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「おや、ブリジッタ」

「キースお兄さま」

王城に招かれたブリジッタは、珍しい人物に声をかけられた。

珍しい、とは言え疎遠ではない。パーサプル公爵家の嫡男であり従兄のキースだ。

現状、彼は外交で忙しい両親に代わり、公爵家代行として活動している。現公爵の伯父ほどではないが、やはり高い能力と人の使い方の上手さで知られた男だ。

ちなみに既婚者で妻を溺愛しているという専らの噂。どちらが先かは知らないが、女遊びもしない。

「きみも相変わらず忙しいな」

「キースお兄さまほどではございませんわ。今日は王妃殿下の、私的なお茶会でしたから」

「ああ、妃殿下は一足先にお帰りになられたから……陛下や、うちの父達の話は出なかったかな?」

それが聞きたかったのかと得心してブリジッタは苦笑した。

「陛下も伯父様方も、あと半月ほどでご帰国の予定とか。詳しい話は伺いませんでしたけど」

「そうか……いやありがとう、ブリジッタ。私が直接王妃殿下にお伺いする訳にもいかないからね」

性格的には伯父より伯母に似て、話しやすい男だ。ブリジッタのことは年下の親族としてそこそこ可愛がってもいる。同時にパーサプル公爵家の後継者として同じくエルスパス侯爵家を継ぐ彼女とはそれなりの信頼関係を築こうとしてもいた。

「……もし時間があれば、お茶でもいかがかな、ブリジッタ」

誘いにブリジッタはちらりと同行の侍従を見た。

既婚者の従兄と婚約者持ちのブリジッタでは、あまり親密な振る舞いを見せるのは良くない。お茶といっても許されるのは、公共の場での短時間程度だろう。逆に言えば、そうしてでも話したいことがあるらしい。

「私は構いませんけれど」

「ではこちらへ」

従兄もわかっているのだろう、彼が彼女を導いたのは王宮に勤務する者や訪問者が使える喫茶室だった。基本的に貴族階級の人間もしくはそれに準ずる身分の者しか出入りできない場所である。

二人がそれぞれの従者を従えて席に着くと、周囲からそれとなく視線が向く。が、どちらも高位貴族に生まれついて人の視線には慣れている。あまり気にも止めず注文をして穏やかに会話を交わす。

「キースお兄様も、伯父様達がいらっしゃらないと大変ではございませんか」

「その辺りは慣れだね。これからを考えると、慣れていかなくては」

当たり障りのない会話で少し間をもたせたところで、キースは声をひそめて問いかけてきた。

「ところで、シモン殿下が最近はエルスパス家をよく訪ねてらっしゃるそうだけど」

それが聞きたかったのかと納得してブリジッタは苦笑した。

「正確には、シモン殿下はエルスパス侯爵家ではないところにおいでですが」

「ああ……」

従兄もその辺りの情報を得たからこそ、確認をとりたかったのだろう。

ここ最近シモンは、しばしばエルスパス家を訪れている。が、ブリジッタの住む本邸ではなく、ライアンが内縁の妻子と暮らす離れが目的なのだ。どうやらデイジーを気に入っているらしい。

正直なところ、ブリジッタは別に構わない。シモンにあまり情愛もないので、彼がデイジーを愛妾にするならすればよいと思うし、実のところ今日の王妃との茶会でも彼の話題は出て、彼の母親である王妃ともその話はした。

はっきり言ってしまえば、シモンがエルスパス侯爵家に婿入りするのは、侯爵家に箔をつけかつ第二王子が余計な政争の火種になるのを避けるためだ。侯爵家の血統はイザベラからブリジッタに続いているので、シモンが火遊びで外に子どもを作っても王家はともかく侯爵家の裔としては認められない。極端な話、ブリジッタはシモン以外の男性との間にできた子どもでも侯爵家の爵位を継がせられる。

「問題は、殿下がその辺りをきちんと理解なさっているか、ではないかな」

「それはそうですが……さすがに、認識なさっているのではなくて?」

シモンはブリジッタを嫌っているというか、自分に仕えるべき下位の者のくせに生意気だと感じているらしい。はっきり口に出す訳ではないが、端々に匂わせる物言いに、王宮の女官から王妃に話が回って叱責されたりもしたらしいが、それでも改善されない。

ブリジッタは今の時点で既に侯爵家の実権を有しており、対外的にも正統な後継者と認識されている。父のライアンが形骸的な侯爵であることも、ほとんどの貴族は了解している。その辺りの事情を知らない者がいるとは考え難かった。


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