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そんな次第で今のブリジッタは、そこそこいい家のお嬢様、という風情だ。トワンたちも一応その護衛程度に見えなくはないので、道中は案外スムーズに進んでいる。
だが、既に彼らはこの後について考えているようだ。ミアを預けることを念押ししているが、短慮な振る舞いをしないでほしいと願う。
言葉を交わせば、彼らも決して悪い人間ではないのだ。相手が貴族のお嬢様で、気位の高い上に口喧しいヒステリックな女だと聞かされ、喚きださないか神経を尖らせていたそうだ。
「そういうことを仰るのはシモン殿下かしら。レイフォードとは、そこまで言われるほど付き合いもありませんもの」
「いやぁ……何だったか、『健気な妹に辛く当たる冷酷な魔女』とか言ってたぞ、あの坊っちゃん」
「……あら」
ポルトの言葉にブリジッタはミアと顔を見合わせる。
『健気』かどうかは知らないし、妹に辛く当たるといってもそもそもブリジッタは『妹』と接点がない。初対面の場でやらかしたおかげで、妹との接触はエルスパス家の家令はじめ使用人たちに徹底して潰されている。ブリジッタ自身、あの手の同性には関わる気もない。
「……それは誤解があるようね」
「あの性悪小娘の言いそうなことですよ」
単純に呆れているブリジッタに対し、ミアは憤懣やる方ないといった風情だ。
何でも離れの母娘は、自分たちこそ侯爵の本当の妻子なのに蔑ろにされているだの、将来侯爵家の実権を得た暁には、などとデマだか法螺だかわからない話をばらまいているそうだ。
特に娘のデイジーは、ちょっと見た目のいい若い女性にはやたらと喧嘩腰だという。それも、自分の方が可愛くて誰からも愛されている、と声高に喚く振る舞いで周囲をドン引きさせているとか。
そしてそれにもかかわらず、母親のダリアはちやほやと娘を溺愛し、その言うことを全面的に支持して相手の話も聞かず、使用人は馘首にしたり他の家に文句をつけたりとかなり暴れているようだ。
またデイジーは若く見映えの良い男には媚びるのが上手く、しおらしく健気な娘を演じているらしい。おそらくその手練手管にシモンたちも引っかかったのではないか。
ブリジッタは領地との往復も多いし急な呼び出しなどにも対応しなくてはならないことが多かった。なので普通の貴族令嬢に比べると、移動には慣れているつもりだったのだが、さすがにデザスタ領は遠い。
到着する頃には、疲労困憊といってもいい状態だった。
「……お嬢様、俺たちが説明するから休んでた方がいいんじゃないのか」
「いえ、貴方がたの説明だと却って王弟閣下に疑念を抱かれるおそれがありますわ。もちろんシモン殿下の手紙をお渡しするのは構いませんが、私の口からも直接事情は説明させていただかないと」
デザスタ領はカレル王弟が割譲されるまでは王族直轄領の一部だった。だが場所は王国内でももっとも王都から離れ、土地も荒れて住む者もおらず荒れ地が広がっている。
国境に面してもいるが、その先は小国で力も弱く、侵攻はもちろん交易もおぼつかないほど国力がない。
なので、カレルは領主として他国の侵攻を防ぐというより、この放置された土地を人が定住できるよう開拓したいと考えているそうだ。
ただ彼は騎士として、言わば軍人あがりなので内政面は経験が浅く、側近もそちらは弱い。思うように開発も進んでいないらしい。
そういう状況を反映してか、領主の屋敷があるデザスタの領都に入っても、あまり栄えている様子は見られなかった。それなりに行き交う人の姿は見えるものの、家々は粗末で商店も僅か、そして女子どもの姿を極端に見かけない。領主の館も、貴族の屋敷というより騎士団の砦を思わせる武骨な建物だ。
館に着いたものの、主に面会を申し込むのにちょっと一悶着あった。若い男性たちが怪しんで尋問してくるのに、トワンたちも対応に困って口ごもり、余計に不審がられてしまったのだ。おそらく彼等も騎士団出身なのか、かなり警戒心が高い。
幸い、年配の女性が出てきて面会できることになったのだが。




