エビの美味しい食べ方は生です
街に戻ると夕方になっていた。
タニアの酒場では夕食を食べるお客さんで賑わってくる時刻だ。
忙しい時間なので、食材を持って行っても作ってくれるのは難しいだろう。
ということで、先にギルドで納品することにした。
「リーン君、お帰り。大変だったみたいね。」
僕の姿を見たエルルさんが労いのことばを掛けてくる。
服は乾いているが、乾いた泥が服のいたるところにこびり付いている。さぞかし、沼地で激闘を繰り広げたのだろう、と予想させるいでたちだ。
実際は、到着してすぐに転んで、後はソラに丸投げしただけなのだが。
「あの、納品の確認をお願いします。」
僕はそう言うとソラからワイルドダックを出してもらう。
きっちり30羽を机に並べると、周囲からどよめきが聞こえてくる。
エルルさんは「またか」といった諦めの表情だ。
・・・何か問題があるんですか?
「リーン君。また今日も一日で納品完了みたいですね。」
「何か問題があるんですか?」
「ご、ごめんなさい。そうじゃなくて、呆れてるの。普通、この手の依頼を一日で上限まで納品する冒険者はいないの」
僕が頬をふくらませて抗議すると、エルルさんは慌てて弁明する。
それにしても・・・、どうやら僕の行動は常識外れのようだ。
でもさ、仕方ないよね。
チート能力のソラがいるんだから。
「それで、どうだった。沼地で仕事をした感想は」
「そうですね。すごく歩きにくかったです。」
「でしょう。ここだけの話だけどね、実はランクの昇格基準の中に水場での依頼達成って項目があったりするの。」
「どういうことですか?」
どうやら、実力的にランクをCに上げないと問題があったため、僕はランクCになったらしいのだが、本来はこんなに簡単にランクCにはなれないらしい。
ランク昇格の為の試験の他にも昇格に必要な条件というものもあるそうだ。
その一つに水場での依頼、などの特定条件下での依頼のクリアという項目があるそうだ。
僕はそれらをすべてすっ飛ばしてランクCにしてしまったため、できれば、こうして条件となる依頼をこなしてほしいそうだ。
現在、リブロスやセブンが受けている護衛依頼もランクDに上がるための条件の一つなのだそうだ。
ということは僕もその内護衛依頼をさせられるのだろう。
「はい、手続きは終わったわよ。ご苦労様。これで依頼完了よ」
エルルさんはそういうと僕に100000ゴールドを手渡す。
あれ?1羽2500ゴールド~じゃなかったかな?
30羽でも75000ゴールドぐらいだよね。
「エルルさん。多くないですか?」
「リーン君はお肉の血抜きをちゃんとやってくれていたでしょう。だから、買取価格が高いのよ。この依頼の2500ゴールドってのは最低価格なの。」
「他の冒険者は血抜きをしないんですか?」
「外で血抜きをすると血の匂いにつられてモンスターがやってくるからしない冒険者が多いわ。しても不完全だったりしてね。ここまで完璧にできてるのは久しぶりに見たわ。リーン君がお肉の納品依頼をたくさん受けだしたら、きっとミートマスターとかの称号が付くはずよ。」
エルルさんは期待の眼差しで僕も見つめながら言う。
えっ、ミートマスター。
・・・ちょっとその称号はカッコ悪いな。
できれば止めてもらいたいのだが・・・。
「あっ、できればでいいのよ。美味しいお肉を食べたいなーと思っただけだから。それにやっぱりソラ君たちには大型魔獣とかを狩ってきてもらった方がいいかしら。やっぱりお肉よりも素材よね」
エルルさんが素材の話を始めた。少し興奮してきている。
こうなると、エルルさんの話は長くなる。
僕は適当に返事をすると、お金を手に取ってそそくさと冒険者ギルドを後にするのだった。
◇
タニアの酒場は予想通りお客さんでいっぱいだった。
タニアさんたちが忙しそうに料理を運んでいる。
僕はそれを横目に常宿にしている『銀狼の寝床』に戻る。
僕はこの泥だらけの服を着替えたいし、ソラについている汚れもキチンと落としたい。
「お帰り、リーン君。・・・ってちょっと待って。」
部屋に戻ろうとした僕たちはエレンさんに引き留められた。
「部屋に入る前に汚れを落としてね。」
笑顔で注意される。その笑顔が逆に怖い。
僕は宿の裏手の井戸に案内されるとそこて水浴びをし汚れを落とすことになった。
そうそう、この世界にはお風呂という習慣があまりないようだ。
東の方には温泉なるものがあるらしいのだが、この国には入浴という習慣すらないようだ。
一部の王侯貴族が嗜んでいる程度で、ほとんどの人々は水浴びかタオルで体を拭く程度であった。
うー、この時間の水浴びはちょっと辛い。
この世界に四季があるのかは分からないが、僕の感覚では現在は日本でいう秋に近い感じだった。
体をきれいにする生活魔法などの噂は聞いたことがない。
火魔法で水をお湯に沸かすことは可能かもしれないが、している人を見たことがない。
それ以前に僕が魔法を使えるのかどうかも分からない。
・・・魔道具職人にお湯を沸かす魔道具を作ってもらうのも一つの方法かもしれない。
ソラのおかげでお金には余裕がある。
・・・すっかりヒモ生活だが、お風呂はソラも好きだったのでこれぐらいいいよね。
◇
「はくしょん」
僕はタニアの酒場の椅子についてすぐにくしゃみをした。
結局、水浴び後、体をきれいに拭いて服を着替えて酒場までやってくるのにかなりの時間を要し、すでに星空が見える時刻になって来ていた。
体が冷えてしまったせいか、少しだるさを感じる。
先ほどまでは食事メインの客層だった酒場も今では大酒を飲む、いかつい冒険者がほとんどになっている。
この時刻は騒がしいが客の人数は減っているため、実は穴場な時間だったりする。
常連さんにはサービスで一品くれたりするのだ。
「風邪かい?気を付けなよ。」
タニアさんが注文を取りに来てくれる。
僕は沼エビの話をすると、今晩は無理だが明日の朝の朝食なら問題ないらしい。
僕はタニアさんに沼エビとついでに先ほどの依頼品であるワイルドダックの残りを渡した。
ワイルドダックはいつもお世話になっているのでサービスだ。
「それにしても沼エビとはすごい食材を貰ったね」
「そんなに高級食材なんですか?」
「そこまで高級食材ってほどじゃないけど、滅多に出回るものじゃないよ。沼エビ自体はいろいろな沼に生息しているから珍しくないんだけど、処理と輸送が面倒だからね。なかなか手に入らないんだよ。本当は生で仕入れれると一番おいしいんだけどねえ。鮮度の問題でむずかしいんだよね。」
「生ですか!?」
「そうだよ。沼エビに限らず、エビの一番おいしい食べ方は生だよ。」
生エビか。
・・・・・・くるくる寿司で食べた生エビ軍艦を思い出す。
甘くて美味しかったな。是非食べたいな。
「あのタニアさん。沼エビの処理の仕方ってご存じですか?」
「処理の仕方?ああ、生臭さをとる方法だね。簡単よ。1時間ほど真水につけておけばいいのよ」
「それだけですか。」
「ええ、そうよ。」
僕はいい方法を思いついた。
容器と魔法の水筒さえあれば、臭みを抜く処理はできそうだ。
後はソラのチート能力、胃袋を使えば、輸送も問題ないのでは?
そういえば、ラノベでは収納スキルに生きたものは入れることが出来なかったはずだ。
いや、微生物とかはOKだったのもあるよな。
これは・・・試してみる価値があるな。
「それで、注文は何にするんだい?」
タニアさんの一言で、僕は現実世界に引き戻される。
僕は慌てて、日替わりを注文する。
タニアさんは苦笑しながら店の奥に入っていく。
僕の頭の中はすでに生のエビのことでいっぱいだった。




