41
「……ブリジッタ」
「は、はい」
突発事態に半ば呆然としていたブリジッタは、まだ幾分怒気を孕んだ伯父の呼びかけに慌てて答えた。
その様子に、パーサプル公爵も一つ溜め息を吐いて自分の激情を呑み込む。
「件の娘は、おまえの異母妹だろう。どういう性格か説明できるか」
「……あいにくと……私も、あの方とはあまり接触がありませんでしたので」
「ふざけるなっ!!」
彼女が控えめに告げると、途端にシモンが激昂して叫んだ。
「デイジーは、貴様に毎日いじめられた、ととても傷ついていたのだぞ!」
「そ、それに自分ばかり着飾って遊び歩いていると!」
尻馬に乗ってレイフォードも声を張り上げる。その大声にブリジッタはちょっと身を竦めたが、その強張った手を隣のカレルが軽く触れる。宥めるような仕草に、彼女はそっと息を吐いた。
「……そうはおっしゃっても、私あちらとは最初にいらした日以外、殆ど顔も合わせませんでしたのよ。同じ敷地内ではあっても、ずっと離れに暮らしていらっしゃったのですもの」
誰に何と言われようとも、それが事実なのだ。
初対面のその場で、故意ではないかもしれないがブリジッタに怪我をさせ、反省の色も無くわめいていた少女とは、その後も接触しなかった。元々デイジーはライアンの娘であり、ブリジッタの暮らすエルスパス侯爵家本邸には入れない。敷地内の離れで生活していた。
いろいろ問題も起こしていたが、詳しい話はブリジッタまで報告されなかった。
ただメイドたちが言うには、理不尽な絡まれ方をすることが多く、特に若い女性はちょっと目立つ小物など持っていると取り上げられたりしたらしい。刺繍の凝ったハンカチや綺麗な装身具など、価値があるものというよりデイジーや母のダリアが目をつけるような品、だそうだ。
彼女たちは見る目もあまり無く、本物の宝石(ただし小粒)を使ったものよりキラキラするガラス製の飾りだったり、派手な色に染めた羽根飾りだったりと、パッと目を惹く品を欲しがる。
当時のその話をすれば、概ね納得された。幼い伯爵令嬢がつけていた髪飾りも、物は良いがまだ幼い子ども向けのわかりやすくキラキラしたものだったそうだ。
要はデイジーも7つの子どもと同程度の嗜好であり、後先考えない考えの浅さと年齢を重ねたずるさの分、却って質が悪い。
「増して、何の身分も持たないただの女が、伯爵家の人間を傷つけたのだ。極刑は免れんな」
「……ちょうどいい、というと語弊がありますが……母親と同じ牢に入れておきますか」
公爵の宣言に、控えていた文官が真顔で応じる。
「……ち、父上……!」
極刑の確定しているダリアと同じ牢獄ということは、デイジーも同様の処罰を受けるということだ。公爵の宣言と合わせてようやくそのことを実感したのだろうシモンは、真っ青な顔で父を見た。
「……案ずるな、おまえの命まではとらん。無為に死ぬ前に、せめて今まで生かしてもらった分は働け」
表には出ず社会的には死んだ幽閉状態でもできる仕事はある。もちろん誰がやっても構わない、時間は果てしなくかかるものだ。誰も適任者がいなければ次の世代へ持ち越していくような、そういう類い。
「い、いやしかし……!」
きっぱり突き放されてシモンは絶句した。おろおろとさまよった視線が、はっとブリジッタをとらえる。
「……ブリジッタ!おまえは妹を哀れんで救おうという情さえないのか、この冷血女が!!」
「この……」
「……見苦しい」
隣で腰を浮かせかけたカレルを軽く片手で制し、眉を顰めた伯父には目配せしてシモンに向き直る。
「シモン様は、いつも私の話を聞かれませんのね。……彼女はライアン殿の娘で、血統的には私の異母妹に当たりますが、実際にはほぼお付き合いがありません。そして彼女の母親は、私の母の仇です。……何故彼女の恩赦を願わねばなりませんの?」
静かに穏やかに。常の如く淡々としたブリジッタの言葉に、シモンは口をぱくぱくさせるがこちらは言葉が出てこない。
一年ほど会わなかった間に、身形を整え保つことにこだわっていた彼はその余裕もなくなったのか、いささか落ちぶれた様子が伺える。髪はぼさついて艶を失い、目付きも険がたち、肌も荒れている。身につけているのも、かつての彼なら人前に着ていかなかった水準だが、今は王宮に呼び出されて着ていくものが他になかったのだろう。
彼らには掛け売りを受け付けてくれる商会も、もうないと聞く。掛け金が払えない可能性が高ければ、商人も手を引くのは当然だ。
「……シモン様にとっては、真実の愛を捧げた唯一無二と聞いております。けれど私にとって、あのデイジーという娘は関わりない相手。……むしろ今となっては、あなたも同様になっておりますわ」
自分のこの先の人生に関わりはないし、関わりたくもない。
そもそも最初に、自分を切り捨てたのは彼らではなかったのか。
それを言外で訴えるブリジッタに、シモンたちの返す言葉はなく。大人たちも、それを咎めることはなかった。
半端な感はありますが、ここで完結とします。
つぎの恋には行きそうもないから、恋愛ジャンルは止めておいたのです。
期待させてごめんなさい。




