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同行者をつけたので、冒頭部修正しました。
ずきずきと響く頭の痛みで、ブリジッタはうっすら瞼をもたげた。ぼんやり霞む視界は、ぐらぐら揺れている。
「……何、が……」
「っ、お嬢様……?」
泣き声混じりに呼びかけられ、何とかそちらに視線を向けると、侍女が半泣きで寄り添っていた。
「ミア……何があったの?」
「目が覚めたか」
問いかけながら起きあがろうとするが、相変わらず目眩がひどくて頭が上がらない。そこへ聞き覚えのない声がした。
何とかそちらへ目を向けると、一人の男が座っている。見た目も覚えのない、おそらくブリジッタとは階級の違う男だ。
そっと周囲を見回すと、揺れているのはブリジッタ自身だけではなかった。粗末な馬車の中らしく、ガタガタ揺れながら動いている。
ブリジッタは、長椅子状の座席に緩衝材代わりにクッションを並べた上に横たえられていたようだ。頭痛を堪えながらどうにか座り直す。
「……ここは、どこですか」
とりすがって泣きじゃくる侍女のミアを抱き止め、彼に視線を向ける。
「……今は、デザスタ領へ向かう途中だ」
返答は望めないかもしれないと思いながら投げた問いに、意外とあっさり返される。
薄汚れた風体の男は三十代半ば辺りか、じっとこちらを伺う目は警戒の色が濃い。
警戒しているのはブリジッタも同様だ。だがそれ以上に情報が足りない。
「……『デザスタ領』、というと辺境の……王弟閣下の所領のはずですが」
いつぞや従兄と話題に出た王弟カレルは、兄の即位後さっさと王位継承権を返上し、辺境の領地を賜って滅多に王都には出てこなくなった。もめ事を嫌い身を弁えた潔い行いだと、評価は高い。
その一方で甥の王子達とは付き合いがあるのかどうかさえブリジッタは知らない。シモンは彼女にそんな話をしないし、王宮でもカレル王弟の話題はあまり出ないのだ。しかし、騎士団ではその武勇を未だに高く評価されている。文より武の面に優れた人物だが、自身の立ち位置の危うさを理解して自主的に領地へ引っ込む辺り、判断力も高いのは確かだ。
だから、男が付け加えた言葉はおそらくその王弟自身は関わりないことではないかと思う。
「お嬢さんは、その王弟閣下に嫁入りするんだとな」
「……何故そんな話に」
「さあて。俺達は、お嬢さんを向こうまで連れていくよう頼まれただけでね」
「……誰からそんなことを?……私の婚約者はシモン殿下であって、王弟閣下ではないのですが」
「……依頼はその、シモン第二王子から、なんだがね」
「……」
予想外というか薄々予測できたというか、確かにブリジッタを排除したがっていた筆頭は彼にちがいない。しかしさすがにこんな非常識な振る舞いは想定外だ。
「……あの、方が……」
ブリジッタにしがみついて啜り泣いていた侍女のミアが顔を上げる。
「ミア?」
「パーサプル公爵家の、レイフォード様が。……破棄できない婚約なら、相手をすげ替えてしまえばいい等と、そんな無茶を仰ってて」
啜りあげながらミアが説明するには、レイフォードのそんな策とも言えないような乱暴な提案に、シモンが乗ったのが今回の原因だという。薬を盛られて昏倒したブリジッタを守ろうとしがみついた彼女に、嘲笑混じりで話して聞かせたそうだ。




