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場面変わって
丈の低い草が生える草原に、こちらに背を向けた少女が立っている。
「おーい」
この土地は、何もない。
建物は街道沿いに固まっているだけで、後はほぼほぼ荒地ばかりが広がっている。
それでも少しずつ、畑や家畜の放牧場ができてはきた。
「あら、カレル様。お疲れ様です」
領主の呼びかけに振り返って笑う、少女の笑顔は柔らかく瑞々しい。
「調子はどうだ、ブリジッタ」
「なかなか良い感じですよ、今回の羊たちは元気がいいですね」
王弟カレルの賜った領地は王国でも辺境の、荒涼たる土地だ。始めのうちは周辺の森や野で獣を狩ったり、近くの山で鉱石を採掘したりそれを近隣の領地へ持ち込んで食糧に代えるのが精一杯だった。
潮目が変わったのはこの少女が来てからだ。
甥の身勝手な手紙と共に送りつけられたブリジッタは、衝撃と旅路の疲れもあってしばらく寝込んでいた。その間に王都からの連絡が届き、ブリジッタが帰した侍女が家令や公爵からの手紙と共に戻ってきたり彼女を訪ねる者がいたり、何かと騒がしかった。
カレルは以前、甥のシモンと話した記憶がある。滅多に王宮には戻らないが、たまには兄に状況報告にいく。その僅かな機会に、甥姪たちの様子を見るのは彼の楽しみのうちなのだ。
その時「叔父上は結婚しないのですか」と問うシモンに、「相手がいないからなあ。あんな僻地に来ようなんていう酔狂な女性はいないし、そもそも女のいない土地だからな」と笑って答えたのだが。
それをどう誤解したものか、シモンは「自分は要らないので、この女をどうぞ」などとふざけた手紙をつけてブリジッタをここへ追いやった。
手紙を読んだ途端、カレルはそれを引き裂くほど激昂したが、本人のブリジッタは倒れてしまうし、ついてきた侍女は泣きながら介抱しているし、彼女たちを連れてきた男たちもあやしげな輩ではあったが、ブリジッタとはちゃんと話をした、しっかりしたお嬢さんで自分たちも心配している、と訴える様子は真剣そのもの。ちょっとしたカオスだった。
侍女のミアはブリジッタが意識を取り戻した後、事情も説明しなくてはならないから、といったん王都に帰ったのにまたすぐやってきた。しかもエルスパス侯爵家の家令やら他の関係者と共に。
彼らが国王とパーサプル公爵連名の信書をカレル宛に渡して言うには、他に行く宛もないのでこの地に置いてくれないか、と。
信書によると、国王と公爵は結託してシモンたちに償いをさせることにした。しかもその内容は、エルスパス家の領地を自分たちで運営して収益をあげてみせろ、というもの。
無茶極まりない話だ。




