ポーションでドーピング?
1時間後、ブルとチワは指示されたことを終えたのか手持無沙汰な様で家の中に入って来た。
「あれ?カミーラさんに頼まれていたこと終わったの?」
「はい、終わりました。後はカミーラ様からの指示待ちです」
ブルがテキパキと答える。チワはブルの後ろに隠れてこちらをチラチラ見ている。
カミーラがいつ帰ってくるか、今か今かと待っている。
「それにしてもカミーラは遅いわね。何をしているのかしら?」
「たぶんモーガンさんと上納品のことについて話してるんだと思うけど・・・」
「遅いわよね。」
「そうですよね。月光草でいいかの確認ならすぐに終わるよね。」
「なら『ダメだ』って言われて、カミーラが一生懸命説得しているのね」
「・・・だよね。」
カミーラさんがモーガンさんに言い寄っている光景が目に浮かぶ。
モーガンさん、かわいそうに。
ウィーネも同じ光景が浮かんでいるのかクスクスと笑っている。
「帰ったよ。ブル、チワ、どこだい?」
玄関の方からカミーラさんの声が聞こえた。
声の感じから少し怒っているのが分かる。
どうやら何かあったようだ。
ドタドタとした足音がどんどんこちらに近づいてくる。
ブルとチワが慌てて迎えに出向こうと扉に走っていく。
二人が扉に触ろうとした時、バンッと音を立てて扉が開き、不機嫌な表情のカミーラさんが入って来た。
「お、お帰りなさい。準備はすべて終わっています。師匠が用意しろといった材料の中で現在、在庫がなかったのはこれです。」
ブルがオドオドしながら報告していく。
カミーラは不機嫌さを隠そうともせずにブルの報告を聞いていたが、はっとウィーネの存在を思い出し、ばつの悪いような顔でウィーネに弁明する。
「ウィーネ様。見苦しい姿を見せて申し訳ありません。月光草栽培の件をモーガンに話してきたのですがダメでした。前例がないため王家が承諾することはまずないだろうとの一点張りで話を聞こうともしませんでした。」
「そうなの。それじゃあ諦めるしかないわね。亀じいが人里を襲わないように祈っておくわ。」
ウィーネが何とも物騒なことを言い、カミーラさんが真っ青になる。
ブルとチワはよくわかっていないのか、そんなことより師匠であるカミーラの方が怖いのかは分からないが、動揺の色も見せず、カミーラの指示をじっと待っている。
僕はというと、他所の土地に引っ越そうかと考えていた。
できれば、そんな面倒なことはしたくないが、あんなバケモノと戦うのは御免こうむる。
このテムジンの街にはまだ来たばかりで、それほど愛着もない。
ウィーネには悪いが出ていくのが最善だ。
そんなことを考えているとウィーネが僕の考えに気づいたのだろう。
頬を膨らませて釘をさしてきた。
「ちょっとリーン。この街からいなくなるのはなしだからね。せっかく友達になったのに。そんなことをしたら、亀じいと一緒に追いかけるからね。」
さらっとウィーネがとんでもないことを言い出した。
亀じいと追いかけるって、そんなことをしたら僕の行く先々が破壊されていくってことじゃない?
隣でカミーラさんが「それだけはー」とかいいながら土下座を開始した。
「でも、それじゃあどうするの?亀じいに頼んで街と森との間に巨大な穴でも開けてもらって近づかないように警告でもするの?」
僕の提案はカミーラさんに却下された。
そんなことをすれば、危険な生物として認定され、騎士団の派遣がされるそうだ。
過去に何度かそのようなケースがあったそうだ。
2~3ヶ国が連合で騎士団を派遣し、討伐が行われるらしい。
もちろん、上位の冒険者や勇者と呼ばれる存在も動員され総力戦となるらしい。
そうなると、どれだけ血みどろの戦いとなるか想像もつかない。
結局、上納品をどうするかの代案はでず、
◇
「ウィーネ様。よろしければ、月光草の種を頂きたいのですがよろしいでしょうか?」
「なに、上納品にはできないんじゃなかったの?」
「それとは別にして、もしよろしければ育ててみたいのです」
「うーん。別にいいけどもの好きね。別に月光草みたいな育てにくい植物を育てなくても他にいくらでもあるでしょう?」
「・・・いえ、これはどちらかというと学術的興味の部分が多いというか・・・」
「ふーん。そんなもんなの。人間って変わっているわね。」
ウィーネはそういうと何もない空間から種を5つほど取り出す。
収納系スキルだろうか?それとも召喚系か創造系のスキルだろうか?
まあ、大精霊であるウィーネはソラと一緒でチート能力持ちなのは間違いない。
僕と違って・・・。
別に羨ましくなんかないよ。
種を手に入れたカミーラさんたちは月光草の栽培の準備をどんどん進めていた。
傍から見ているとまるで狂信者のようだ。
一心不乱で作業を進めていく。
僕も手伝えることがあるかと思って畑に一緒に出たのだが、何もできることがなくボケッと突っ立ったまま時間だけが過ぎていた。
ウィーネから種を受け取ってすでに2時間ほど経っているが、いっこうに休む気配がない。
それどころかペースアップをしている気もする。
チワには疲労の色が濃く見え始めている。彼女の仕事のペースはかなり遅れてきている。
ブルも少しペースが落ちている感じだ。
突っ立っていただけだが、僕も疲れてきている。
ウィーネは・・・いつの間にかいなくなっている。
カミーラさんも大粒の汗を額に浮かべながら仕事をしていたが、チワの状態に気づくとチワに近づいていく。
チワは怒られると思ったのか、身を縮めて身構える。
「チワ、別に叱ったりなんかしないよ。あんたが頑張ってるのは分かってるよ。あんたはこのポーションを飲んだら、休憩がてらこの依頼を出してきておくれ。」
カミーラさんはそういうとチワに一本のポーションと一枚の紙を手渡す。
チワは受け取ったポーションを見て驚きの表情を浮かべる。
「師匠、このポーション!?」
「いいからさっさと飲んでギルドに行きな。」
カミーラさんはそういうとブルの方に歩いていき、同じポーションをブルに渡す。
ブルも驚いていたが、それを飲み干すとすぐに仕事を再開した。
それを見たチワが慌ててポーションを飲むと紙を握り締めて駆けていく。
二人の動きが始めよりも良くなった気がする。
なんだかまるでポーションでドーピングをしているようだ。
「へえ、カミーラ奮発したわね。あんな高価なポーションを渡すなんてね。」
家の中から出てきたウィーネさんがその光景を見て、感心感心とばかりに頷く。
「そんなに高価なポーションなの?」
「ええ。たしかハイポーションよりランクの高いポーションのはずよ」
この世界ではポーションはとても高価だった。
僕はソラの稼ぎがあるのでそんなに気にもしなかったが、かなりの値段がしたはずだ。
低ランクの冒険者はポーションをもしもの時の為に準備するが、ハイポーションは手がでない。ハイポーションに手が出るのは高ランクの冒険者だとお店の人が言っていた気がする。
もちろん僕はハイポーションを購入した。
僕の魔法鞄の中に2本ほど入っている。
・・・僕はC級冒険者なんで高ランク冒険者だよ。
間違っても成金ではない・・・よね。
まあ、それはおいておいて、そのハイポーションよりも上位のポーションとなるとどれだけの値段がするのか想像もつかない。
ブルとチワが驚き、飲むのを躊躇したのもそのせいだろう。
それ以上に疑問なのが、なぜカミーラさんはそんな高価なポーションを使ってまで急いでいるのだろうか?
何か理由でもあるのだろうか?
「ねえ、ウィーネ。なんでカミーラさんは急いで育てようとしているのかな?」
「・・・さあ、それより晩御飯を作ったの。食べましょう」
ウィーネはそういうと家の中に入っていく。
何だか誤魔化された気がする。
気にはなったのだが、ゴハンという単語を聞いたソラが僕の周りで飛び跳ねてゴハンアピールを始める。
こうなると、ソラはご飯を食べるまで落ち着かない。
お昼にあれだけ食べたにもうお腹が空いているのだろうか?
僕は後ろ髪を引かれつつも家の中に入っていくのだった。




