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「とりあえず、余計な口出しを謹んでおればよい」
ライアンが何とか宥めすかしてデイジーを大人しくさせているのを横目に、公爵は敢えて素っ気なく言い放つ。シモンは唇を噛みしめるが、反論はできなかった。
それには構わず、公爵は視線を逸らす。
「正直なところ、私どもにも反省点はあると思っておりましてね。……端的に言えば、教育を間違えた」
その厳しい視線の先で縮こまっているのは、シモンにくっついてきたものの部屋の入り口辺りで固まっていたもう一人……公爵家の三男坊レイフォードだった。
「……父上、母上……ご、ご無沙汰して、おります……」
入り口辺りで足を止めていたのは畏まっていたというより、両親に見つかることを恐れていたのかもしれない。頭を下げる間も目は泳ぎ、全くそちらを見ようともしない。
「……本当に、ご無沙汰していましたわね、レイフォード。元気にして、いたようですわね」
「腹が立つほど息災のようだな」
母親である公爵夫人の言葉も冷ややかな、肉親の情を感じさせないものだ。
だが実はここに至るまでにレイフォードはやらかしすぎている。世間で言われているより更に悪質な真似も多く、夫人の可愛がっていた侍女に手を出したり兄たちの関係者にまで詐欺のような投機話を持ち掛けたりと、公爵家の恥さらしとして屋敷に顔を出せないほど叱責され、勘当を覚悟するよう言われていたのだ。
本当は領地の屋敷に蟄居させていたはずだが、その屋敷の管理人の娘をたぶらかして抜け出したところだ。
なので当人がいつの間にか王都に舞い戻り、しかもシモン王子にくっついていることを知ったパーサプル公爵家は激怒した。何をやらかすかわからない以上、早急に縁を切ってしまいたいと考えているのは、兄たちも同様である。
今回ここで身柄を押さえた以上、処断を下すつもりであるし、本人もそのことは承知しているのだろう。王族であるシモンのもとに潜り込むことで実家の怒りを免れようとしていたのかもしれないが、そのシモンがやらかした以上逃げ場がないことも理解したはずだ。
現に両親と目を合わせずそわそわと落ち着かないレイフォードは明らかにこの場を逃げ出したがっている。しかし逃げ場がないことも理解しているのか、本当には逃げ出さない。その辺りも何というか、甘ったれた根性が変わらないと両親は失望している。
教育自体は兄弟三人とも、同じように施してきたはずだ。確かにそれを請け負った実際の教育担当者は別々だが、レイフォードの教師が特に無能だったとかいう訳でもない。ただ真面目で実直な長男とも剣の道を選び武力で領地を守ることを早くに決めた次男とも違い、三男はその兄たちとの差を埋めるための努力をさっさと放棄し、口先だけで実現不可能な絵空事を語っては小銭を巻き上げたり、あやしげな行商人を領地に連れ込んで詐欺めいた片棒を担ぎ、咎められると自分も被害者だと騒ぐなど、まだ子どもの時分からいろいろやらかしてきた。もはや領地内では彼を相手にする者はいないし、公爵家の関係する他の貴族家でも、その行状は知れ渡っている。
貴族家での縁談もないだろうことを弁え、公爵家は領地で彼を飼い殺すつもりだったのだ。




