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はっきり言って公爵家も侯爵家も、王族のシモンに侯爵家の実権を握らせる気はない。才能があればまだしも、彼はあまりに平凡な能力しか持たない上に、自尊心は高い。もう一つ看過しかねる重大な欠点もあった。

「まず、発展しない土地というのは概ね耕作地が足りないのだ。何はともあれ、開墾して畑を拡げる、それが一番大事!」

自信たっぷりに宣言するシモンに、伯父は冷ややかな視線を向けるが、見た目は笑顔のまま。

「なるほど、それで畑を増やして合わせて税の取り立てを厳しくする、と」

「うむ。畑を拡げれば収入は増える、その分は払ってもらわねばな!共に豊かになるべく、協力し合うことが必要だ」

決して馬鹿ではないのだ。それがいいことか悪いことかは別として。

得々と語る彼の話が一段落ついたところで、伯父は傍らにひっそり控えたブリジッタを省みた。

「ではブリジッタ。解説を頼む」

「はい」

伯父の言葉に頷いて視線を向けると、シモンは不機嫌な顔で睨んでくる。ちょっとたじろいで何とか言葉を継いだ。

「では、こちらを。……先日殿下にお渡ししましたのは、公爵閣下のご指示通り、五年前の資料になります」

「何!?」

当時はブリジッタもまだ勝手がわからず、何をどうすれば良いのかさっぱりわからなかった。伯父や多くの大人達の助けを借り、何とか回るようになった、それ以前の報告書なのだ。

もちろん問われればそのことは教えるつもりだった。というか、報告書には日付(年を含む)も記載されている。

たかが5年、されど5年。その間にエルスパス領はずいぶん変わった。しかしシモンの言うような土地の開墾は行っていない。

「こちらは、最新の報告書です。……エルスパス領は、あまり麦の成育に向かない土地が多く、その故に酪農を推奨しております」

主要街道沿いは、比較的土地も平坦で畑も作られている。しかしそこから離れると、割に土壌が痩せており、また岩場も多くて麦に限らず畑作農業は難しい。

代わりに痩せた土地に生える草を食む牛や羊を育てている。

麦はこの国の主食で流通も多い、一般的な作物だ。だがそれ故に、栽培に向く土地は殆ど開墾済みといっていい。

エルスパス領に未墾で残されていた土地は水はけが悪いとか岩場とか斜面とか、平坦で乾燥し安定した土壌を好む麦には合わないものばかり。

それを知ったかつてのブリジッタは、代官たちとも相談して、酪農の導入を決めた。元々小規模な山羊飼いで現金収入を得ていた者もおり、初期投資を低利で貸付けるとして牛や羊の飼育を勧めると、乗り気になる者もそれなりにいた。

今では乳や肉を加工する工房も出来、そこに人を雇うことで雇用が生まれている。まだまだ問題も多いが、何とか回り始めたところだ。

淡々と説明するブリジッタに対し、シモンは真っ赤な顔で唇を震わせている。刺すような眼で睨まれて居心地は悪いが、伯父があくまでにこやかに見守ってくれているのが心強かった。

「色々と問題はありますが、現状ではそれなりの収益も出ております」

「うむ、ブリジッタは良く見ていたな」

彼女の説明に伯父は鷹揚に頷く。もちろん、ブリジッタの苦労を間近にしていたのは家令や代官たちだが、伯父もまたその苦闘を報告され承知していた。

自身が有能であると同時に、部下の働きを正しく評価する、それが高位貴族としての必須条件だ。

高位貴族ともなれば与えられる領地も広く、場合によっては官位も得ており、仕事は忙しい。もちろん社交も必要、となると任せられる部下を育てるのも大切な業務である。

自分が全て出来る必要はない。出来る者を見極め育てることが大事なのだ、とそれもブリジッタは伯父に学んだ。もちろん最低限の知識はなければ何が必要な技能なのかも理解できないが。

「さて、殿下。恐縮ではございますが、まだ貴方には学んでいただくことが多くあります。何とぞ、励まれますよう」

にこやかで一見愛想よく、けれど伯父はきっぱり釘を刺した。物言いたげなシモンに余計なことは言わせずその場を締める。



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