19話 祈祷師
「ここか……」
そこは萌麗達が考えてたのとは違って粗末な小さなお堂だった。
「どなたかいらっしゃいますか?」
と、萌麗が問いかけると、中から学者風の男が一人出てきた。
「なんでしょう」
なんということはない、何処にでも居そうな男である。
「あの……ここは李烓という祈祷師のお堂だと聞いたのですが……」
そう萌麗が聞くと、その男は少し苦笑した。
「私が李烓です。ただここに住んでいるだけなんですけどね。卜占を生業にはしていますが。で、何用でしょうか」
「あっ……その……」
いきなり本人が現われるとは思っていなかった萌麗が慌てて口ごもると、代わって慧英がこう言った。
「我々は旅の商人なのだ。道中の安全を祈願してもらいたい」
「いいでしょう。では中にお入りください」
あっさりと四人は家の中に入った。
「祈祷所はこちらです」
「はい」
通された部屋の奥の壁際に祭壇がある。だが、仙人の立像が祀ってあるだけで特に変わったところはなかった。
「……慧英様」
萌麗は声をひそめて慧英に囁いた。慧英はちらりと萌麗を見ると、袂から赤い『熒惑』を覗かせた。宝珠はしんとして、なんの反応も無い。
「ここは関係ないのかしら……」
「しっ……祈祷がはじまるぞ」
祭壇に向かい、膝をついた李烓が火を炊き始める。そこに投じられた香の香りが漂う中、彼は祈祷をはじめた。
その姿を萌麗はじっと見つめたが、熱心に祈っているようにしか見えなかった。
「これで祈祷は終わりました。これは五路通達符という道中のお守りです。どうぞお持ちください」
「では、ありがたく」
「ああ、そうだ。健康祈願の為にこちらのお茶を良かったらお持ちください。こちらも祈祷をしたものです」
李烓はにこにことして御札とお茶を慧英に渡した。
「それではこれはお礼だ。とっといてくれ」
慧英は祈祷の報酬に金を李烓に渡した。
「こんなに……ありがとうございます」
「うむ、では行こうか皆」
結局、『熒惑』は反応せず、祈祷もごく普通のものだった。外はすっかり夕暮れになっており、四人はなんだか拍子抜けして宿へと戻った。
「慧英様、その護符とお茶、どうするつもりですか?」
「こんな胡散臭い茶なんて飲めるか」
「ですよね……」
慧英はポンと卓の上に護符とお茶を放り投げた。
***
「お待たせいたしました、お夕食です。腕によりをかけました」
しばらくすると、女将の白児が料理を運んできた。冷菜に羹、炒め物に焼き肉と味も量も申し分ないものだった。
「なるほど嘘偽りないな」
「ありがとうございまず」
白児はニコニコと食後の茶を淹れながら、微笑んだ。
「結局なんだったのかしら……」
萌麗は白児の出て行った後、部屋に入って食休みをしながら『熒惑』のことを考えて居た。その時である。陽梅が急にへなへなと地面に手をついた。
「陽梅? どうしたの!?」
「あ……ちょっと眩暈がしたのです」
「大丈夫?」
萌麗がそう聞くと、陽梅はにこっと笑って答えた。
「ええ、なんとも」
「そう……良かったわ」
人間である陽梅にはこの旅の行程は少々きついのかもしれない。そう萌麗が考えていると、今度は陽梅は微笑みながらもぽろぽろと涙を流しはじめた。
「……陽梅!?」
「萌麗様……良かったですねぇ」
「え、なにが?」
「なにがって、皇帝陛下が元に戻ってあのあの皇太后を冷宮に追いやり、萌麗様にご褒美として新しい宮と着物に財宝を授けてくださったではないですか」
「……え?」
萌麗は耳を疑った。確かにそうなればいいと思うが、そんな事実はない。
「しっかりして、陽梅。酔っ払っているの?」
しかし夕食で酒は飲んでいないし、料理にも酔うほど酒は使われていなかったと思う。
「ああ……良かった。私は幸せです……」
なにかがおかしい、そう感じた萌麗は陽梅を連れて部屋を飛び出した。
「慧英様!」
するとそこには困った顔の慧英がいた。その慧英の腕には紫芳が縋り付いて笑っている。
「どうです、僕は立派な龍になりました! ねぇ、見てくださいってば!!」
その顔はとろんとして陽梅と同じようである。
「慧英様、陽梅の様子がおかしいのです」
「紫芳もだ。一体どうしたんだ」
「とにかく、緑の宝珠を使いましょう」
「あ、ああ……そうだな」
萌麗の言葉にハッとした慧英は緑の如意宝珠を取りだして、仙力を籠めた。すると宝珠から霧が発生して居室を満たした。
「……ん?」
「あ?」
するとぼんやりとした顔をしていた陽梅と紫芳がまるで夢から醒めたように目を見開いた。
「痛い……私は何を……」
「陽梅!」
「あ、萌麗様……なんだか夢を見ていたような……」
「ああ、頭痛い……あれ、僕はどうしたんだ」
二人は頭痛を訴えつつも、正気に戻ったようだ。
「二人とも一体どうしちゃったの?」
「萌麗様、急になんだか何かとても幸せな気分になって……」
「僕は宝珠を集めて天帝様に龍になったって言われた気がしました」
どうやら幻覚でも見ていたようである。
「夕食を食べた後からふわふわして」
陽梅はそう言ったが、同じものを四人とも食べている。なぜ自分と慧英はなんともないのか、と萌麗は首を傾げた。
「慧英様、私達はなんともないですよね」
「ああ。私は神仙だからこれくらいの幻術にはかからない。萌麗も私の鱗を持っているからだろうか」
「なるほど……ではやはり夕食になにか入って……」
と、言いかけた萌麗の目に卓の上に無造作に置いてある茶が目に入った。
「もしかして、この茶と同じものが食後に」
「む……?」
慧英は萌麗の言葉に卓の上の茶を手にとった。
「紫芳、口をあけろ」
「いっ!?」
「いいから」
そう言って慧英は紫芳の口にお茶の葉をねじ込んだ。
「あはは……僕は龍だ!」
「慧英様……」
「うむ。やはりこの街にはなにかあるみたいだな。やはりあの祈祷師が怪しい」
慧英は『熒惑』を手にして見つめた。悪を滅する赤の如意宝珠。これが光ったのはこの街に滅すべき悪がいる、ということなのだと思いながら。
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