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「……無茶な真似を……」
嘆息してブリジッタは男を見やる。
「念のため伺いますが、あなた方に今回の依頼をしたのは、シモン殿下ですか、それともレイフォード?」
「どっちかで違いがあるのかね?」
「シモン殿下は……考え無しなところはありますが、案外正直な方です。……それに比べてレイフォードは……約束事を、誤魔化し無視する悪癖があります。特に貴族でない相手との約束など、幾らでもすっぽかせると思っているようで」
その辺りが公爵家でも頭痛の種だった。付き合いのある商会では、彼個人の注文は受けないことにしている。
しかも本人それを悪いとも思っていないらしい。幾ら両親や兄達にキツく叱責されてもへらへら受け流している。
「……契約書も書いてあるんだが」
「偽物だというでしょう、レイフォードなら。今までもそうして勝手に契約を結んでは破棄して、公爵家に尻拭いさせてました。……でも伯父上、公爵閣下もさすがに面倒を見きれないと仰っていたから、今度はシモン殿下に寄生することにしたのかしら」
レイフォードはブリジッタの従弟に当たる。しかし兄達より怠け者の彼は、他者を騙したり嘘で不当な利益を得ようと試みるクズに成長し、家族の頭痛の種だった。家に忖度してか訴えられたことこそないものの、犯罪に近い行為をやらかしたこともあるらしい。
ブリジッタは別の問題児を抱えていたために、あまり彼に興味関心を向けることもなかった。伯父夫婦も、家庭内のもめ事をわざわざ彼女に聞かせることもなかったので、彼女が知っているのは外部の噂が殆どだ。長兄のキースはまれにこぼすこともあったが、あれはむしろ例外だろう。
その程度の付き合いしかないブリジッタでも、レイフォードの悪行は小耳に挟んでいる。特に約束事を無視する振る舞いは、迷惑を被った者も多いためよく知られていた。
だがそれは貴族社会、せいぜい付き合いのある商会レベルでの噂だ。この馬車にいる男の身分や職は知らないが、そうした悪名は知らなくても当然だろう。
ブリジッタの説明に男は眉をひそめたものの、頭ごなしに否定はしなかった。或いは彼も、何か不審を覚えていたのかもしれない。
「……だが、こちらも請け負った仕事だ。投げ出す訳にもいかん」
「か、勝手なことを……!」
ぽつりと呟く男に、色をなしたミアが食ってかかろうとする。それを片手で制してブリジッタは言葉を継いだ。
「いずれにせよ、私をデザスタ領に連れていくのは確定なのでしょう」
「ああ」
「でしたら、この子は返してくださらない?」
寄り添っているミアを示していうと、男は目を眇めた。
「というと?」
「シモン殿下にせよレイフォードにせよ、デザスタ領の王弟閣下の元へ届けるのは私だけと指示したのではありませんか?」
「だが、道中はそっちのお嬢ちゃんもいないと、お嬢様の身の回りの世話なぞ俺たちではできんからな」
「ええ、それはそうでしょう。……ですから、向こうに着いたらこのミアはエルスパス侯爵家へ返してほしいの。ちゃんと引き渡せば、その謝礼としてお金を払うよう屋敷の者に手紙を書きます」
「お、お嬢様…!?」
「ごめんなさい、ミア。とりあえず行きだけは付き合ってちょうだい、帰りは何とか安全を保証してもらうから」
ブリジッタ個人であれば、自分の身一つのこと。建前とはいえ『嫁入り』ならば貞操を損なうような真似はされないはずだ。
同行させたミアも、まだ若い少女でありブリジッタを案じてついてきたのだろうとはわかる。でもだからこそ、無事に返してやりたい。
シモンたちの思惑はどうあれ、エルスパス侯爵家の者(この場合家令はじめ使用人)が彼らの暴挙に早々順応するとは思えない。伯父たちパーサプル公爵家が何らかの仲介に入る可能性も高いだろう。
いったんデザスタ領まで行ってから戻れば、十日は悠にかかるはずだ。その間、侯爵家と王家に加えて公爵家にどんな話し合いが行われるか、今のブリジッタには判断できない。




