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ブリジッタとミアを護送している男はもちろん単独ではなかった。御者台に交代も含めて二人おり、やはり彼らも庶民階級のそれもあまり『善良な一般市民』とは言い難い生業であるらしい。
最初、ブリジッタたちと馬車内にいた男がリーダー格のトワンと名乗り、大柄で片足を引きずっているのがドーロ、小柄で薮睨みはポルトという。
元はポルトが賭場でレイフォードと知り合ったようだ。貴族の癖に下町の賭場に出入りするとはなかなか根性が座っていると評価していたが、逆に言えばおそらく普通貴族が通うような賭場から出入り禁止を食っている可能性が高い。
ああいう場は、例え後から公爵家に請求を回すにしても、誤魔化しを図るような客を厭う。或いは公爵家側から、禁止を依頼されたとも考えられる。
男たちはもちろんブリジッタたちとも距離を置いているのだが、聞けば問題ないと判断したことについては答えてくれた。
普通の貴族令嬢ならば、労働者階級の男性となど顔を合わせることもない。だがブリジッタは、領地運営に当たって現場の意見を集めることもやってきた。つまり実際の商人、職人、農民たちと言葉を交わし、彼らの意見や希望を取りまとめてきたのだ。
問わず語りで察するところによると、ポルトは職人崩れ、ドーロは農夫だったらしい。トワンは今一つはっきりしないがおそらくどこかの商会に勤めていたのではないか、とブリジッタは推測する。本人に聞いた訳ではないし確認するつもりもないが。
善良ではない彼らだが、暴力を振るうタイプでなかったのは有り難かった。
街道は進むに連れ、だんだん寂れていってそれに沿ってある集落や宿もどんどん粗末なものになる。だがブリジッタはもちろんミアにも食事や飲料水は与えられたし、ほぼ毎晩宿をとって二人は一部屋与えられる。日によっては湯を使えることさえあった。
ただそうして旅程を重ねるうちに、別の問題が出てきた。
シモンを唆したのがレイフォードだけでなく、しかもエルスパス家の関係者が関わっている可能性だ。トワンたちは今回の任務を果たしたら、エルスパス家で雇ってもいいと言われていたらしい。これはレイフォードではなく、シモンから直接言われたというが。
「……シモン殿下は、私と結婚しなければエルスパス家を継ぐことは出来ないはずなのですが……さすがにその辺りはご承知だと思っていたのですけれど……」
ブリジッタはこめかみを押さえる。
その辺りの話をシモンにしたかどうかは覚えていない。しかし彼女が言わずとも、回りの侍従や女官、もしくは王妃や兄王子等、幾らでも説明してくれる人員には事欠かないはずだ。
それもあってブリジッタ自身、そんなことをわざわざ確認しなかった。というより、確認する必要があるとも思わなかった、のが正確なところ。
「お嬢様、顔色が良くないです。少し休まれた方が」
「ええ、ありがとうミア。……トワン、教えてくれてありがとう。……色々考えることが多いわ」
「……無理せんでくれよ、お嬢様」
おそらく、だがトワンたちも根っからの悪党ではない。暮らしに追われ切迫して犯罪に手を染めた口だ。
ブリジッタは王宮に上がった時の高級なドレスではなく、王宮メイドのお仕着せ(ただしエプロン抜き)を着ている。これは意識が戻った時点からそうで、王宮から運び出す際に着替えさせられたそうだ。ミアが抵抗し、着替えを手伝ったメイド達も同調して元のドレスも馬車に積まれてはいるが、道中では着るつもりもない。




