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「もちろん、今回の茶会で体調を崩した者はいないが。そのダリアという女が『私だけの特別なお菓子』と称していたのを、参加者が覚えていてな」
久々に会ったパーサプル公爵は、ブリジッタの元気そうな様子を喜んではくれたものの、話が彼女を呼び戻した件に及ぶと表情を険しくさせた。
妹の急死の際は、彼もあちらこちらに追及の手を伸ばしたが、明らかに怪しい人物は煙の如く消えていた。伯爵家の危機管理は甘かったがそれ以外に責めるべき点はなく、他の参加者たちは被害者という、どこにもぶつけようのない憤りだけが残る結果となっていたのだ。
今になっての報告を決して遅いとは思わない。むしろ、今までよく調べ続けてくれた、と感謝する思いだ。
「それで、今の状況はどうなりましたか」
ブリジッタに同行してきたカレルが聞くのに、公爵は真顔で頷いた。
「審議の場を設けることになりました。ライアンとダリアは収監しております」
「……その二人だけ?」
「娘の方は、さすがに当時はまだ子どもだったので……関係していた、と考えるには無理があるかと」
ブリジッタより年下の娘が何か関与したとはさすがに考え難い。
だがライアンは何も知らなかったとしても、何らかの処罰は免れまい。彼の性格上、実際何も知らなかったのだろうが、そもそも妻がありながら愛人のダリアにデイジーを産ませていた男だ。
その辺りはイザベラも納得ずくだったというものの、本人がどう思っていたかは永遠にわからないままになっている。正直な話、遺された者は釈然としない思いを抱えたままだったのだ。
確かにライアンはイザベラの死を悼んで悲しんでいた、それは誰も否定しない。だが彼女の代わりに侯爵としての務めを果たすでもなく、官吏として代わり映えしない仕事を続けていただけ。
イザベラの死に発奮するなりしていればまだしも、部屋にこもってさめざめ泣き、娘の励ましでやっと出てきはしたものの、覇気のない惰性のままの仕事振りで、周囲を辟易させた。
その時期にダリアと再会し、「あなたの子よ」と娘のデイジーに引き合わされたらしい。実際にデイジーは目の色がライアンに似ており、それをもって実子と認識したらしい。
人懐こく可愛らしい、と言われるデイジーだが、幼い頃には我が儘全開で少し年上の少年たちを振り回していたらしい。自分の見た目が人に好かれることを熟知しているからこそ、その周囲に集まる者を選別し、自分にとって利益の大きい者だけを側においていたという。
その辺りの手腕も母親譲りだというのが、母親の古馴染。
「まあありゃあ、母親の仕込みも良かったんだろうねえ」
きひひ、と品のない笑い声を洩らすのは小汚ないなりの老婆だ。
毒薬の入手経路を辿った騎士が、身柄をおさえたのがこの薬師だった。
医療がお世辞にも発達しているとは言い難いこの世界で、貧しい市民は医者にかかるのも難しい。その代わり、老婆のように民間の薬師が自分で採集したり栽培したりして精製した民間薬を使うことになる。ちなみに薬師にはっきりした資格や何かはない。
効能が高い薬を作る者はもちろん収入も増え人望も高まるが、気休めにしかならない薬を扱う者も多い。また得意な薬の傾向から特定の職業と密接な関わりを持つ者もいて、この老婆は花街に縁が深い。恋の媚薬だの惚れ薬だのが得意で、娼婦ではない娘たち相手の商売もしていた。
ダリアともその縁で知り合った。子どものうちから上昇志向の強い負けず嫌いだったという。
「金持ちの旦那を捕まえる、って昔から言ってたからねえ。侯爵の愛人ならまあ、十分だろうに。奥さんを毒殺たぁ、あの考えの浅い小娘のやりそうなこった」
「その毒薬を渡したのはおまえか?」
「いや、そんなことはしないさ。……だけどあの子が顔を出さなくなる直前に、うちの薬がなくなったことはあるね。……ちみっと香炉で焚けば、気持ちがふんわりする香なんだけど。口に入れりゃあ胃の腑も腸もただれて、量によっちゃあ頭も朦朧とする。……どんな薬だって、使い方を間違えれば毒にもなるんだよ」




