・・・全部エビだ
冒険者たちは暗い顔をする。
僕のせいでせっかくやって来たのにパーになったのだ。
何だか非常に申し訳ない気持ちになる。
「ははは、気にするな。冒険者をやっていたら、こういうことはよくある。逆に知らせてくれなくて怒り狂ったヒュドラと会うなんて方が御免こうむるからな。それはそうと、お前、沼エビの処理の仕方は知っているのか?」
「一応、料理人の人に綺麗な水につけて泥を抜けって聞きましたが?」
「ああ、確かにそのやり方で間違いないんだが、もっと旨くなる処理の仕方があるけど、3000ゴールドでどうだ?」
彼らはとても商魂たくましかった。
まあ、これが普通だよね。
僕みたいにお金に執着のない冒険者の方が珍しいよね。
「あの、そのやり方で生でも食べれますか?」
「生!?」
冒険者たちの顔色が少し曇る。
無理なのだろうか。
「いや、生でも基本的には大丈夫なんだが、生で喰うためには生きたまま街まで運ばないといけないんだ。氷漬けにしたら生は無理だしな。」
「あ、それは大丈夫です。この子の収納スキルだと時間が止まってるみたいなんですよ。」
「凄いな。なるほど、それでその袋に入れているんだな。」
「この袋?」
「ん?知らなかったのか。収納系のスキルは生き物を入れるのには制限があるだろう。その袋はしっかり口を閉めてしまうと中の生き物を感知させないマジックアイテムなんだ。」
そうだったんだ。知らなかった。
エルルさんに持っていけ、と言われて押し付けられたが、そういうことだったんだ。
これで、沼エビについての問題はすべて解決した。
沼エビの処理はもちろん冒険者たちに依頼することにした。
なぜかって?
そちらの方が美味しいと言われたからに決まっているでしょう。
◇
1時間後、沼エビの処理が無事に終った。
その後、僕たちは陸地に上がり泥を落とすと暖を取る。
ソラはブルブルっと水を辺りにまき散らすと堂々と焚火の前に陣取って寝てしまう。
僕は慌てて謝り、ソラを避けようとしたが、三人は笑って許してくれた。
その後、短い間ではあったが、僕はこの3人の冒険者たちを親交を深めた。
沼エビの処置をしてくれたのは冒険者兼料理人のオマールさんだった。
元々料理人だったが、自分で食材を求めて冒険者になっていらい、冒険にハマってしまい冒険者稼業をつづけているらしい。
その横で処理を手伝っていたの魔術師のボタンさん。
氷魔法の使い手で普段は沼エビの冷凍は彼女が担当しているそうだ。
そしてリーダーの剣士のシバさん。
処理中にモンスターが襲ってこないかずっと警戒をしていた。
そして、彼らの冒険者パーティーの名前が『ブラックタイガー』だった。
・・・全部エビだ。
チーム名の由来はブラックタイガーというランクCのモンスターらしい。
元日本人の僕からすると、ブラックタイガーと言えば、もちろんエビだが、この世界ではキラータイガーと同じく大型のトラのモンスターらしい。
キラータイガーよりも力は弱いが、その分スピードは速いそうだ。
ブラックタイガーが珍味と聞いたオマールさんが二人を雇って討伐に向かったのが、チーム結成のきっかけだったらしい。
「それで、おいしかったんですか?」
「いや、それが全然だったんだ。」
「そうなんですか?」
「ああ、オマールが古いレシピ本を見つけてその調理法に従って料理を作ったんだが、まあ・・・なあ」
「あれは掛かれていたレシピ本の欠陥だ。俺の腕のせいじゃないからな。」
「でもよ。ソース自体は旨かったぜ。肉の処理に問題があったんじゃないか?」
「あれはたしかにトマトと唐辛子が上手い具合に混ざっていて、美味しかったです。」
どうやらその料理はいろんな意味で三人の思い出の料理になっているようだ。
それにしてもブラックタイガーでトマトと唐辛子のソースって・・・エビチリ?
「あの、オマールさん。そのレシピってどんなのだったんですか?」
「気になるのか?大昔の有名な料理人のレシピの翻訳本なんだ。結構な金を出して買った本だったんだがなあ。まあ、気になるなら教えてやるよ。だが、ブラックタイガーの肉は食えたもんじゃないぞ。」
そういって、教えてもらったレシピは・・・たぶんエビチリのそれだ。
ソースにとろみをつけているところなど、まさにそれの気がする。
「あの・・・オマールさん。言いにくいんですけど、僕の故郷に似たような料理があったんですが、材料はエビでした。」
「「「は?」」」
三人の声がはもった。
全員、驚いた表情で僕の顔を見ている。
「本当か?その話。」
「すみません。僕は料理がほとんどできないので絶対とは言いませんが、僕の故郷には・・・ブラックタイガーってエビの種類があったんですよ。」
「・・・」
それ以降、オマールさんは黙って何かを考え込んでしまった。
◇
「それじゃあ、僕はそろそろ行きますね。」
「おう、またな」
「じゃあね、リーン君」
シバさんとボタンさんとはすっかり仲良くなったのだが、オマールさんはあれからずっと考え込んでいて、話すことがなかった。
二人によるとああなったオマールさんは職人気質になってしまい、しばらくは何を言っても反応がないそうだ。
できれば、オマールさんが手に入れたという古いレシピ本について聞きたかったのだが、どうしようもないか。
もしかしたら、僕と同じ地球からの転生者が残したものである可能性があったからだ。
やっぱり、時々和食が食べたくなるんだよね。
名残惜しそうに出発しようとした時、オマールさんが復活した。
「おい、リーン。良い情報ありがとうな。拠点はテムジンだったよな。今度、お前の言ったとおりにエビで作って美味しかったら、ご馳走してやる。その時、いろいろと聞かせてくる。お前の故郷の料理に興味があるから」
「はい!楽しみにしています」
僕はオマールさんと固く握手をすると沼地をあとにした。
さて、次の目的地は南の山だ。
南の山では香草と果物、イモ類を採取する予定だ。
ついでにウィーネに挨拶もしておこう。また、遊びに来ても良いと言っていたし。
ソラでの移動はとても快適なものだった。
途中、それほどの妨害を受けることもなく山の入り口に辿り着くことが出来た。
これもきっとソラのお陰だろう。
途中にスピードを緩めたり、早めたりしていたのでおそらくモンスターを避けながら進んでくれたのだろう。
山の麓に着いた時には辺りは夕暮れになっていた。
もうすぐ薄暗くなりそうだ。
これは、採取は明日になりそうだ。
「ソラ、どうする?一回街に帰る?」
僕の問いにソラは首を横に振った。
ソラはこのまま採取しようといっていた。
流石、チート犬ソラだ。
暗くなっても大丈夫みたいだ。
などと思っているとどこからともなく、声が鳴り響いた。
「やっぱり、リーンとソラだ。こんな時間にどうしたの?」
「この声はウィーネ?」
辺りを見渡すがウィーネの姿は見えなお。
ソラの方を向くと嬉しそうに尻尾を振っている。
「あはは。リーン、いくら探しても私の姿は見えないわよ。本体は家に居るから。もう遅いから、うちにいらっしゃい。ご馳走を作って待ってるわよ。」
ご馳走という言葉に反応したソラが僕を無理やり背中に乗せると一目散にウィーネの住む聖域に向かって走り出したのだった。
途中、大きな鹿の群れに出くわした。
「リーン、気をつけて。その鹿は悪いモンスターよ。薬草の群生地を荒らすの」
ウィーネの声がまたもや響く。
僕が返事をしようとした時、僕の体に凄まじい重力がかかった。
「えっ、何?」
気がついた時には大きな鹿のモンスターの死体が3つほど出来上がっていた。
ソラはその死体を飲み込むと「ワン」と一声威嚇する。
残った鹿のモンスターたちは雲の子を散らすように逃げて行った。
うん、鑑定をする間もなく退治してしまった。
きっと鑑定さんが「リーン君、ピーンチ」とかいうテロップを用意していただろうけど、今回は使う場面すらなかった。
ソラは得意そうに「ワン」と一声なくと再びウィーネの家に向かって走り出した。




