異世界転生と言ったらチートと魔法だよね
「リーン、ソラ。いらっしゃい」
聖域に着いた僕たちは満面の笑顔のウィーネに出迎えられた。
ウィーネの後ろにはおいしそうな料理が並んでおり、良いにおいを辺りに充満している。
ソラは僕を降ろすと普段の大きさに戻り、料理を凝視している。
口からは涎が滝のように流れ落ちている。
「うふふ、ソラは相変わらずね。ソラのゴハンはあっちに用意しているわよ。」
ウィーネがそう言って指さした方向には巨大なステーキが3つも置いてあった。えらく豪勢だ。
「ソラには感謝しているから。あの鹿はね、繁殖し過ぎると森の植物を根こそぎ食べちゃうの。だから時々間引かないといけないんだけど、この森担当のフェンリルが去年で引退しちゃったのよ。」
「フェンリル?」
「ええ、大きな狼のモンスターよ。北の山に群れで住んでるんだけど、最近どうも少子化らしくてね、新しい子を補充できなかったのよ。よかったら、ソラが毎年してくれない?」
それを聞いたソラが顔を上げて、「いいよー」といった表情でウィーネの方を向いて一声吠えると、再び肉にがっつき始める。
「どうやら、ソラはOKみたいだね。それなら僕も構わないよ。」
「ありがとう、リーン。それじゃあ、必要な時は指名依頼を出すわね。」
「指名依頼?」
「リーンは冒険者でしょう。ギルドに登録してないの?」
「いえ、してるけど、ウィーネは依頼ができるの?」
「ええ、友人の名前を借りてだけどね」
「友人?」
「ええ、一応テムジンの街に知り合いがいるの。私は彼女のことを友人とおもってるんだけどね・・・。」
そう言ったウィーネの表情はなんだかとても悲しそうだった。
「ウィーネ、僕は友達だと思ってるよ」
「あはは、リーンはどっちかっていうと友達っていうより弟って感じかな。」
「弟、それじゃあ、ウィーネはお姉ちゃんか」
「そうよ。頼りにしてもらっていいわよ。」
そういってウィーネは胸を張る。とってもいい笑顔だ。
その後、ウィーネとの楽しい食事会は遅くまで続いた、
◇
「・・・あれ、ここは?」
僕は目を覚ますとベッドで寝ていた。昨日のことを思い出そうとすると頭がズキズキする。いや、何もしなくても頭はズキズキした。そして、とっても気分が悪い。最悪の気分だ。
僕が目を覚ましたのに気づいたのか、ソラがベッドの上がり僕の横に来ると、心配そうに僕の顔を舐めてくる。
「ねえ、ソラ。あんまり思い出せないんだけど、昨日何があったか覚えてる?」
もちろん、ソラから返事があることはなかった。
「わん」と一声鳴くと、心配そうに僕の顔を眺め続けた。
「ソラ、リーンが起きたの?」
ソラの鳴き声を聞きつけたウィーネがやって来た。
「あのウィーネ・・・」
ウィーネはコップのようなものを突き出すと、僕の問いを中断させた。
「リーン。とりあえず、飲んで。よく効くから」
僕は渡されたコップを受け取ると中身を確認する。
・・・なんだか茶色いドロっとした液体が入っている。
何とも言えない臭いも漂ってくる。
僕は恐る恐るウィーネの方を見ると、・・・にっこり微笑んだウィーネが「さっさと飲め」とばかりにクイッ、クィッと手首を動かし、コップを傾けるような動作をする。
僕は意を決してコップの中の謎の液体を一気に飲み干した。
まずい。とてつもない苦さだ。
しかも、ドロっとした液体が喉の奥を通っていくのを感じることができる。
気持ち悪い。泣きたくなってくる。
「どう、大丈夫?」
うずくまっている僕の顔を覗き込むようにしてウィーネが尋ねてくる。
「・・・酷いよ、ウィーネ。これ、何なの?」
「何って二日酔いの薬よ。頭がスッキリしてきたんじゃない?」
そう言われると、スッキリしてきたきがする。
先ほどまでの気持ち悪さがなくなってきた。
頭のズキズキももうないな。
頭がスッキリしてくると、段々、昨晩のことが思い出されてきた。
僕は昨日、ウィーネと食事をして、食後に果物と特別な飲み物ってのを飲んだんだ。
そうしたら、気分が悪くなって倒れたんだ。
「ねえ、ウィーネ。昨日の夜僕が飲んだ飲み物って何だったの?」
「えっと、ネクタルよ。」
「ネクタルってお酒だよね。」
確か、ネクタルという名の神の酒があったはずだ。もしかして、すごい飲み物だった!?
僕の思っていることが分かったのか、ウィーネが笑いながら否定した。
「うん、まあ本当に神様が飲む飲み物じゃないんだけど、それにかなり近い飲み物よ。まあ、私みたいな上位精霊じゃないと作れないのけどね。」
ウィーネは胸を張って答えるが、未成年にお酒を飲ませていいのだろうか?
いや、この世界では僕の年齢は成人扱いだった。
もう、飲んでもいいのだろうか?
それに精霊にヒトの常識を説いてもしかたないのかもしれない。
「あのウィーネ。できればお酒は遠慮したいんだけど。」
「ええ、わかってるわ。どうやらリーンに神の酒は不味かったみたいね。まさか一口で酔っちゃうとは思わなかったわ。次からは美味しい蜂蜜酒でも用意しておくわ。」
「いや、そうじゃなくて、アルコールは止めてよ」
「アルコール?」
なぜかウィーネは不思議そうな顔をしている。
そして何か気づいたのかハッとした表情になる。
「そっか。ヒトってアルコールで酔うのよね。忘れていたわ。ネクタルにはアルコールは入っていないのよ。」
「えっ?それじゃあ、なんで僕は酔っぱらったの?」
「神の酒にはアルコールの代わりに大量の魔力が込められてるの」
「魔力?」
「そうよ。神の飲み物を参考に作られたって言ったでしょう。先ほどまでのリーンの症状は魔力酔いよ」
「魔力酔い!?」
「そう、魔力が少ないヒトが大量に魔力を摂取するとアルコールで酔ったのと似たような状態になるの。」
「そうなんだ。ということは僕の魔力って少ないんだね。」
「そうね、・・・というか一口目で酔いだしたからおそらくほぼゼロに近い量ね。」
「ほぼゼロ!?・・・ということは、僕は魔法を使うのは無理なのかな」
「魔法。そうね。リーンは絶対やめた方がいいわね。多分使えないけど、まぐれでも発動したら命が危ないわよ。しかも、魔力の伸び率もあまりよくなさそうね。」
「・・・そう」
僕は結構ショックを受けていた。
チートは貰えなかったが、いずれは魔法を使えるようになるかもと期待をしていたが、見事に打ち砕かれた形だった。
僕は絶望に打ちひしがれた。だって、異世界転生と言ったら、チートと魔法でしょう。
僕、両方ないんだよ。
ぐすん。
「あの、リーン。大丈夫?そんなに落ち込まないで。」
ブルーになった僕をどうしていいかわからず、ウィーネはあたふたしていた。
「はあ、せっかく異世界に来たのに」
僕はため息をつく。
その姿を見たウィーネがさらにあたふたし出す。
必死に僕に呼びかけてくる。
ウィーネのあたふたする姿を見ていると、段々僕の方が落ち着いてきた。
「・・・ウィーネ、ごめんね。もう大丈夫。」
「良かった。どうしようかと思ったわ。それにしても、そんなに魔法を使いたかったの?」
「もちろをん。異世界転生で魔法って、チート能力並ぶくらいの人気なんだよ。」
「そ、そうなんだ。」
「まあ、鑑定が使えるから全くゼロってわけじゃないんだけどね」
「えっ?リーン君の鑑定って・・・」
「えっ?何?」
ウィーネが何か言おうとして口を噤んだ。なんだか顔色も少し青い気がする。
「まあ、リーン。魔法が使いたかったら魔道具を使うって手もあるわよ。」
「うーん。確かにそうなんだけど、やっぱり自分で唱えたいんだよね」
「そ、そうなんだ。」
ウィーネは僕の気持ちをあまり理解できていないようで、不思議そうな顔で頷いていた。
ウィーネ、これは男のロマンなんだよ。
僕はとや顔でウィーネを見つめるが。おそらく伝わってはいないだろう。まあ、いいが。
「それで、リーンは何しに来たの?私に会いに来たってわけじゃないでしょう?」
「うん、実は・・・」
僕は自分が病気になったこととそのお礼の食事会を企画していることを伝えた。
最初は適当に相槌を打っていたウィーネだったが、最後の方には目を潤ませながら話を聞いていた。
「リーン、偉い。普通、そんなことはしないわよ。うん、食材探し、手伝ってあげる」
ウィーネはそういうと、外に出る用意を始めた。




