29.婚約者の誕生日 -王太子視点-
「殿下。頼まれたものが完成致しましたのでお持ち致しました。」
「あぁ、ありがとう。」
きちんと正装を着こなした男性が、そう言いながら小さな箱を私の前に差し出した。
その箱には彼女の瞳と同じ色のリボンが綺麗がかけられていた。
彼女にあげるものだから拘りたくて、随分と手直しに時間をかけすぎたためか、出来上がったのは彼女の誕生日の2日前だった。
「間に合って良かったよ。正直少し間に合わない気がしていたから。」
「いえ、殿下の頼みですので必ずとも間に合わさせて頂きますとも。我々を見くびらないでくださいませ。」
「ふふ。そうだね。いつもありがとう。」
こんなやり取りをするのも、彼が母上と共にブティックの仕事を共にしてきた仲だからだ。
母上が服に合うような宝石を選ぶ時にも必ず彼が来るようになっている。信頼できる宝石商なのだ。
ブレスレットに着いている宝石は精霊石と呼ばれるもので、この国のペトラ火山近郊にある、鉱山の一角で取れる貴重な宝石だ。
様々な色のものがあるが、採取する場所は数が限られている。
それ故に、希少な価値から王冠などにはめ込まれたり、王族や貴族の婚約の贈り物として使われる。
婚約の贈り物として贈られる宝石の色は個人の自由だが、主に自身の目の色を相手に送るというのが流行だ。というより、ほぼ伝統に近い。
つまり碧眼を表す青は王族の色であり、このブレスレットをつけているだけでリリの婚約者は必然的に私ということになる。
それに、リリは私のものだという牽制の意味でもあるのだ。
けれど、幼い彼女はそんなこと気づきもしないだろう。
本当は指輪を送ろうと思ったが、リリの性格上つけてはくれないと思いブレスレットにした。あまり重いと思われるような物は贈りたくない。
それにせっかくなら、リリが私のことを受け入れてくれてから指輪を渡したい。
そしてもうひとつ。
精霊石は魔法石とも呼ばれているように、特殊な宝石である。
精霊石には魔法を組み込むことができる。
組み込み方や、組み込む魔法の種類は家によって異なる。特異魔法技術は家宝のひとつと考えるのだ。
大体はひとつのアクセサリーに1つなのだが、有難いことに生まれつきの魔力量と幼い頃から鍛え上げた魔法技術により、私は精霊石に3つほど魔法をかけることができた。
1つ目は、私の魔法を魔力を組込む事により私にだけ、このブレスレットの位置が分かるようになっている。
2つ目は、リリに危険が及んだ時や、敵意のある魔法をリリに向けられた時に、防御魔法が作動するようになっている。
3つ目は、2つ目の事態が怒った時、一定の範囲以内であれば、私はリリの元に転移するようになっている。
この世界には、魔法での移動手段として転移魔法と転送魔法という2つものが存在する。
転移魔法を使うにあたってはある程度の条件がある。行ったことのある場所であり、そこに自身の魔力を残してあること。いわゆる魔力を残すというのは、その場所に自身の印をつけておくようなものだ。もうひとつ魔力を残してあっても範囲は自身の魔力量に影響する。
転送魔法は、魔力の有無に関わらず長距離の移動が可能である。しかし、転送魔法は、転送魔法用の魔道具が必要であり、魔道具から魔道具間でしか移動できない。主に国同士の国交で使われるために各国の城に1つずつあり、そして、その国の首都の州であったりなど、設置場所と設置個数は国で違う。
犯罪に使われないよう、転送魔法は国で厳重に管理、転移魔法は魔力量を相当必要とするため、効率の悪い魔法とされる。所詮歩いたり、馬車に乗った方が早いし、疲れないということだ。こういう時に自分が先祖返りで、魔力量が異常なことに感謝する。
ブレスレットに組み込んだのは転移魔法。
これで、リリに何かあったらすぐに駆けつけられる。ただし、国内の場合のみだが……
ブレスレットを見ながらこれをつけてくれているリリを想像すると自然と口角が上がってしまう。
「アル。失礼するよ。」
ノックもせずに入ってきたのは、アレクだった。
「なんでそんなに笑顔なの?気味が悪いよ。」
「仮にもノックもせずに入ってきたのに、その言い方はどうかと思うな。」
「ふふ。それはごめんね。」
素直に謝るところはアレクの良いところだと思う。
そのまま私の方に足を勧め、窓の縁に腰を下ろしている私に笑顔を向けた。
「それで何の用かな?何か用があって来たんだろ。」
「僕が用もないのに来ちゃダメだった?」
「いつも用がなくても来ているだろう。ただ、家のこともあるだろうからこの時間帯に来るからには用があると思っただけだよ。それで、用はなんだい?」
アレクの家、つまりマルグリード公爵家は、現宰相の当主を持つ傍ら、王族のみが知る王家専用の隠密一家でもある。正確に言えば、隠密の活動をしているのはアレク達自身だけではなく、マルグリード家にそれこそ何百年と仕えてきた者達だ。アレクがたまにいなくなり、ルイにアレクの仕事がいくのはこういう事情からだ。
「また、数が減った。」
「父上達は?」
「もちろん知っているよ。父さんが先程、陛下に伝えたはずだと思うけど。アルには今日にでも話があるんじゃないか?」
「だといいんだけど…」
父上は私に心配をかけないと事態が顕著に現れてからしか話さないからな…
「それよりも!」
アレクは楽しそうに話を変える。
「じゃん!」
アレクは胸元から手紙を取り出した。
「僕もリリから誕生日の招待状貰っちゃった。自分だけだと思った?」
「いや、リリのことだからアレクにも送ると思ったよ。」
「なんだ。つまんないの。」
思わずため息をつく。
最近アレクも含め、幼馴染達からのからかいの頻度が多くなった気がする。
私が王太子と分かっているんだろうか。
だからといって彼らを同行とかは考えてないんだけど…
まぁ、いつか彼らには今までの私へのからかいをお返ししようとは思う。
「アル、リリの誕生日会一緒に行かない?」
「あぁ。もちろんだよ。」
「じゃあ、また当日ね。」
そういうと部屋を後にした。
わかっていたけれど、私以外の男を誘うリリには今度から今まで以上に優しくしないといけない。
私は手元にあったブレスレットを再度眺め口角をあげた。
___________________もう、逃がさないからね。