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33.一時の別れ

「父様…どこに行くのですか?」


いつも城へ行くのに軽装で行くはずの父様は、今日だけは荷物が大きい。


「あぁ、少し。陛下からの直接の頼まれ事なんだ。ひと月程戻れないと思う。」


どことなく真剣に言葉を返す。

私にとって長いひと月でも、この世界の人達はひと月の任務というのはさほど長くはないみたいだ。


心配かけさせないと私にこのことを言わなかったのかもしれない。


「行ってらっしゃいませ。」


侯爵邸の玄関先で、父様との別れを惜しむ母様は、心配しつつもどことなく慣れた顔つきをしてる。後で聞いた話だが、父様が1ヶ月程度なら家を開けることは珍しくないようだった。


「行ってくるよ。クロエ、リリ。」


父様は母様の頬にキスをし、私の頭を優しく撫でた。優しい大きな手は前世の父との関係性を思い出す。

何故かこの日に限ってドアが閉まる音がやけに耳に響いた。



__________________________________________


「リリ。」


私の名前を呼ぶのはあの日結局別れを告げられなかったアルだった。


意思が弱い。そう言ってしまえばそうかもしれないけれど、今までこんな私を愛してると言ってくれた。そんなアルにきっと縋ってしまいたい気持ちもあったんだと思う。


「いきなり呼んでごめんね。」


そう私に投げかけながら、いつもの客間にゆっくりと入ってくる。


「いえ、大丈夫です。」

「暫く会えそうになくて…だから今日どうしても会いたかったんだ。」


アルはそっと私の頭に手を置いて目線を合わせてくる。何度この優しい目線を向けてくれたのだろうか。会えないと聞いて、少し残念に思う自分がいるのを嘘だと思いたい。

だって、この間私がアルに別れを告げていたらきっともうこうして会えなかったのだから。


なんて…自分勝手なのだろう。


「そうなんですね…」

「ふふ、寂しがってくれるの?」


少ししょげたような顔をしていたのかアルは蕩けるような笑顔を向けてきた。


「あ、いえ…その…」

「冗談だよ。困ったリリも可愛い。」


本当にもう、どう反応していいのか分からない。

正解は何かと探してしまう。


目線を逸らし少し熱くなった顔を見せるのが恥ずかしくて、顔を伏せた。


「殿下。失礼します。」


戸が叩かれ、少し開いたドアの向こうから声がした。

その声と同時にサッとアルと私の間隔を開けた。


「はぁ。どうぞ。」


ため息混じりにアルは声に答える。


「もう少し、リリと話してたかったんだけど……」

「申し訳ございません。何分急用でしたので。」


声の主は身なりが綺麗に整われてる男性だった。


どこかで見たことがあるような、ないような…


白い髭を生やしたダンディともとれるその男性は、アルの数歩後ろにいる私にも丁寧にお辞儀をしてくれる。


その所作は綺麗で貴族のようだった。

たしか…そう思って、必死に自分の記憶を手繰り寄せ、男性の顔と名前を一致させる。

ハッシュベルグ伯爵。高齢にしてこの国の最高峰とも呼ばれる学者である。研究活動も未だに行っており、対象とするのは#精霊__・__#と#聖獣__・__#。

そんな彼は、精霊の謎や聖獣に関しての著書は様々な方面で活躍していると聞いている。


「何かあったのか。」

「陛下が及びです。……例の…」


私が彼が誰なのかなどを考えているのと同時にボソボソと2人は話をしている。


「あぁ、わかったすぐに行くよ。ハッシュベルグ伯爵も悪かったね。助かったよ。」

「いえ、滅相もございません。」


二人の間で話が片付いたのか、クルリと向きを変え、私の方にアルが歩み寄ってくる。


「ごめんね、リリ。せっかく暫く会えないからと2人の時間を作ったのにもう行かなければ行けないみたいなんだ。」

「大丈夫です。お気になさらないでください。」

「ありがとう。」


アルは私の頬をそっとなぞると小声で「行ってくるね。」と呟き部屋から去っていった。


部屋にはハッシュベルグ伯爵と2人きりとなった。


「ヴァランガ侯爵令嬢、少々よろしいですかな?」

「っはい…!」


予想もしない問いかけに肩が跳ねる。


「ふふふ、安心してください。とって食ったりなどしませんよ。」


優しい顔つきで笑うハッシュベルグ伯爵は、アルと話してた時の顔つきからは想像できないくらい気さくで穏やかな人だった。


「どうですかな?アビゲイルは。」

「アビ…アビゲイル先生をご存知なんですか?」


ふははははと伯爵は声に出して笑い始めた。


「もちろんですとも。彼は私の教え子なものですから。」

「そうなんですか!?」

「ははは、いいねぇ。その顔を見るために今日はここに来たと言ってもいいくらいの反応ですよ。…おや、お気を悪くされたのなら申し訳ない。」

「い、いえ。そんな…」

「ちなみにもう少し言うと、ご令嬢のお父上、ヴァランガ侯爵も私が家庭教師を務めたのですよ。」


ここに来て驚くことがもうひとつ増えたのだ。


「あの、父様と…その先生は…どんな感じだったのですか?」

「そうですね。お父上はそれはそれは優秀な方でしたよ。けれど、勉学よりも当時は剣を握ることに一所懸命な方でした。ご令嬢と同じ髪を靡かせ、ところ構わず全力な方でしたよ。あまり感情やそれを表に出すのは苦手な方でしたがね。」

「そうなんですね。」

「ええ、そうですとも。ご令嬢、良かったらおすわりになりませんか。」


手をソファの方に向け、私をソファへとエスコートしてくれた。2人ここに並んで座り、話は父様の話から次第にアビゲイル先生の話へと移り変わっていく。


「それに反してアビゲイルは、とても生意気な子でしたよ。」

「え、アビゲイル先生がですか?」


伯爵はまたしても声をあげて笑う。どうやらその笑い方は癖のようで、何度もその笑顔と声を聞かせてくれた。


「えぇ、えぇ、それはもう生意気でした。全てのものに難癖をつけてくるのです。しかしその難癖は、優秀でないとつけられない難癖でしてね…それがまた厄介で…」


伯爵との会話はとても楽しくて、時間を忘れるほどだった。きっと伯爵は、アルが部屋から出ていってしまった時の私の顔を見て気遣って話してくれたのだろう。

最後に「お元気になられたようで良かったです。」ととても伯爵らしい笑顔を向けてくれた。

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