38.暗転の中の男達
目を覚ましたのは暗闇だった。
痛っ……
あの路地裏で転んだ時に着いた膝の擦り傷は思ったよりも深く血が多く流れたらしい。足につたった血が固まり、その塊の量と血の跡がそれを物語っている。傷は塞がり瘡蓋になりつつあった。
逆に言えば、転んでからそれほどの時間が経ったということだ。
果たしてここはどこなのか。
暗闇の中にもうっすらと見えるそれは、箱のようなもので、近くには扉もあり、どうやら物置部屋なのか小屋なのかは分からぬが、そのような場所であることは間違いないだろう。
「にゃん、へ……」
上手く発せない声を聞き、自分が猿轡を噛まされてることを知った。
真っ暗な部屋の中にいると前世のあの夜たちを思い出す。布団を被って何度泣いたことだろう。
幾度となく積み重なる夜に、朝が来ないように何度も祈った。
震える身体を無理やり抑えて、冷静になろうとする。
「ノア…?」
さっきまで一緒にいた彼の名前を呼ぶが返事もなければ姿も表すこともない。
どうやら本当にここにひとりぼっちという状況らしい。
…どうしよう…………
この暗い場所から一刻も早く出たい。
こんな場所には居たくない。
けれどここが私には似合っているのかもしれないとさえ思ってしまう。
_______________いいえ。違う。
確かにあの頃の私ならきっとしょうがないと諦めてた。けれど生まれ変わったんだ。
前世なんて関係ない。
関係ないはず……だよね…?
_________ガタッ
視界が暗闇のせいか目以外の五感はとても敏感である。その敏感さのおかげで壁の向こうから微かにだが音が聞こえた。
誰かがいるのか…それとも偶然か…
耳をすませるとどうやら誰かがいるらしい。
足跡らしき音は1つから2つに増え、2つから3つに増えた。
「…周りに精霊は?」
低く野太い声は、小声だと聞き取りづらいが、壁の近くで話し始めてくれたおかげでそれほど弊害はない。
「精霊だと?それを俺に聞くか?見えるわけねぇだろ。それに精霊になんの関係があるんだよ。」
しゃがれ声が響く。
「いや、こういう場を精霊に目撃されては大変だからな。我々は精霊を深く敬愛してるもんでね。」
「けっ、嘘つくんじゃねぇよ。知ってんだぜあんたらが……」
「あんたらが……なんだい?」
野太い声は、しゃがれ声の言葉に気が障ったのか、ドス声に変えた。
「そうピリピリすんな。向こうから預かった#これ__・__#がある限り精霊はよってこないらしいからな。様子は?」
男性にしては少し高めの澄み声が2人の会話を遮った。
「眠っている。睡眠魔法を使ったからな。暫くは起きないだろう。」
野太い声は冷静さを取り戻したように落ち着いた言葉を発する。
「しかし、本当だろうな?」
「本当とは?」
しゃがれ声に澄み声が聞き返す。
「金の話だよ。」
「問題は無い…それとも怖気付いたのか?」
「そうじゃない。大金が手に入ればなんでもいい。あんたらが言う奴はあのガキをお望みなんだろう。」
「あぁ、そういうことだ。理由は知らないがこちらとしても協力関係にあるだけなんでね。お互い何故なのか深入りはしないんだよ。」
澄み声としゃがれ声の話を聞くに、彼らに指示を出した人間が別にいるようだった。
「しかし、綺麗なガキだったよな。」
野太い声に艶が入る。
「身分は教えてもらわなかったが、どこかのいいとこのガキだろう。」
澄み声が答える。
「なんだ、あんたらもあのガキを知らないのか?」
しゃがれ声が問うと野太いが答える。
「指定された時間に指定された場所に現れた女のガキを連れて来いってだけだったからな。生きたまま連れてこいとは言われたが、状態に関しては言われてないからな…好きなようにしていいんじゃないか?」
「ほぅ…」
その言葉にしゃがれ声は艶めきだった声出した。
「俺は辞めとくよ。幼女には興味無いんでね。あと15年くらい経ったら俺好みのいい体だったろうね」
澄み声も、艶めいた声を上げる。
彼らの会話に思わず、声にならない声が溢れ出る。
ここから逃げなければ、その衝動はより一層強くなる。
足元にあった木箱に気付かず、身を悶えた衝動でガタッと音が鳴る。小さな音だったが、静かな部屋には十分すぎるほどの大きさだった。
「起きたか?」
野太い声に肩を震わせる。
部屋の中の足音が再びし始め、恐怖に支配されそうになった時だった。
「御三方。主が及びです。」
気配もなく現れた4つ目の声はまるで幼い少年のようだった。
「あんたか。突然現れやがって気味悪いんだよ。」
野太いに少年のような声の持ち主は言い返さない。
「おい、誰だよこいつ。」
しゃがれ声は声を荒らげた。
「お前は初めて会うのか?俺らが言う向こう側の遣いみたいなものさ。気をつけた方がいいぜ。お前みたいな奴が殺されるところを何人も見てきたからな。」
澄み声は少し楽しそうに発する。
「ちっ。」
しゃがれ声の舌打ちや彼らの会話は何も無かったかのように、少年の声は静かに天使のような美声で淡々と口を開いた。
「こちらです。ご案内いたします。」
その声と共に3人、いや4人の声も足音も一切聞こえなくなった。
彼らを雇ったもののところに行ったのだろうか。
今のうちに逃げ出さなければと当たりを見回した。