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「いずれにせよ、レイフォードは既に公爵家と関わりのない人間です。除籍届けも受領されました。……シモン殿下が雇われるならお好きになさればよろしい」
公爵は淡々と告げると、視線を外した。へたへたと崩れ落ちる息子に、母親はちらりと目を向けたが何も言わなかった。
「……シモン、私もあなたに聞きたいことがありますの。……ブリジッタをどこへやったの?」
ひらり、と扇を開いて口元を隠した王妃が問う。
次期エルスパス侯爵、ブリジッタはシモンの呼び出しに応じて王宮を訪れて以降、消息がわからなくなっている。茶席で倒れた彼女とその侍女を、シモンの命で連れ出した者がいたが、王宮内では全く預り知らぬことだった。連れ出した者たちはレイフォードが手配した、どう見ても下層階級の男たちで、いろいろ憶測を呼んでいる。
ブリジッタは他の貴族令嬢と違い、嫁ぎ先探しに目の色を変えてもいなければ家柄や容姿を振りかざして王宮の侍女や女官に高圧的な態度をとったりもしない。故に地味ではあるが真面目で『いい人』というのが基本的な評判だ。
もっともあまり親しい友人はいない。幼い頃から母親の遺した領地を守るため、忙しく日々を過ごしていたブリジッタはさすがに社交にそこまで時間を割けなかったし、既に婚約者が確定していた彼女は社交に励む必要性も少なかった。
友人の多くは少し年上の、既婚夫人や王宮で文官を勤める女性だった。中には商会を切り盛りする会頭の夫人や職人ギルドの関係者といった、一般市民女性とも付き合いがある。
真面目で仕事熱心な彼女は、そうした数少ない友人からは心配されていた。特にシモンがデイジーを気に入って連れ回しだした頃には、もちろんブリジッタにも注進に及ぶ者も少なくなかった。
だがブリジッタ当人、シモンが望むなら義妹を愛妾にするのは構わないという立ち位置で、友人たちもそれに素直に納得していた。
シモンはどうにも考えが浅く、表面的にしか物事をとらえられない。言ってみれば考え方が幼い。到底一家の主として立つ人材とは言い難い。
だからこそ、判断力があり教育も行き届いたブリジッタが将来は侯爵家を守り盛りたてていくであろうと、疑う者はなかったのだ。
シモンがどう思っていたかはあまり知られていないが、ブリジッタが彼をあくまで政略的にあてがわれた婚約者として事務的に対応していたことは有名だ。王族に対して如何なものか、という意見もあるにはあったが、シモンの振る舞いの方に問題が多かった。
シモンは「自分が侯爵家を継いだら、領地の開拓を推し進め、能力のある者を取り立て、王都に優るとも劣らない栄える地を」などと宣い、若い文官や騎士に声をかけていたらしい。
だが言うことが地に足の着いていない夢物語ばかり、理想論かと思えば「人気の劇団を誘致して自分の偉業を知らしめる芝居をやらせる」だの「ブリジッタ?あんな社交の役にも立たない女は屋敷の奥にでも閉じ込めておけば邪魔にはならんだろう」と言い放って女官に総すかんを食ったりしていた。(さすがに母王妃には叱責された)




