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カレルの言葉に素直に頷き、それからふとブリジッタはシモンを見た。
幼い頃からの婚約者とは言え、二人の間に温かい感情はほぼない。シモンはいつもブリジッタを見下していたし、ブリジッタは多忙で彼の相手をする時間はなかなか取れなかった。丁重に扱われないと臍を曲げるシモンは面倒な人としても知られていたのだ。
ブリジッタは彼女なりにシモンとの交流をはかろうとはしたが、彼がその調子でむしろ彼の母親である王妃や自分の伯父伯母である公爵夫妻との交流の方が多く、真面目で努力を厭わない彼女はそうした年長者に可愛がられていた。それが却ってシモンの癇に障ったのもある。
ブリジッタの方は、疎まれているのを承知の上で彼に固執するつもりはない。かと言って、積極的に嫌うほど熱がないというのが実際のところだ。
「シモン殿下。……いえ、シモン様。今までお世話になりました、どうぞご健勝で」
別れを告げることにも、さして思い入れはない。言ってしまえばその程度の存在でしかない。
あっさり別れを告げられたシモンの方は、青くなったり赤くなったりしながらぱくぱく口を動かしている。何を言えばいいのかわからない、といった風情にふとブリジッタは小首を傾げた。
「そう言えば、シモン様。……デイジーと言いましたか、あの娘はどうなさいましたの?」
何の気なしに思い出して尋ねてみただけなのだが、シモンだけでなく彼を中心としたその辺りの人々にピリッと緊張が走った。
「デイジーに何かしたら許さんぞ!」
「いえ、そういうことではなく……彼女も連れていらっしゃっているのですか」
「そういえばシモン殿、母親の話はご存知ですか」
「母親?デイジーの、か。そう言えばライアンと共に呼び出されていたが、何だったのだ」
「あの母親、ダリアは前エルスパス侯爵……イザベラ・エルスパス殺害の疑いがかかっておる」
「……はぁ!?」
「公爵閣下、疑いというよりほぼ確定でございます。高位貴族の謀殺ですので、死罪になるかと」
「そうだったな。……そしてそれに伴い、ライアンも幽閉が決まっております。その娘も、同じように扱うべきかもしれませんな」
淡々と説明されたシモンは理解が追いつかないのか、呆然と間抜け面をさらしている。後ろに控えたままのレイフォードもおろおろしているばかりで、何を言っていいかわからないようだ。
それでもしばらくしてようやくに言葉を絞り出す。
「あの……あの、デイジーの母が?人を殺した、と?」
「そうです。……私の妹で、ブリジッタの母親であるイザベラ……先のエルスパス女侯爵を毒殺したことがわかりました。……エルスパス領でそれが知れ渡っては、私刑にでも遭いかねませんな」
それが洒落にならないくらい、未だにイザベラはエルスパス領では敬愛されている。逆に言えばこの事実がはっきり広まってしまえば、デイジーはもちろん、シモンたちも領地へは戻れまい。呆然と顔を見合わせるシモンとレイフォードもそのことは理解しているのだろう。
「ですので、その娘も領地には戻せんでしょうが……さすがに我が家では引き取りかねます」
「うむ……離宮に幽閉するというわけにもいかぬわな」
言い切るパーサプル公爵に、国王も頷く。彼らにしたところで、直接の罪はないとは言え、イザベラ殺害犯の娘を引き取るのは気が進まないしその義理もない。実際シモンとの婚姻も領地運営が円滑に回るようになってから、という言い分で事実婚状態、正式な書類上は何の関わりもないことになっているのだ。
はっきりいって関係者はダリアとデイジーの母娘に胡散臭いものを感じていた。少なくとも王族の結婚相手にするには問題がありすぎると、その判断は間違っていなかったわけだ。




