僕の胃袋、ソラの胃袋
「おう、坊主。目が覚めたんだな。体は大丈夫か?」
領主の館にはなぜかリカルドさんがいた。
相変わらず見事な筋肉を携えた彼は上半身裸の状態で館の中で大剣を振るっていた。
「ご心配おかけしました。・・・えっと、何してるんですか?」
「何って、トレーニングに決まってるだろ」
「・・・・・・」
「はあ、マスター。ここでは控えてくださいっていってるでしょう。」
バラックさんが呆れ顔で注意する。
「バラック。これは長年の習慣なんだ。そう簡単にやめれるわけないだろう。」
「辞めろとは言ってません。ただ、時と場合があると言ってるんです。」
「わかってる。だからいつもより短めで終わらせている。」
「そうじゃなくてですね。よその街の、しかも、領主の館にいるんですよ。泊まっている間だけでもやらないという選択肢はないんですか?先日も、住民代表が困惑していたでしょう。」
「あれは、いきなり部屋に入ってきたあいつらが悪い。」
「いえ、普通、執務中に執務室でトレーニングをしている人の方が悪いです。」
ばつの悪そうな顔をするリカルドさんにバラックさんがどんどん追い打ちをかけていく。
どんどん旗色が悪くなっていくリカルドさんに助け舟?がやってきた。
奥の部屋への扉が開くと、一人の男が出てきた。
「おう、リーン。起きたみたいだな。」
出てきたのはテムジンの領主、モーガン様だった。
何故か、モーガン様も上半身裸で汗だくになっている。
「・・・・・・」
呆然と見つめる僕たちに気づいたモーガン様が笑いながら説明してくれた。
「ああ、スマンな。午前のトレーニングをしていたんだ。これをせんと気持ちが悪くてな」
モーガン様もリカルドさんと同じ人種だった。
考えた二人は同じパーティーにいた冒険者仲間だったんだよな。
・・・それでか。
「父さん。服を着てから外にでて。」
アルベルトが慌てて上着を持って部屋から出てくる。
そして、モーガン様に上着を渡したところで僕に気づき、駆けてくる。
「リーン。やっと目を覚ましたのか。心配したんだぞ。」
「ごめん、心配かけて。」
「いいって。それより、昼飯は食ったのか?まだなら用意させよう。腹が減ってるだろ。報告は飯の後に聞くからこっちにこい。」
アルベルトはそういうと強引に僕を引っ張り食堂に連れて行く。
僕たちの後を、バラックさんとソラがついてくる。
そして、リカルドさんとモーガン様が続いて入ろうとした時、扉が音も無く閉められた。
扉を閉めたのは一人の老紳士だった。
「旦那様、リカルド様。一度お部屋に戻って、食事をなさる準備ができてからこちらにいらしてください。」
老紳士は礼儀正しく言っていたが、その言葉は有無を言わせぬものだった。
その後、老紳士は僕たちを席に案内してくれた。
そして俺達全員を席席まで案内すると深々と頭を下げて退室していった。
その動作は滑らかで洗礼されたものだった。
立ち位置、タイミング、スピード、どれを文句の言いようのないものだった。
「アルベルト、今の老紳士、誰なんだ?」
「・・・ああ、うちの執事のセバスだ。」
セバス?聞いたことのある名前だ。
どこで聞いたんだったかな?
あっ。計算の問題を作った人か。
そういえば、アルベルトは2問間違えたから特別補修とか言われてたよな。
「特別補修か」
僕がポツリと呟くと、アルベルトの顔が真っ青になる。
「リーン。せっかく忘れてたのに思い出させやがって。」
「そんなに大変なの?」
「当たり前だ。あの人の指導方法はスパルタ式なんだ。少しでも間違うと、拳がとんでくるんだぞ。」
拳?
アルベルトはモーガンさんに鍛えられていてかなりの実力者だ。
その彼が怖がるほどの実力者なのだろうか?
その疑問はバラックさんが解決してくれた。
「セバスさんは元A級冒険者だ。俺も若い時に世話になったが凄腕の武闘家だぞ。15年ほど前に引退されて執事になったんだ。礼節を重んじて曲がったことが嫌いな方だ。」
アルベルトが横で震えている。
おそらく、小さい時からスパルタ教育を受けていて、苦手意識ができているのだろう。
そうこうしているうちに、モーガン様とリカルドさんが服をちゃんと着てやってきた。
当然のようにセバスさんが席まで案内している。
うん。惚れ惚れするような動きだ。
後で聞いた話だが、プッサンの領主とギルドマスターは本当に逃げ出していたそうだ。
特に領主は街の予算や宝も一緒に持って逃げているため、指名手配が掛かっているそうだ。
どうやら、さらに余罪がありそうで、現在、国王の使者がこの街に向かっているそうだ。
もっとも、逃亡罪だけでもお家取り潰しは確定らしいので、彼らの前途はなくなったと言っても過言ではない。
ギルドマスターも職務を放棄していなくなっていることから、ギルドの方から指名手配を喰らっているそうだ。
こちらもどうやら余罪がありそうで、リカルドさんが現在調査中とのことだ。
そのため、この街はテムジンの領主であるモーガン様が仮の領主として治めることになったそうだ。
そう言った経緯で、現在領主の館で僕たちは食事をしているのだが・・・、横でアルベルト達が美味しそうな料理を食べている中、僕は味の薄いスープをちびちびと飲んでいた。
「アルベルト。そのステーキ、美味しそうだね。」
「ああ、脂がのっていていい肉だな。」
「それはオークキングのお肉でございます。オーク系では最高級のものでございます。」
セバスさんが丁寧に追加の解説をしてくれる。
足元を見ると、ソラが美味しそうにステーキを頬張っている。
「ソラ、美味しそうだね」
僕が話しかけると、「あげないよ」と言わんがばかりにステーキを体で隠しながら食べ続ける。
ソラ、お前から取ろうとは流石に思わないよ。
「申し訳ありませんが、リーン様は1週間何も口にしておられませんので、いきなり固形物をお食べになると胃を痛める可能性があります。申し訳ありませんが、2,3日は我慢してください。」
セバスさんにそう言われると、僕は何も言い返すことができなかった。
◇
昼食後、僕はモーガン様とリカルドさんから事情聴取を受けていた。
事情聴取と言っても簡単な確認だけらしい。
何しろ、他の冒険者たちからの事情聴取はすでに終わっているからだ。
「つまり、お前たちが東門で倒したのはオークジェネラル1体とオークソルジャーとオークが計20体前後で間違いないんだな。」
「はい、そうですけど何か問題があるんですか?」
「ああ、オークジェネラルの数が合わないんだ。」
「オークジェネラルの数?」
「少なくとも3体のオークジェネラルが確認されていたんだが、今のところ討伐が確認されているのはお前が倒した1体だけなんだ。」
「えっ?モーガン様たちが倒したんじゃないんですか?」
「いや、俺達は西門から突入して、暴れていたオークキングの首をはねただけだ。オークジェネラルはみてないんだ。」
「それじゃあ、誰かが黙って倒したんですか?」
「それは考えづらいな。手柄を黙っている理由が分からない。更に言うと、オークジェネラルの死体が見つからないせいで未だに警戒警報が解けていないんだ。」
「オークジェネラルが逃げて近くに潜伏しているってことですか!?」
「そうだ。その可能性があるから森狩りもやったんだが、今のところ手掛かりゼロだ。このままだと範囲を広げないといけなくなる」
モーガン様が憂鬱そうな顔をする。
うーん。それにしても何で死体が見つからないんだろう。
誰かが隠した?
もしくは言っていない?
もしかして言えない!
僕みたいに気を失って倒れていた?
・・・あっ、それで僕に事情聴取をしているんだ。
なら誰が?
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そういえば、もう一人喋れないのがいるな。
「ソラ、ちょっと聞きたいんだけど、オークジェネラルを倒してない?」
僕が聞くとソラは首を傾げる。
・・・この反応はオークジェネラルがどのモンスターかわかってないのかな?
「そうだね。僕が最後に倒したオークは覚えてる?あれくらい大きなオークをオークジェネラルっていうんだけど知らない?」
するとソラは首を縦に大きく振った。
横で見ていたモーガン様とリカルドさんが驚きの声を上げる。
「「なんだとー」」
僕はそれを無視して質問を続ける。
「倒したオークジェネラルはどうしたの?・・・もしかして食べた?」
ソラは大きく頷くと、どや顔でこちらを見ると尻尾を大きく振る。
「食べただと。あの大きさのオークをか。お腹は大丈夫なのか?」
モーガン様が違った心配をしている。
たぶんこの食べたはスキル「胃袋」で収納しているってことだと思うんだが。
流石に、あれを生で食べてはいないよね。
ソラに確認していくと、収納していることが判明した。
僕たちは庭に移動すると、ソラに収納しているオークをすべて出してもらうことにした。
オークの巨体が次々に吐き出されていく。
オーク、オーク、オークソルジャー、オーク、オークソルジャー、オーク、オーク、オークソルジャー・・・。
次々に吐き出されていく。
15体目にオークジェネラルが吐き出されたときには歓声が上がった。
歓声を無視して、ソラはどんどん吐いていく。
そろそろ30体になった時にもう1体のオークジェネラルを吐き出した。
それを見た、リカルドさんがすぐさま山狩りの中止を指示する。
ソラはさらに吐き出し続ける。
どうなっているの?
結局41体のオークを食べていた。
そっか。始めに20体ほど一人で討伐に行って、その後、東門で20体程のオークの集団と戦ったんだった。
ソラは「がんばったんだよー」と僕にすり寄ってくる。
これは大手柄だ。
しっぁり褒めてやらないと。
呆然と眺めるモーガン様たちを尻目に僕はソラを力いっぱい撫でてやるのだった。




