24話 一計を案じる
「ということは、我らの如意宝珠はあそこで水神様として祀られている訳か……」
廟を出た慧英は、まだ反応を示す如意宝珠を見てため息をついた。確かにすぐそこにあるというのに持ち出すとなると中々厄介そうでだ。
「はぁ、仕方ない。とりあえずは宿に行こう」
廟には水神にお参りにくる人もちらほらいたので、一行は宿に戻り、作戦会議をすることにした。
「こうなれば夜中に忍び込んで取っていくか」
「あんなにお参りされているのに、その後大騒ぎになりますよ」
あっさりと取っていこうと言う慧英に、萌麗は慌てて言い添えた。
「ふむ……」
「あ、あの!」
そこに手を挙げたのは紫芳である。
「なにか代わりのものを置いていったらいいのでは。ほら、似たような宝珠ならどこにでも……」
「あら、紫芳。そしたらここの人達はなんでもない石ころを拝むってわけ?」
紫芳の提案に、陽梅はちょっと戸惑った顔をした。
「今だって、ただ魚の腹から出ただけの玉じゃないか。別に水神の力があるわけでは……」
「そうとも言えんぞ。あの厨子に祀られているのは恐らく青の如意宝珠『辰星』だ。仙力のあるものが扱えば水を治めることができる」
「でも仙人なんかこの辺にいないですよ。つまり、真の実力を発揮出来ない。石を拝んでいるのと代わりないということです」
「うむ……やはり石をすり替えるのが一番早いだろう。夜になったら行ってくる」
慧英はそう言ったが、萌麗と陽梅はそう上手くいくだろうか、と思った。
そして、その心配は正に現実となったのである。夜中、慧英が廟に近づいたところ、沢山の警備兵が廟を囲んでいた。
「お堂の宝玉をお守りしろ! 不審な輩が出たそうだ!」
「おう!」
兵士達は士気高く周囲を警戒しながら回っている。その様子を見て、慧英は苦い顔をした。
「参ったな……昼間の道士が通報したのか……」
この状態で廟に立ち入れば騒ぎになるのは目に見えている。慧英はしぶしぶと宿へと引き返した。
「駄目だったですか……やっぱり……」
宿に戻ると慧英は萌麗にそう言われた。
「やはり、とは?」
「人が祈りすがるものへの思いの強さは慧英様がたが考えるよりずっと強いんだと思います」
「それを安易に汚すような真似はやっぱり、この陽梅も賛成できません」
「……じゃあどうするんだよ」
二人の意見を聞いた紫芳は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「そうだなぁ」
慧英は卓の上に並べた三つの如意宝珠を見つめた。しばしの後、慧英は何か思いついたように頷いた。
「それでも我々は如意宝珠を手に入れなければならない。ここの者の納得のいくようにしようではないか……これも、如意宝珠の意志なのかもしれんな」
そう言って、紫芳を見てにやっと笑った。
「……?」
紫芳はその笑みの意味がわからずに目を泳がせた。
「どうせなら派手に行こう」
慧英はそんな紫芳を見て不敵な表情を浮かべた。
***
『紫芳、そなたの父は偉大な水龍だ。その力を存分に生かす時がきたぞ』
話し合いが終わり、皆それぞれの部屋に戻った後、紫芳は慧英のその言葉を思い返していた。
「……無茶を言うなぁ。天帝陛下にも騒ぎは起こすなって言われているのに」
でも主人の命令である。やるしかない。紫芳はため息を吐きながら部屋へと戻った。
「大丈夫かしら……」
「萌麗様、しっかりなさってください。萌麗様が一番肝心のなのですから」
「ああ、緊張して来ちゃった」
慧英から『辰星』を手に入れる手はずを聞いて、割り当てられた自分の役割に、萌麗は胸のどきどきが止らなかった。
「さ、ちゃんと寝ないと明日が辛くなりますよ」
「わかったわ……」
萌麗は陽梅にそう言われ、布団に潜り込んだ。けれども緊張でなかなか寝付けるものではなかった。
「ねえ、陽梅……」
「萌麗様、どうしました」
「ちょっと聞きたいことがあるの」
萌麗は眠れないついでに陽梅に囁いた。
「さて、お嬢さんがた、良い天気だ」
翌朝、慧英は笑顔で萌麗と陽梅に着物をつきだした。薄桃色の薄くひらひらとした衣装である。それを来た萌麗と陽梅の姿を見て、慧英は目を細めた。
「よく似合う。仙女役をしっかりと勤めてくれたまえ」
「は、はぁ」
慧英の立てた計画とはこうである。まず紫芳が川上で軽く氾濫を起こす。それを慧英が龍の姿に戻り、止める。その後、萌麗達が住民に代わりの玉を渡して如意宝珠を手に入れる、という算段だった。
「そんなにうまくいくかしら」
心配性の萌麗は憂い顔である。そんな萌麗の肩を慧英はポンと叩いた。
「まあ萌麗は俺の背中から転がり落ちないようにしていればいいさ」
「はい……。でも慧英様は龍の姿を現していいのですか?」
萌麗の記憶が確かなら、天帝にそれは禁じられていたと思う。
「今回は沢山の人に見せる必要があるからな……致し方ない」
「慧英様がそうおっしゃるなら……」
萌麗がそう答えた直後だった。慧英は窓の外を見た。
「紫芳が上流についたようだ。では行くぞ」
慧英は、二人を連れて、なるべく下流、街の端の方へと移動し始めた。




