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「失礼いたします!」
その知らせがきたのは、話し合い(実際は一方的な通告だったが)が一応の決着を見、では実行に移そうかとしているところだった。
「何事だ」
煩わしげな公爵の問いに、その下級騎士はぴしりと姿勢を正した。
「至急お知らせするよう、王宮警護の隊長より指示ありましたので。……シモン様のお連れの方が、フェデリル伯爵のお子様に狼藉を働いた咎で取り押さえられております」
「「……はぁ!?」」
一瞬、周囲が言われた内容を呑み込めないでいる、その中で真っ先に反応したのはパーサプル公爵だった。
「詳しく、短く説明できるか?」
「は、はあ」
若干矛盾する指示にまだ若そうな騎士は顔をひきつらせたが。それでも何とか話し始める。
「その、フェデリル伯爵の奥方がご子息とご令嬢をお連れになって庭園散策にいらしていたのです。本来なら前庭だけですがご子息がたいそうお元気で……勝手に奥に入られて。それを咄嗟に姉のご令嬢が追いかけられたのですが、護衛の騎士が追いついたところで、そのお嬢様を突き倒した女がおりまして。……シモン様の連れと名乗っております」
「……フェデリル伯爵の令嬢、というと……まだ社交デビューもしておるまい」
「はい。……7つとおっしゃいました。奥方ご子息と共にお休みいただいております。幸い怪我はございませんでしたが、暴力を振るわれ、髪飾りを取られそうになって怯えてらっしゃいます」
「……はあぁ!?」
大声を出せるだけ、シモンはまだデイジーのやらかしに慣れている方かもしれない。何しろ他の者はほぼ呆然と硬直しているしかできないでいるのだから。
「か、髪飾り、というと……その、子どもの持ち物だろう」
こちらも幾らかの慣れはあるのか、レイフォードが上ずった声で念を押す。それに騎士は頭を振った。
「私も詳しいことは存じ上げませんが。フェデリル伯爵家は、装飾品の取り扱いには通じていらして、お子さま方も良いものを身につけさせておられるそうです。……そして奥方様が仰るには、まさか子ども相手に、しかも王宮で暴力を振るうような者がいるとは思わなかった、と」
「…………」
絶句するシモンとレイフォードに、パーサプル公爵は深々と溜め息を吐いた。ちら、と国王に目配せを送る。苦々しげな顔で頷き返されたところで改めて彼らに向き直った。
「監督不行き届きも、更に追加ですな」
「で、出歩くな、と言っておいたのだ……!」
「言っただけでは守らないことはご存知では?勉学もマナーも身につけず異性に媚びるしか取り柄のない娘だ。如何にも、私の妹を毒殺したあの女の子どもに相応しい」
八つ当たりしたくなる公爵の気持ちも他の者にはわかる。親の罪を子に償わせる訳にはいかないが、この母娘の場合どうにも悪い意味で良く似すぎている。自分の都合のいいように物事を推し進め、しかもそのためなら法律に反することや人倫にもとることさえ躊躇わない、そのくせさして悪事を働いているという自覚もなく、「美しく(可愛く)愛される私」くらいの自意識で生きている。無責任でいい加減な、それ故に却って周囲にうんざりされる、それさえ周りのせいだと人に責任をおしつける。
市井で生きていても鼻つまみ者だろうが、貴族社会では遠巻きにされて相手にされないのも当然だった。




