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ブリジッタの婚約者であるシモンは、容姿端麗な絵に描いたような『王子様』だ。あまり体を動かすことは好まないが、意外にスタイルは良い。

本人は、体を使うことなど、下々に任せて寘けば良いと鷹揚に構えている。今は戦いもない平和な時代で、騎士の職務も国防より犯罪捜査などに比重が置かれている。と言っても優れた剣士には賞賛が寄せられるし、腕前を買われて仕官する者も多い。

荒事はそうした手下に任せれば良いと言えば良いのだが。

実のところ、シモンはそうした騎士や事務仕事に従事する文官をも下に見るので、彼等の間ではあまり人気がない。

人気が高いのは、若い令嬢達の間だ。もっとも彼とブリジッタの婚約は社交界では周知の事実、自分の爵位や領地を持たない彼は結婚相手としては不適格と見なされる。

なので、彼に媚を売る下級貴族の令嬢は愛人狙いなのだ。ブリジッタもその辺りは弁えているから、敢えて何も言わない。

ただ、シモンは婚約者のブリジッタと親交は深めるつもりもないらしいのが、些か問題だ。女の子達にちやほやされるのは好むが、特定の恋人は作らない。言質をとらせぬ遊び方は、ある意味で実に貴族らしい。


そんな彼だから、ある日屋敷を訪問してきたのには驚いた。

「シモン殿下が?」

「はい、先程。特に先触れもありませんでしたので、お待ちいただいております」

正確には、母親の王妃に「たまには婚約者を訪問するくらいのことはなさい」と命じられてきたらしい。そうでもしなければ、わざわざエルスパス侯爵家をおとないはしない。

支度を整え応接室で接待したものの、シモンはやはり機嫌がいいとは言えない。正直なところ、ブリジッタとしても何をしにきたのかと思うし、使用人達も警戒の様子だ。

「殿下は、本日は如何なさいましたの? これまであまり、我が家にはお運びなかったと思いますが」

「なんだ、僕が訪ねては何か都合が悪いとでもいうのか」

「いえ、そのようなことは。ですが先触れをいただきませんでしたので、十分なおもてなしができないかもしれないと、家の者も案じております」

応答がいちいち刺々しいのはいつものことではあるが、普段の彼の様子を知らない侯爵家の家人にはさすがに驚くものであったらしい。老齢の家令は表情を動かさなかったものの、侍従や城に同行しない侍女達は眉を顰めている。

シモン王子は華やかな見た目に対し、中身にさほど取り柄がない。ここ最近は怠慢になりかつ不遜、自分に能力がないことを認めたがらず他者に責任転嫁ばかりするようになってきたと、王城でも評判が悪化している。もちろん両親である国王陛下並びに王妃もいろいろと説教したり教師をつけたりと手を尽くしているのだが、その性格は矯正できなかったようだ。

「母上が、おまえとちゃんと話をしろ、とおっしゃるのだ。おまえと話したところで、何も得るものなどないというのに」

「……はあ」

その台詞をブリジッタの方が言いたい。何しろシモンは、一度こうと決めつけるととにかく人の話を聞かない。頑固というより意固地でどうにも振る舞いが幼い。

いろいろ多忙なブリジッタとしても、あまり彼に構っている暇はないのだ。だが訪ねてきた彼を追い返す訳にもいかないし、中身のない自慢話や愚痴に時間をとられる羽目になる。

国王も王妃も、息子は可愛いのだと思う。出来の悪い子ほど可愛いというが、為政者として馬鹿息子を甘やかす訳にもいかない。苦肉の策として、既に領地運営に就いているブリジッタとの接触で、何らかの得るものがあれば、と考えたのかもしれない。

親の心子知らずというが、シモンの方は全くブリジッタの話を聞く気はないようで。

もちろん王族として、シモンには侍従もついているが、昔から気難しかった彼は、人の好き嫌いも激しい。彼と同じ年頃の青年にはやたらと絡み、些細なことをしつこくつつき回すので使用人が居着かない。自然、仕える人間は距離を置き、あまり質のよくない者しか残らないらしい。

本人は自分が不遇で、両親や兄妹も自分を理解しないと文句たらたらだが、ブリジッタから見れば自業自得だ。

人を使うことは、その相手との関係を築くことだ。一度限りならまだしも、関わり続けていく相手に一方的なわがままを押し付けるのはあまりに無神経だし、見限られるのも当たり前だろう。

「父上も兄上も、頭が固いのだ。何故ぼくが、一領地の勉強などせねばならない。ぼくがするのは、この国全体を見通す広い視野を持つことだろう」

「……私には、陛下や王太子殿下のご高察などとてもわかりませんが。それでも、仰られることはきちんと果たされた方が良くはありませんか?」

どうやらシモンに、その父の国王や兄である王太子からもエルスパス領について勉強するよう命じられたらしい。逆に言えばそう言われなければ自分の婿入り先について、学びもせず過ごすつもりだったのだろうか。

ブリジッタももうずいぶん慣れたが、シモンはこれでなかなかの自信家だ。正直周りからは何故そんなに自信満々なのか理解できないが、彼本人としては極めて優秀で臣下の信頼も篤く、王国の次代を担う重要人物、と自負しているらしい。重ねて言うが周りからはそう見られていないのだが。

ブリジッタも詳しくは知らないが、かつて彼の家庭教師は「褒めて伸ばす」タイプだったという。そのこと自体はいいのだが、その後もずっとシモンは自身を「とても優秀で他の誰より天才」と思い込んでいる節がある。たまに兄の王太子はそれをからかうのだが、すると本人は本気で真っ赤になって怒るのだ。

「……おい、あれは?」

不意に問われたブリジッタはシモンの視線の先を追う。

彼が見ていたのは窓の外、庭先で何やらはしゃいでいる少女だ。貴族子女ならありえないことだが、スカートの裾をからげて水まきの飛沫をはね散らかしている。

「まあ……お見苦しいものをお見せしてしまいました、申し訳ございません」

「それはいい。だからあれは?」

「……ライアン殿の、娘だそうです」

「……おまえの妹ではないのか」

「そうですね、異母妹になります」

だが、その娘デイジーはエルスパス侯爵家には無関係だ。例え同じ父の娘であっても。

それはシモンもわかっていることとそう考えてブリジッタはわざわざ説明しなかった。仮に説明したところで、彼がそれを素直に聞き入れたかどうかは怪しいのだが。

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