指名依頼
今日もいい天気だ。
僕は朝ごはんを食べ終わると、ソラと一緒にギルドに向かう。
最近は、一人で依頼をこなしている。
リブロスとセブンは他の冒険者と護衛依頼でテムジンを離れている。
なんでもランクDに上がるための試験だそうだ。
僕は試験もなしにランクCまで上がったのだが・・・。
「エルルさん、おはようございます。今日も何かいい依頼がありますか?」
「あっ、リーン君。やっと来たわね。待っていたのよ。」
「何かあったんですか?」
「ええ、リーン君に指名依頼が入ったの。」
「指名依頼ですか!?あの、それ断ってもいいですか。」
指名依頼と聞いた瞬間に背筋がゾクッとした。
こういう場合、絶対厄介ごとに決まっている。
「ちょっと、リーン君。断る前に依頼の内容くらい聞こうよ。」
「いやです。絶対、厄介ごとですよね」
「ちょっと、勝手に決めつけないで。お願いだから、依頼内容ぐらい聞いてから断ってよ。依頼主はプッサンとテムジンの調剤ギルドからよ。」
「調剤ギルド?」
「薬を作って販売しているギルドのことよ。依頼内容は薬の材料の調達よ」
「どうして僕なんですか?」
「リーン君。ここ最近、ずっと薬草集めの依頼を受けていたでしょう。それで大量に納品してくれるから、調剤ギルドから問い合わせがあったのよ。」
「えっ!?もしかして、クレームですか?」
「逆よ。とっても状態のよい物ばかり納品するから気になったって言っていたわ。鮮度もいいし、丁寧に採取してくれているから感謝していたわよ。」
実は、ソラの胃袋の中は時間が停止しているか、もしくは非常にゆっくりとしか進んでいないようだ。
そのため、ソラに食べてもらっていると、鮮度を損なわずに持って帰ることができるのだ。
しかも、ソラが護衛として守ってくれるため、僕はゆっくり丁寧に薬の材料を採取することができた。
しかも、採取の仕方は鑑定さんが最善のやり方を教えてくれるので、非常に助かっていた。
始めは口の悪い微妙なスキルだと思っていたが、結構有能なスキルだと最近は思い始めている。
まあ、それでもチートスキルと言うにはちょっと物足りないが。
こうした要因が重なって、どうやら僕は調剤ギルドに目をつけられたようだ。
「採取してきてほしい材料は全部で3つなんだけど、どれもが大量に必要なの。」
エルルさんはそう言って依頼内容を書いた紙を僕に見せ、勝手に説明を始めた。
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採取依頼 (指名)
アセロラ草 1000本(1本50ゴールド)
万能茸 500本(1本100ゴールド)
霊草 200本(1本250ゴールド)
備考 期限は来月末まで
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・・・・・・
えっと、アセロラ草を1000本!?
なんだ、この量は!?
「あの、エルルさん。これ、何の薬を作るんですか?」
「リーン君知らないの?これは風邪薬の材料よ。」
「風邪薬ですか?」
「そうよ。この辺の地域では再来月くらいから風邪が流行りだす季節になってくるの。だから、今のうちに風邪薬を用意しておくのよ。」
「そうなんですか」
「ええ、去年まではプッサンの冒険者のパーティーが引き受けていたんだけど、オークの騒動で街を出て行ってしまったみたいなの。それで、有望株のリーン君に指名が来たってわけ。どうする。それでも断る?」
「・・・あの、どの材料も初めて聞くものばかりなんですけど、どこにあるんですか?リスクが高いなら、お断りしたいんですけど。」
「えっとね。全部、南の山で採取できるそうよ。それぞれ群生地があって、そこに行けば問題なく取れるそうよ。南の山の危険度はランクDだから、ソラ君がいれば、全く問題ないと思うわよ。」
エルルさんは手元の資料を見ながら説明してくれる。
アセロラ草は山の至る所に群生地があるそうだ。
来年のことを考えて、1箇所の群生地で採取するのではなく、いくつかの群生地から分けて採取してほしいとのことだ。
一方、万年茸は群生地が少なく、今のところ2箇所しか見つかっていないそうだ。
そのため、群生地がなくならないように気をつけて採取してほしいそうだ。
・・・これって2箇所の群生地で500本を採取できなかったらどうすればいいのだろうか?
ていうか、無理じゃない?
そして、一番やっかいなのは霊草だ。
未だ群生地というものが見つかっていないらしい。
そのため、山中を歩き回って探さないといけないらしい。
無理ゲーじゃない?
どう考えても無理なので断ろうかと思っていたのだが、エルルさんは諦めなかった。
遂には僕が折れることになった。
◇
依頼を受けた翌日、僕は南の山にやって来ていた。
僕は物凄く気が滅入っているのだが、ソラははしゃぎ回っていた。
元々、スコティッシュテリアは狩猟犬である。
山に来て、本能が目覚めたのかもしれない。
楽しそうに藪の中に入っていっては獲物を捕まえてくる。
森に入ってまだ10分ほどだが、すでに4体のウサギのモンスターを仕留めている。
「ソラ。今日の目的はモンスター討伐が目的じゃなくて薬の素材の採取が目的だからね。」
僕がそう注意すると、グルグル回っていた尻尾の動きが止まる。
そして、辺りをキョロキョロ見渡すと、「ワン」と一声吠えて走り出す。
何かを見つけたようだ。
「ソラ、ストップ」
僕は慌ててソラを呼び止める。
今回の依頼の一番の関門は霊草の採取だ。
群生地の場所が分からないので生えている個体を探していかないといけないからだ。
ソラにも十分言い聞かせたはずなのだが、上手く伝わっていなかったようだ。
まあ、犬だししかたないよね。
一度止まったソラだったが、それでもソラは僕のズボンの裾を咥えて引っ張ると、何かを見つけたところに案内しようとする。
どうしたんだろう?いつもならすぐに言うことを聞いてくれるのに。
・・・!?
もしかして、何かものすごい発見でもしたのだろうか。
そう思った僕はソラに言われるままについて行くことにした。
ソラはまっすぐに山を突っ切って行く。
何処に向かっているのだろう?
少なくとも調剤ギルドから教えられたアセロラ草や万年茸の群生地の場所からはかなり外れている。
どんどん道が険しくなっていく。
いや、これはもう道ではない。
すでに秘境と呼ばれてもおかしくない様な場所に突入している。
・・・これ以上は僕の身体能力では行けないかな。
とか思っていたら、ソラが巨大化して背中に乗せてくれた。
これは、楽だ。
(これなら、最初から乗せてくれたら良かったのに)
僕が心の中で不満を漏らしていると、ソラが急ブレーキをかけて止まった。
そのため、僕は勢いよくソラの背中から放り出されることになった。
「いたたたた。ソラ、急に止まらないでよ。」
僕はソラに文句を言いながら辺りを見渡して絶句した。
辺り一面に霊草が広がっていたのだ。
依頼では200本だったが、ここには少なく見積もっても500本以上あるのではないだろうか?
しかもその向こうにはアセロラ草、ヒール草などの薬草も群生している。
なんだかすごい群生地を見つけてしまったようだ。
「あなた、誰?ここに何しに来たの。」
突然、後ろから声を掛けられた。周囲に人はいなかったはずだ。
振り向くと、そこには小さな少女が居た。いや、居たという表現が正しいのだろうか。
何しろ大地から上半身だけが出ているのだ。
「僕はリーン。テムジンの街の冒険者だよ。この山には風邪薬の材料を採取しに来たんだ。」
「冒険者?嘘をつかないで。あなたが冒険者なわけないでしょう。そんな魔獣をただの冒険者が従えられるわけがないでしょう。」
少女はソラを指さすとそう言い放った。




