ウィーネ、怒る
ドタドタと部屋の外から誰かが駆けてくる音が聞こえる。
バタン、という大きな音と共に扉が勢いよく開く。
そしてモーガンさんが疲れた顔でやって来た。
「おう、リーン。来てたんだな。やっと、お前の尻拭いが終わったぞ。」
「すみません。知らなかったとはいえご迷惑をおかけしました。」
「ん?採取制限のことをセバスから聞いたのか?」
「はい。」
「まあ、あまり気にするな。本来ならランクCになった時に説明があるはずなんだが、お前は正規の昇格じゃなかったからしてなかったみたいなんでな。どちらかというと、リカルドとバラックの責任だ。次がないように、ギルドで講習を受けておいてくれ。」
「わかりました。」
こうして、僕へのお咎めはなかったのだが、なぜかモーガンさんの渋い顔をしている。
何かあったのだろうか?
「まだ何か問題があるんですか?」
「・・・ああ、本当は明日にでも呼び出して話そうと思っていたんだがちょうどいい。南の森は王家の直轄領となる予定だ。」
「直轄領ですか。」
「ああ、結界で覆うための方便だな。」
「はあ」
「そして、直轄領となったからにはそこで獲れるものを定期的に王家に上納しなければならない。」
「上納ですか。それの何が問題なんですか?」
「・・・どうやら分かってないみたいだな。王家に上納するものは南の森で採れる希少物でないとならないんだ。少なくともランクB以上のものだ。それを毎年上納することが義務づけられる。」
「はあ」
「お前が手に入れた万年苔やターサファイアがそれにあたるんだが、それを毎年となると無理かもしれん。と、なると他の物をということになるのだ。その辺も調べてねばならない。さらに、王家直轄領ということで管理人をおかねばならない。」
「はあ、大変みたいですね。頑張ってください。」
僕のそっけない反応にモーガンさんは呆れ顔である。
「はあ、セバス。本当にリーンでいいのか?他に人選はないのか?」
「モーガン様。残念ながらリーン様以外ではウィーネ様が納得なさらないでしょう。まあ、リーン様の非常識さについては後に教育すれば問題ないと思われます。おそらく素質で言えばアルベルト様以上だと思われますので。」
「・・・アルベルト以上か。アルベルトもかなりのものと思っていたが、お前がそこまで買うとはリーンはかなりのものなのだろうな。俺には全くそうとは思えんが・・・」
モーガンさんは何かブツブツ言いながら僕をじっと見ている。
一体、モーガンさんは何を心配しているのだろう?
「リーン様。さきほどの南の森の管理人ですが、リーン様が選ばれる予定です。大変と思われますが、がんばってください」
「えっ!?」
突然のことにセバスさんが何を言っているのか理解できなかった。
いや、理解できなかったのではないな。
よくよく考えれば当たり前のことだった。
ウィーネが僕以外を管理人にするのをうんと言うはずないのだ。
これ・・・おそらく決定事項なんだろうな。面倒だな。
「どうやら理解できたようだな。すでにアリオン王子に頼んで王家への根回しは済んでいる。食事会で国王の代理であるアリオン王子が上納品を受け取り、お前が管理人の任を受けるてはずになっている。食事会は3日後の予定だ。まあ、お前も大変と思うががんばってくれ。」
僕の頭の中を読み取ったのかモーガンさんが笑いながら言ってくる。
明らかに楽しんでいる風もある。
「でも、僕が何か失敗したらモーガンさんにも迷惑がかかるんじゃないんですか?」
僕はちょっと仕返しに、意地悪そうに言ってみた。
その瞬間、モーガンさんの顔色が変わる。
「ふむ。確かにそうですね。例えば、リーン様が上納品を納めそこなった場合、モーガン様にも責任の一端が及ぶのは間違いないですね。」
セバスさんの追撃によりモーガンさんの顔色が真っ青になっている。
「おい、リーン。お願いだから間違ってもわざと失敗なんかするなよ。」
モーガンさんの悲痛の声が屋敷中に響き渡った。
◇
モーガンさんの屋敷を出た僕はまっすぐ街外れの建物に戻っていた。
モーガンさんとセバスさんに聞いたことをウィーネと相談しないといけなかったからだ。
建物に戻ってウィーネを探すと、彼女はすぐに見つかった。
彼女は畑で未だに薬草の講義をやっていた。
ブルとチワが熱心に聞き入っている。その横でカミーラさんも一緒に聞き入っていた。
ウィーネは僕に気がつくと手を振る。
「やっと帰って来た。リーン、遅かったね。」
そういうと、僕に駆け寄ってくる。
三人は突然講義が終わったことで非常に残念そうな顔をしている。
そんなに面白かったのだろうか?
「ソラ。気分転換できた?」
ウィーネはそう言ってソラを抱く。
ソラは嬉しそうにウィーネの顔を舐めまくる。
成されるまま間になめられていたウィーネだったが、突然、ソラを引き離す。
「ソラ、なんでお口からお肉の匂いがプンプンするのかな?」
意地悪そうにソラに尋ねる。
ソラはお肉の味を思い出したのか嬉しそうに「ワン」と答える。
ソラ、その返答は間違ってるぞ。
「あはは、楽しかったみたいね。どうやらいいことがあったみたいね。」
ウィーネは僕の方を見ると笑いながら言ってきた。
「ウィーネ、ゴメンネ。すぐに帰る予定だったんだけど、いろいろあって領主様の所に行ってきたんだ。」
「領主様?」
ウィーネが不思議そうな顔をする。
そりゃそうだよね。ちょっと散歩のつもりで出たのに領主様と会ってきているんだもんね。
僕とウィーネが話しているとカミーラさんがやって来た。
「なんだい。モーガンにあって来たのかい?それなら、直轄領の話も聞いたのかい?」
「はい。」
「それじゃあ、管理人になるってことでいいんだね。」
「できればやりたくないですけど、いやって言っていいんですか?」
「・・・まず無理だろうね。」
「でしょう」
「あんたが納得したならいいんだよ。ウィーネ様、南の森についてお話があるのでよろしいでしょうか?」
「何か決まったの?」
「はい、そのことでウィーネ様にお願いしたいこともありますので時間をよろしいでしょうか」
「いいわよ」
「ブル、チワ。すまないがお茶の準備をしておくれ。」
カミーラさんはそういうと僕たちを連れて家の中に入っていった。
◇
カミーラさんがウィーネに王家直轄領や上納品について説明していく。
始めの内はにこやかに聞いていたウィーネだったが、上納品の話になると怒り出した。
「なんで私が人間の王ごときに上納しないといけないの」
「いえ、それはごもっともなのですが・・・」
「だいたいスターサファイア1つ育てるのにどれだけの年月がかかると思ってるの。10年よ。毎年なんて絶対無理よ。」
「は、はい」
ウィーネはカンカンに怒ってカミーラさんを責める。
カミーラさんは平身低頭しっぱなしであった。
ついには土下座まで始める始末だった。
これは・・・僕が助け舟をださないといけないかな。
「ねえ、ウィーネ。僕が管理人になるのと結界を張るのはOKなんだよね。」
「それは別に構わないわよ。結界を張るのはこちらとしても有難いから手助けもしてあげるわよ。でも、なんで人間に毎年貢物をしないといけないの。スターサファイアもリーンだったからあげたのよ。他の人だったら絶対あげてないわ。」
「そうなの?わざわざ僕のためにありがとう。」
「そんなリーン。お礼何ていいわよ。」
少しだけだがウィーネの機嫌がよくなった。
ここがチャンスだ。
「ねえ、ウィーネ。こうは考えられない。大精霊であるウィーネに臣従する人間の王に下賜する、って」
「・・・」
「それに与えるのはスターサファイアじゃなくてもいいんだよ。それなりに珍しいものだったら大丈夫だと思うよう。」
「えっ!?スターサファイアじゃなくてもいいの?」
カミーラさんの方を向くとなんとも複雑そうな表情で渋々と頷く。
カミーラさんは国王とウィーネの板挟みになって、困っているようだ。
そんなことを気にもしていない二人はあれこれと案を出し合っている。
「それじゃあ、月光草ぐらいでいい?」
「「「月光草!?」」」
カミーラさんとお茶を持ってきたブルとチワの驚きの声がハモる。
どうやら、珍しい草みたいだ。
「あの、ウィーネ様。南の山で月光草が採取できるのですか?」
「出来るわよ。数年に一度くらいのペースで自生するわよ。」
三人は目を輝かせながら聞き入っているが、数年に一度じゃ駄目なんでは?




