閑話 世話係の特権
私がお仕えするのは侯爵令嬢のリリアナ様である。
リリアナ様とは10以上程離れているが、まるで妹のように可愛がっていた。
事実、私にはリリアナ様よりも少し年齢を重ねた妹がいる。
リリアナ様と違って物凄く生意気だが、妹というものはどうも憎めない。
今日は3日間の休日を貰ったため里帰りする。
「ニケ…本当にここでいいのかしら。」
「はい。リリアナ様。私は使用人ですので、こちらまでで結構でございます。」
リリアナ様は心配そうにちらちらとこちらを見ている。前は活発な少女だったが、5つの誕生日を迎えてからは心配性な令嬢というイメージに変わった。
部屋に引きこもってしまった時はどうしようかと思ったが、今はあの時のような儚さはない。
元気になり、良かったと思う。
リリアナ様にお辞儀をし、馬車に乗り込む。侯爵家の馬車ではあるが、使用人用も使えるようにとこの馬車に華やかさはない。
「ニケ、体に気をつけてね。」
たった3日の帰省なのに…
心配そうに私を見る目は物凄く可愛い。
「はい。直ぐにお戻り致します。」
そうして馬車が発車し、自宅へと向かった。
「あ、お姉ちゃんおかえり。」
出迎えてくれたのは私の妹だ。
「ただいま。お母さんとお父さんは?」
「仕事行ったよ。」
父は建設業者で、母はとあるブティックの店員をしている。別に貧乏ではないが、金持ちでもない。至って普通の一般家庭。
ただ、自立するにあたって侯爵家の使用人の募集をしていたから面接を受けてみただけなのだ。
今では侯爵家の使用人ができて良かったと思っている。リリアナ様に会えたから。
その日の夜は父と母と妹と家族4人水入らずで話をした。
「お姉ちゃん。お仕事どう?」
隣のベッドに寝そべっていた妹がくるりと私の方に向きを変える。
「どうって、楽しいわよ。」
「そっか……いやさ、私もほらもうすぐ成人じゃん?仕事とかどうしようかと思って。」
この国の成人は15歳で、その歳になれば、自立が認められ、結婚もできる。
「あぁ、そうね。でもあなたの好きなようにやればいいんじゃない?それにほら、私もやりたいことなくて、お給料だけで選んだ使用人のお仕事だったけれど、今は私のやりたいことのひとつになっているもの。そういうこともあるものよ。」
「ふーん。そうかもね。……おやすみお姉ちゃん。」
「えぇ、おやすみ。」
朝、目が覚めるとそこに妹はいなかった。
どうやら朝食の準備をしていたらしい。
「お姉ちゃん。私ね、料理人になろうと思って!料理するの好きだし、美味しいって言って貰えると幸せになるじゃない?」
「いいじゃない。素敵だと思うよ。」
「そ?ありがとう。」
お昼頃になると家族で、スーデンヴィークで開かれている市場で食べ物を食べたり、ノーダンヴィークで新作の洋服を買ったりと楽しんだ。
3日目の午後には自宅を出て、侯爵邸へと向かう。
侯爵邸に着き、馬車を降りるとリリアナ様が迎えに来てくれていた。
「リリアナ様、ただいま戻りました。」
「ニケ、おかえりなさい。あの……本当は迷惑かと…思ったのだけれど…」
「いいえ、迷惑ではありませんよ。とても光栄でございます。」
そして侯爵邸に戻った次の日の朝、リリアナ様の御髪を整える。いつもの仕事なのに感覚を開けると久しぶりのような気がする。
「私、ニケの髪梳きが1番好き…」
「それはようございました。私も凄く嬉しいです。」
「あのね……ニケがいなくて……少しだけ……寂しかったよ……少し…だけ…」
リリアナ様はそう言って俯き、少し頬を赤らめる。
「あの……!ごめんなさい…なんでもないわ…」
「ふふ。」
「ニケ?」
「いいえ、なんでもございません。」
誰にでも頼るわけでもなく、たまにこうして迷惑なのではないかと思いつつも、コソッと伝えてきてくれるところが、本当に可愛らしい。
昔は貴族は嫌いだった。お給料だけを見て選んだ仕事。どうせ貴族に罵倒されるのだろうけど、背に腹はかえられないと思って選んだ仕事。
貴族の印象はリリアナ様を見て変わった。
貴族全員がこんなリリアナ様みたいな貴族ならいいなと思った。
ああ、これだからリリアナ様の侍女は辞められない。こんな可愛い姿を見れるのは専属侍女としての特権に違いない。