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「さて、シモン。話をしようか」
今回の場所は、以前使った部屋よりだいぶ広い。上座に国王とパーサプル公爵、そして高位文官とエルスパス領に出向していた監査官に加えて書記官も控えている。そしてそれとはまた別に、王弟カレルとその影にひっそり隠れるようにブリジッタも姿を見せていたが、シモンは気づかなかったらしい。
「はい、父上。この度はお時間をとっていただき、ありがとうございます」
この上なく丁重に礼を述べたシモンに、王はぴくりと眉尻を動かす。
「シモン・ディアス伯爵。この場においては、公式として振る舞いください」
高位文官が冷ややかな声で割って入り、シモンは眉をひそめたが反論はしなかった。
「……失礼した。陛下、それでは改めてよろしくお願いいたします」
「……うむ」
本来なら、王族から臣下に下る際は公爵位を賜るのが通例だ。しかし今回シモンの場合は、一方的な婚約破棄という醜聞もあれば、その結果仮に与えられた領地が侯爵領ということもあって暫定的に伯爵位が与えられている。領地含め爵位も『仮』だが、本人はそのことの意味をわかっているものかどうか。
「それでは、エルスパス領の運営報告をお願いいたします」
文官の宣言に鷹揚に頷いてシモンは用意していた書類を広げた。
「まず、エルスパス領においては畑として開墾すべき土地をそのまま放置している割合があまりに多く、この一年その土地を拓くことを進めてきました」
自信たっぷりに彼は語る。
曰く、これまでろくに手を入れられず怠惰にも放置されていた土地を新しく切り開き、畑を広げた。牧畜も、今までの羊だけでなく牛を導入した。新しい工房を建てて特産となる布製品を更に開発していくべく鋭意努力している、と。
「ふむ。……エルスパス領は、あまり麦畑には向かぬと聞いていたが?」
「いえ、そのようなことはございません」
言い切るシモンに国王と公爵はじめとする重鎮は無表情だ。その反応を良しと見たか、シモンはますます饒舌に語る。街道を整備して道幅を広げ、橋も掛け代えて大型の馬車も通れるようにする。その通行税も取ることで、いっそう栄えるに違いない、と。その際には服飾工房も設立して流行の発信地にしたい、などときりなく語る。
「……もう良い」
途中でその息子を制した国王は、深々と溜め息を吐いた。
「では、今度は。その方らの、意見を述べよ」
言葉を向けられた監査官たちが深々とお辞儀をして立ち上がる。
「それでは、ご報告させていただきます。報告書については、既にご提出させていただいておりますが。……シモン殿が赴任なさって以来、領民の流出が相次ぎ、先月末の時点で一年前の七割まで人口が減っております」
「なっ……!」
淡々と告げられた言葉にシモンは顔色を変えた。抗議しようとするように腰を浮かせかけ、国王たちから冷ややかな眼を向けられて慌てて座り直す。
「新しく畑を作られましたが、そうして拓いた土地は全く農地として成立しておりません」
「元は何に使っていた土地だ?」
「乾燥地で、作物は生えていなかったようです。……灌漑など行えば或いは、と思いますが」
「何と。それさえしておらなんだか」
監査官たちはあくまで淡々と報告を続ける。
新しく拓いた畑に収穫は見込めず、連れて来られた牛たちも次々病気にかかって乳を搾ったり作業させたりするのは難しい。まして増やすのはまず不可能だろう。
新しく興した工房は、支度金を持ち逃げされて倒産寸前だし、ろくな職人もいない。材料を納入するはずの農民とも折り合いが悪く、まともな操業は望めない。
新しい街道を整備する予算もどこから出るのか不明だ。掛け代えるという橋も、通行税をとられるなら迂回した方が良い位置である。等々。




