25.6度目の誕生日
アルと出会って1年が経とうとしていた。
2日後に迫るは私の6回目の誕生日。
記憶を取り戻した時はどうなるかと思った。
「リリアナ様。そろそろお時間です。」
ニケが私を呼びに来る。
今日も変わらずアルに呼ばれて王宮の庭園へと出向く。お城の使用人達にもちょくちょく会うので、大体の人の顔を覚えてしまった。
けれど、最近はもうひとつ。
「姫さん。今日も王太子のところに行くの?」
「うん。」
窓からひょこっと覗いたのは、私の専属護衛(?)になったノアだ。
ノアのことは実はお父様にも、誰にも言っていない。ノアは元暗殺者ということもあり、自分のタイミングにして欲しいとノアに頼まれた。
「じゃあ、俺も一緒に行くよ。」
アルの所に行く時や、外に出かける時には、毎回一緒に来てくれているらしいが、どこにるのか、どうやって付いてきてくれているのか全く分からない。
護衛と言うよりはまるで隠密みたいだ。
今までに1度もバレたことがなく、本当にすごいと思う。
「リリ?」
「はい!」
「聞いてる?」
ノアはどこに着いてきているのか不思議で辺りを探していて、聞いていなかった。
「あの、すみません。」
「ふふ、大丈夫だよ。それよりも2日後のリリの誕生日のことだけれど、もちろん私と一緒にいてくれるよね?」
相変わらず有無を言わせない笑顔を向けてくる。
けれど今年も父様と母様が祝ってくれようと準備してくれている。
「いえ、あの父様と母様が準備をしてくださっているので…」
「じゃあ私もそこに混じってもいいかな?」
ピリッとくる視線の先にはアルがいて、断ってはいけないと本能が告げている。
「はい…」
「そう、ありがとう。リリの誕生日に一緒にいられるのは初めてだからね。それと、ゆっくりでいいとは言ったけれど、婚約者の件、考えて貰えたかな?」
確かにあれからだいぶ経つ。2人で会う時間も相当重ねてきたと思う。
でも、それは考えようとしていたけれど、考えたくもないこと。
本当にもうどうしたらいいのだろう。
はい。とふたつ返事をしてしまえれば、楽なのだろうけれど、前世のことがつきまといどうしても、その1歩は歩き出せない。
「それは…まだ…答えは出せてないんです…ごめんなさい…」
「そんな顔しないで。私はずっと待ってるから。」
私が俯くと必ず前を向かせてくれる。
私にはなんて勿体ない人だろう。
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「リリ。誕生日おめでとう。」
母様が笑顔で起きてきた私を迎えてくれた。
「母様、ありがとうございます。」
「ルーイが待っているから行きましょう。」
誕生日ということで、いつもよりも綺麗に飾り付けられたドレスはまるでどこかのお姫様のよう。
まだ社交界にデビューしてないためこじんまりとはしているが、父様が侯爵邸で誕生日会を開いてくれた。誕生日会と言っても使用人達と私の友達数人だけ。
前世の私から見れば全然こじんまりとはしてないけれど、父様達にはだいぶ小規模らしい。
15の時になったら成人とデビュタントが重なるのでその時に盛大にやろうと言ってくれた。
だから今は小さく。けれど私は小さい方が性に合ってるのかもしれない。
「リリ、誕生日おめでとう。」
「ありがとうございます。父様。」
お昼頃には、アルとアレクが来てくれた。それとお茶会に誘ってくれたマリア様達。アルに呼ばれていてあまり行けなかったけれど、誘われてから数回だけ顔を出していた。最初は不慣れで、緊張していたけれど、友達と呼んでも不思議ではない間柄になった。
様々な人に自分の誕生日を祝ってもらてる。
これって素敵なことなのかもしれない。
それに友達からのおめでとうは何よりも格別だった。
「リリ。おめでとう。」
「アレク!」
アレクはにこにこと笑顔を向ける。アレクの手が優しく私の頭を撫でてくれる。
そこに笑ってはいるもののあまり面白くなさそうにしているのがアル。
「誕生日おめでとう、リリ。それとアレク。あまり私のリリに触わらないで欲しいのだけど。」
「ごめんごめん。」
「お二人共ありがとうございます。」
ドレスの裾を持ちお辞儀をする。
アルの誕生日は私よりも早かったけれど、王族だからか、成人するまで公に誰かと一緒にお祝いということはできない。公務である冠婚葬祭以外あまり、成人前の王族は表に出さないらしい。
「リリ、少し2人きりにならない?」
そうアルに言われちらっと横目でアレクを確認する。
「はいはい。僕のことは気にせずにいいよ。行ってらっしゃい。」
「ありがとう。アレク。」
するとアルは私の手を握り、屋敷の庭へと連れ出した。
「すごいね。侯爵邸には花が沢山咲いてる。」
「王宮程ではありませんが、母様が花を植えるのを趣味としているので。」
「ふふ。知っているよ。私の母上と侯爵夫人は幼馴染なんだ。母上も夫人の影響で花を植えるのが好きらしい。王宮の花は母上が全部管理しているんだ。夫人から贈り物として貰った花も沢山ある。」
知らなかった。王妃様と母様が幼馴染なんて。
確かにそう思うと、王宮の花と侯爵邸の花の配色や種類が似ている。
「リリにね。プレゼントを渡したくて。」
「プレゼント…ですか?」
わざわざ用意してくれたのに、申し訳ないと思いつつも、正直少し嬉しかった。
「そう。誕生日プレゼント。受け取ってくれるかい?」
アルが私の目の前にひとつの小さな水色の箱を取りだした。それを私に手渡す。
「開けてみて。」
箱を開けると小さな青い宝石が3つ嵌められたブレスレットだった。真ん中の青い宝石は色が濃く、左右の宝石よりも大きく輝きが強い。それを引き立たせるように左右の宝石は並べられ、薄く透明に近い青だ。
「こんな…素敵なの…私には釣り合いません。」
「リリを思って作って貰ったんだ。この宝石には私の魔力が入ってる。一種のお守りみたいなものだよ。いつも身につけていて欲しい。」
それはあまりにも美しく、本当に今の私には似合わない。今日一大決心をしていた。アルとの婚約の返事をしようと。
「アル…私…本当にこんな綺麗なの…釣り合わないんです。似合わない。まして、アルから頂いたものなんて私…」
「リリ、……リリ…貴方に聞きたいことがあったんだ。リリはどうして、そんなに自分を認めてあげないの?リリは…何を思っているの?」
私は……本当に……弱い人間だ…
「私…アルとの婚約はできません。ごめんなさい。だから…」
アルの目は真っ直ぐと私を捕える。
「リリ…よく聞いて。私は諦めないよ。貴方が好きだ。誰に何を言われても私は貴方を離したくないし、誰にも渡したくない。……だから、待ってるから。リリが何を抱えていても、どんなに足掻いても必ず私の元に来ると信じてるから。」
苦しいよ。どうしてアルはそんなに綺麗なの?
アルは私の頬に手をそっと触れ、優しく目を細める。
ほらそうやって、そうやってまた優しい顔で笑うから、見つめてくれるからどうしていいかわからなくなる。
本当に信じていいのかわからない。
その言葉も全部、信じていいのだろうか。
その愛は。思いは。
けれどそうやって迷っているうちは、私は貴方に相応しくないんだと心が突きつけてくる。
「……私…………」
「リリ、もう戻ろう。ね?」
アルはくるりと翻すと、触れるか触れないかの瀬戸際の距離を保ち、屋敷へと向かった。
そうして、この世界に生を受けてからの6度目の誕生日は終わる。