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今後について話し合うため、と王宮から呼び出しがきてシモンはむしろ安堵した。
半ば強引にエルスパス領へ収まったものの、領地の運営は思ったほど上手く回っていない。いざというときは頼れるはずだと思っていたエルスパス侯爵(代行)はブリジッタに任せていたので全くわからないというし、「大船に乗ったつもりでいてください!」と自信たっぷりだったレイフォードに至っては領民に評判が悪く、却って面倒な存在になっている。
そして面倒と言えばもう一人、愛して将来を共にしようと誓ったはずのデイジーは、領地を「田舎だし意地悪な人ばっかりでイヤ!」と着いて早々癇癪を起こしていた。
そもそもデイジーは領地に入るのを最初から嫌がっていた。何もない田舎なんて行きたくない、と。しかしその時点で彼女がエルスパス領に行ったことはなかったので、実際に行ったら違うかもしれないと口説き落として連れてきたのだ。
エルスパス領は牧畜が盛んだ。羊を主とする獣毛から糸を紡ぎ布を織る。
服飾に関わる産業だから、お洒落な衣服を着こなすデイジーも何か有益な意見出してくれるのでは、という目論見は大いに外れた。エルスパス領で産する布は、厚手の生地であまり染色にも向かない、平民階級が防寒着にするようなものだった。その中では上等で、それなりに値段がつくのだがデイジーが好むものとは全く違う。もっと薄く華やかな布を作れと命じても、職人もやり方を知らないという始末。他の領地でどうやって作っているのか、調査させようとしたら相手の領地から猛抗議された。
それぞれの領地ごとに特色ある産物を創り出すことで、他との差別化を図り領地の繁栄を目指すのはどこも同じだ。既に成功している他所を真似ようなど、先行している方からすればいい迷惑だ。
黙ってやる分には嫌な顔をされるくらいで済む場合がほとんどだが(先行している分信用もある)わざわざ「我が領の役に立つのを光栄と思え」などと宣って技術を奪おうとしては、反感を煽るばかりだ。
「父上も、公爵も。少しは手助けしてくれてもいいのではないか」
「全くその通りですよ、殿下。父は些か頭が固くて」
領民たちには評判の悪いレイフォードだが、シモンにとっては数少ない友人であり頼れる部下だ。頭の回転が速く、斬新な思いつきをするが故に、頭の堅い連中には煙たがられるのだろう、というのがシモンの認識だ。
「それにしても、お父様もお母様も、いつになったら帰ってくるのかしらー」
反対側でシモンの腕にしなだれかかったデイジーが唇を尖らせる。
「王都に呼び出し、ってどこに泊まってるの、侯爵家の屋敷は使わせてくれないんでしょぉ?」
先般、ライアンとダリアは急使が来て引っ立てられるように連れて行かれた。理由も所在も、今に至るまで聞かされていないが、シモンはあまり興味がない。使えない義父も金遣いの荒い義母も、正直なところ領地にいても邪魔な存在だ。彼らのいない間に少しでも立て直しておきたい。
王都に行けば、父である国王やパーサプル公爵に話をしてもう少し融資なり援助なりを引き出すこともかなうだろう。
そう勝手に思い込んで呼び出しに応じたのだが。




