迎えを戴けるとは思わなんだ」
慧英がそれに嫌み混じりに答える。だが皇太后は特に気にした風でもなく言葉を続けた。
「萌麗はお役に立ってますかえ」
「ええ、人界に不慣れな我々の為に身を粉にしてくれている」
「そうかえ……あの萌麗がのう……」
とても信じられないと明らかに滲ませて、皇太后は扇を揺らした。慧英は嫌みったらしい物言いに心底うんざりした。
「……そんな事を確かめに我々を帝都に呼び寄せたのか?」
「いやいや。それがの、実は萌麗に頼み事があって使いを寄越したのだ」
「頼み事……? 私にですか?」
萌麗はまさか皇太后が自分に頼み事があるなんて言い出すとは予想外で、思わず声を漏らした。
「そうじゃ……欧蝉の街に今、大寺院を建立しているのをお前も知っておろう」
「ええ……」
「そこに鳳の金の彫像奉納するのだ。その奉納祭の巫女をお前に勤めて貰いたい」
「巫女、ですか」
萌麗は突拍子のない話に首を傾げた。
「なぜ私なのです?」
「この皇宮の公主で未婚なのはそなただけじゃ。国の大事な寺院じゃ。そなたほど高貴な身の上で巫女にふさわしい娘はおらぬ」
「……でも、私たちはまだ旅の途中です」
萌麗がそう言って断ろうとすると、皇太后はほほほ……と声をあげて笑った。
「勘違いしてはならぬ。そなたは所詮付き添いだろうに。慧英様達はそのまま旅を続ければよいだけのこと」
「……そ、それはそうですが……」
萌麗はその言葉にぐっと唇を噛みしめた。そんな萌麗の横から口を出したのは慧英だった。
「私は萌麗を置いて先に進む気は毛頭ない」
慧英はそう、はっきりと皇太后に告げた。
「ならば見学していかれると良い。壮麗な儀式を執り行う予定じゃ……。萌麗、皇帝陛下もきっとお喜びになるであろう」
萌麗はこの場に居もしないのに、急に出てきた皇帝の名にピクリと反応した。悪い予感がする。
「……義兄……皇帝陛下は本日は……?」
「お加減が悪いそうな」
「そう、ですか……」
「お前が巫女を務めてくれればきっと陛下の気も晴れようぞ」
萌麗は確信した。皇太后は皇帝を盾に萌麗に首を縦に振らせる気なのだ。
「皇太后様……」
「どうかえ、萌麗」
「……ありがたくお受けさせていただきます」
萌麗は震える声でそう答えた。意識の混濁した皇帝にさらに危害が加えられるかもしれない。そう思うと受けるしかない。萌麗は渋々ながら皇太后の要請に従うこととなった。
「良かったのか、萌麗」
皇太后との謁見を終えて、慧英は萌麗にそう問いかけた。
「仕方ありません……なに、ちょっと儀式の手伝いをするだけですし! ……慧英様の足をひっぱることになりますけれど」
萌麗がそう言うと慧英は萌麗の肩に手をやった。
「そんなことは気にするな。たった数日の話だ」
「……ありがとうございます」
「ただ……」
「はい?」
慧英はそれは本当に巫女役をするだけなのかと言いそうになって口ごもった。
「まあ、何かあれば俺がいる。心配はするな」
「はい!」
皇太后が言葉通りに萌麗を巫女にするだけのはずがない。当日にきっと何かあるはず。そう慧英は思った。
「萌麗様、大丈夫ですか!?」
別室に控えて居た陽梅が心配そうに駆け寄って来る。
「なにかありましたか」
少し遅れて紫芳も側に寄ってきた。慧英は二人に先程までのことを伝えた。
「大寺院の儀式の……巫女、ですか」
「ああ」
「萌麗様、あの皇太后様のことです、なにか絶対企んでますよ!」
「ええ、でも……この話を受けないと皇帝陛下がどうなるかわからなくて」
「汚いやり口ですね!」
陽梅はその話を聞いて憤慨している。その横の紫芳は比較的冷静だ。
「でも結局旺蝉に向かうことになりますね」
「そういえばそうだな」
「ではとっとと儀式を終えて、最後の如意宝珠を見つけましょう。ええっと残る如意宝珠は……黄の如意宝珠」
「災禍を防ぐ『鎮星』だ。これで全ての宝珠がそろう。そうすれば萌麗の兄上殿を救い出すことも容易いだろう」
慧英はそう言って、胸元から袋を取りだした。
「萌麗、念の為に今まで集めた宝珠をお前に渡しておく」
「そんな……いいのですか」
「明日、もしもの時はこれを使え。俺の鱗守りがあれば萌麗も宝珠を使えるはず」
「わかりました……ありがとうございます」
萌麗は手渡された宝珠をじっと見つめた。
――そして翌日。また立派な輿が用意され、旺蝉へと向う。萌麗は真っ白な衣装と冠を身につけ、さながら天女のようである。人民に見せつけるようにしてゆっくりと二日をかけ一行は旺蝉へと到着した。
「はあ……とんでもなく疲れるわ」
「明日、儀式を終えるまでの辛抱ですよ」
慣れない衣装と、人々の視線に疲れた萌麗は思わず愚痴を漏らした。
「に、しても……バラバラにされちゃいましたね」
「ええ……」
身を清める為と称して、今夜の宿は慧英達とは別になってしまった。
「……大丈夫。ここに居なくても慧英様は守ってくれるわ」
萌麗は慧英から託された四つの如意宝珠をぎゅっと胸に抱きしめた。




