お酒は匂いでも酔うらしいです
僕がギルドのエントランスに戻るとエルルさんが待っていた。
先ほどまでたくさんいたはずの冒険者は一人もいなかった。
ギルド受付には一人の受付嬢が羨ましそうにこちらを見ている。
「リーン君、やっと終わったの。待ってたわよ。それじゃあ、酒場に行こうか」
「えっ」
「あれ?今日はリーン君の奢りでパーとするって聞いたんだけど?」
全員?
いつの間にか参加した冒険者以外にも奢ることになってしまったようだ。
お金、足りるのだろうか?
ふと周りを見ると、一人の受付嬢が羨ましそうにこちらを見ている。
「ああ、あの子とギルド長は今日は夜勤だからお留守番なの。」
なるほど、それで羨ましそうに見ているのか。
そして、僕はエルルさんに腕を引っ張られ、宴会が行われている酒場に連れていかれるのだった。
◇
「おっ。やっと主役の登場だ。悪いが先にやらせてもらってるぞ。」
助けに来てくれた冒険者の一人が僕に気づき声を掛けてきた。
酒場はすでに貸し切り状態になっていた。
大量の食べ物が用意され、冒険者たちは各々好き放題にお酒を飲んでいた。
「やっと来たのね。それじゃあ、まずは一杯」
回復魔法を掛けてくれたおねーさんが僕にお酒を渡そうとする。
「ちょっと、ソフィアさん。リーン君はまだ子供ですよ。お酒は早いです。」
エルルさんはそういうと、僕に渡されたお酒を取り上げる。
(助かった。さすがにお酒はまだ早いよね。)
僕はエルルさんにお礼を言おうと振り向くと、エルルさんは取り上げたお酒をすでに一気飲みしていた。
・・・・・・お礼は必要ないかな。
「くーん」
ソラが僕の足にじゃれついてきた。
そっか。ソラもお腹が空いたんだ。
僕はお店の人を探すとソラようのご飯を注文した。
何を注文したかって?
もちろん、ドックフードなんてなかったので、お肉の塊です。
ソラに聞くと生はいやらしいので、ミディアムレアに焼いてもらいました。
「ソラ、美味しいかい。」
僕がそう声を掛けるとソラは一瞬僕の方チラ見しただけで、食べるのを中断することはなかった。
うん、とってもおいしい様だ。
「ちょっといいかい?」
突然、後ろから声を掛けられ振り向くと、酒場の女将さんが立っていた。
何かあったのか、表情は少し陰っている。
「リーン君ってのはあんたかい?」
「はい、そうですがどうしたんですか?」
「いやね、バラックの奴が今日の代金はあんたが支払うって言ってたから、ちょっとね。」
女将さんが言いにくそうにしている。
なるほど、代金をちゃんと払ってもらえるかどうか心配なのか。
「えっと、どのくらいになりそうです?」
「そうだね。すでに30000ゴールドは超えてるからね。このまま深夜まで行くとなると200000ゴールドかそれ以上かね。」
200000ゴールドか。
カバンの中には3000000ゴールド近く入っているので、200000ゴールドくらいどうってことないが、これはどのくらいの金額なのだろうか。
こちらの金銭の価値がよくわからない。
1ゴールドは何円ぐらいの価値があるんだろう?
「いいよ。無理しなくて。なんであんたが奢ることになったのかは知らないけど、あれだったら、バラックたちに分割で支払わせるから。」
女将さんは俺を気遣ってか、優しい口調で語ってきた。
僕が子供なので無理やり払わせられたとでも思っているようだ。
「いえ、大丈夫ですよ。今回はキラータイガーを運よく仕留められたんで、そのお祝いもあるんです。」
「キラータイガー!?あんたがかい。」
「はい、とは言っても、実際に戦ったのはこの子ですけど」
そう言って僕は肉を食べ終えて満足そうに寝ているソラを指さす。
っていうか、もう食べたの!?
「このワンちゃんがかい。へえー、すごいもんだね。そういえば、あんたは初めて見る顔だね。」
「はい、今日この街に来ました。これからよろしくお願いします。・・・とはいっても、酒場だからあまりご縁はないですかね。」
「ハハハ。普通に食事もできるから、是非贔屓にしておくれ。」
女将さんはそう言うと調理場に戻って行った。
安心したのか表情は晴れやかになっていた。
その後、僕は自己紹介を兼ねて他の冒険者さんのところに挨拶に行くことにした。
◇
ソラが僕の顔を舐めている。
「くすぐったいよ。ソラ、やめてよ。」
ソラを払いのけようと、腕を振るったところで僕は目を覚ました。
見知らぬ天井だ。
ここはどこだろう。
頭がズキズキする。
立とうとすると、フラフラする。
吐き気がする。
気分が悪い。
僕、どうなったんだ?
「あっ。起きたみたいね。」
声を掛けてきたのはエルルさん!?
するとここはエルルさんの部屋?
なんで?
もしかして、僕、お持ち帰りされたとか?
「リーン君。昨日のこと覚えてないの?突然、酒場で倒れたからびっくりしたのよ。」
「僕、倒れたんですか?」
「そうよ。それで慌ててギルドの救護室まで運んだのよ。」
「ギルドの救護室?」
どうやらエルルさんにお持ち帰りされたわけではなかったようだ。
「リーン君。体調は大丈夫?」
「あの、頭がズキズキするんですけど」
「えっ?リーン君。お酒は飲んでないわよね。」
「はい、ジュースだけですけど」
「たぶんそれは二日酔いよ。吐き気もするでしょう?」
「はい」
「ちょっと待っててね。」
そういって、エルルさんは出ていくとしばらくしてソフィアさんを連れて帰ってきた。
「もー。リーン君、二日酔いで倒れたんだって。心配しなくてもいいわよ。おねーさんが治してあげる」
そういうと、なにやら魔法を掛けてくれた。
すると、途端に体が軽くなり、先ほどの不調が嘘のようになった。
「あ、ありがとうございます」
「いいのよ。昨日は楽しませてもらったから」
ソフィアさんはそういうと出て行った。
それにしても、どうして二日酔いになったのだろうか?
◇
僕は酒場に戻ってきた。
昨夜の代金を支払うためだ。
「あら、リーン君。もう大丈夫なの?」
僕を見つけた女将さんが声を掛けてくる。
「はい、どうやら酔って倒れただけだったらしいです」
「酔った!?リーン君、お酒を飲んだの?」
「いいえ、飲んでないですけど」
「それじゃあ、匂いで酔ったのかもね。」
「えっ!匂いで酔うんですか?」
「そうよ、お酒の弱い人は匂いでも酔うから気を付けなさいね。」
「わ、わかりました。ところで、支払いをしたいんですが、いくらですか。」
「えっとね。・・・390000ゴールドだね。」
「えっ?」
なぜか予定の倍近くの金額になっている。
僕が不思議そうな顔をすると女将さんがすまなそうな顔をしながら謝ってきた。
「それがね。リーン君が倒れた後、なぜだかみんなが高級酒を飲み始めたのよ。私は止めたんだけどね。」
しまった。
どうやら僕がいなくなってたかが外れたようだ。
僕が全額を支払うと女将さんは「ごめんね。うちも商売だから」と謝ってきた。
僕は「気にしないでください」というと、酒場を後にした。