非常事態が発生した
突如、非常事態が発生した。
知らせを聞いた一般人が騒ぎ始めた。
あるものはこの世の終わりだと嘆き、あるものは街の外に逃げようと大きな荷物を背負って門の方に向かいだした。
兵士たちもどうしていいかわからず右往左往している。
あるものは門の方に走っていき、あるものは領主の館の前でくるはずのない指示を待っている。
一般人と一緒に逃げ出そうとしているものまでいる。
このままではパニックになりそうだ。
「バラックさん。兵士たちは俺が何とかするんで、冒険者ギルドの方を頼みます。」
僕とバラックさんはアルベルトと別れてギルドに向かった。
有事の際は冒険者はギルドに向かうのが鉄則なのだそうだ。
アルベルトも冒険者ギルドに登録しているのだが、今回は貴族の義務が優先されるそうだ。
別れ際、「こっちは任せろ」とアルベルトが自信満々に言っていた。
ギルドは閑散としていた。
非常事態である今、本来なら所属する冒険者は全員集合するのが義務付けられている。
遠くに出かけている冒険者がいるとしても、この街の規模なら30~40人は集まるはずだが、ここにいるのは例の受付嬢と14名の冒険者だけだった。
受付嬢が言っていたように、冒険者のほとんどが街を捨てて逃げているようだ。
バラックさんはこの光景を嘆かわしそうに眺めると受付嬢に尋ねる。
「おい、現在の状況はどうなってるんだ?」
「あなたたち、戻って来たんですか。悪いことは言わないのですぐにこの街を出ることをお勧めします。後、2時間ほどでオークの軍勢がやってきます。領主とギルドマスターが有力な兵士と冒険者を引き抜いて出て行っているので、この街には防衛戦力がないのです。すぐにこの街からはなれてください。」
「じゃあ、なんでここには冒険者が集まってるんだ?」
「彼らは自分の街を守るために自ら立ち上がったのです。この街に残っている冒険者のほとんどは彼らのような街のために命を捨てれる勇敢な者たちだけです。」
言われてみると、集まった冒険者はまだ若いなりたての冒険者と年をとった引退マジか、もしくは引退していそうな年齢の冒険者ばかりだが、その顔は決死の表情だ。
皆、街の為に命を捨てる覚悟なのだ。
「わかった。それで詳しい現在の状況を知りたいんだが」
「オークは街の西の森からやって来ています。テムジンに戻られるなら、東の門から外に出て大きく北側に迂回して帰られるとよろしいと思います。」
「違う。進行してくるオークの軍団の規模だ。」
「はっきり言ってよくわかっておりません。先日のギルドと領主合同の討伐の時にオークキングは確認され、規模も100前後であったと確認されていますが、それから時間が経っていますので、少し増えている可能性も高いです。」
「オークキング以外の上位種は?」
「オークジェネラルが3体までは確認されています。オークソルジャーも多数確認されていますが、オ-クマジシャンなどの魔法系は確認されていません。」
「ということは、このオークの集団は近接系ということだな。」
「そうです。・・・オーク軍団の脅威度はランクS相当だと思われます。テムジンに戻ったら、十分な準備をすることをお勧めします。」
受付嬢はそういうと、出口の方を指さす。
早く逃げろということだろう。
バラックさんは受付嬢の行動を無視して口を開く。
「もう一つ聞きたい。手助けは必要か?」
「・・・えっ」
バラックさんの言葉に受付嬢が目を丸くして驚く。
周りにいた冒険者たちも驚いている。
「あの、それは一体?」
「プッサン冒険者ギルドはテムジン冒険者ギルドに支援を要請するかってことだ。」
「・・・いえ。私にはおそらくその権限はありません。」
受付嬢は悲しそうに答える。
しかし、バラックさんは不敵に笑いながら言う。
「現在、オークの軍勢が攻めてくるという非常事態だ。非常事態時にギルドのトップが不在の場合はNo2が。No2が不在の場合はさらにその下が指揮を執るとある。現在、ギルドの職員は嬢ちゃん、あんただけだろ。あんたが決めればいい。」
受付嬢が困っていると、年老いた冒険者がやってきて頭を撫でるとささやいた。
「この人たちはいい冒険者みたいだ。フローラ、頼ればええ」
その瞬間、押し込めていた感情が一気に噴き出したのだろう。
「よろしくお願いします」と一言だけ言うと、フローラは泣き崩れた。
◇
「俺はテムジンの冒険者バラックだ。ランクはCだ。まずはこちらの冒険者の代表と話がしたい。」
「儂が代表しよう。ランクBのリンセンじゃ。まあ、Bと言っても引退して10年経つがな」
先ほどの年老いた冒険者が代表として名乗り出た。
他の冒険者から異論は出なかった。
「それじゃあリンセンさん。よろしく頼む。それで、このギルドの戦力は今どんな感じだ?」
「ふむ、見ての通りだ。引退したロートルとまだまだケツの青いひよっこだけじゃな。戦力としてはオークと戦えるもんじゃない。」
「俺はオーク単体なら何とかなるが、上位種や複数となるときつい。そこのリーンは冒険者になったばかりのガキだ。」
「ということは、戦力としてはどうしようもないと。」
「いや、そうでもない。リーン、ソラのことを話していいか?」
リカルドさんに聞かれたが、この状況で断れるわけがない。
僕は静かに頷く。
「リーンの従魔、ソラなんだが、ここに来る途中、オークソルジャーとオーク3匹を瞬殺した。」
「はっ?その犬がですか」
リンセンさんが目を丸くしてソラを見ている。
いや、リンセンさんだけでなく、他の年配の冒険者たちも固まっている。
そりゃそうだよな。
こんな犬がオークソルジャーを瞬殺ってできると思わないよね。
バラックさんは彼らの反応にお構いなしに続ける。
何しろ時間が切迫しているからだ。
「ところで、この街は籠城はできそうか?」
「街すべてを守るのは無理ですが、中央地区が低いですが壁で仕切られていて、籠城できるように作られています。ただ、ギルドマスターに戦えるものを連れていかれていますので、かなり厳しいと思います。街に残っている兵士が協力をしてくれるのなら可能性はありますが・・・」
「そっちは問題ない。領主の方はアルベルト様、テムジンの街の領主の息子が対応している。」
「本当ですか。」
「ああ、それで、この中で籠城の指揮を執ったことがあるものはいるか?」
「儂は何度か補佐をしたことはあります。」
「それじゃあ、リンセンさん。指揮を頼む。悪いが俺はしたことはない。」
「わかりました。それではすぐに街の者に知らせを出して中央区に避難させましょう。後、ピック。お前はすぐにテムジンの街に救援の使者として向かえ。この中ではお前が一番早い。」
「あの、僕がソラと言ったほうが早いと思うんですが・・・」
「悪いが、坊やたちは戦力として組み込んでいる。その子がいないと、おそらく防衛の方がもたん。」
「わかりました。」
僕の提案は却下された。
リンセンさんは次々に指示を出していく。
流石に元とはいえランクBの冒険者であったため、指示は的確であった。
途中でアルベルトが兵士を連れて冒険者ギルドにやってきた。
アルベルトはやってくると僕たちに親指を立ててニッと笑う。
向こうも上手くいったようだった。
兵士の隊長さんとリンセンさんが話し合い、さらに籠城戦の準備が加速していく。
時間は瞬く間に過ぎていき、遂にはオークの先兵が街の入り口に到達するのだった。
こうして、プッサンの街の防衛戦が開始されることになった。




