奴隷受付嬢と出会う
「あの、最近ちょっと問題が起きてまして、できるだけ街では大人しくしておいてください。」
兵士が恐る恐る懇願してきた。
「問題?」
「はい、そのため、街中がピリピリしています。詳しくはギルドで聞いてください」
兵士はそう言うと逃げるように門の外に走っていく。
その後ろ姿を見送った後、バラックさんは僕に話しかけてきた。
「わかったか。この街の住人は最初に高圧的に来る奴が多いんだ。ここで下手に出るとつけあがってたいへんなことになる。対処法は一歩も引かずに突っ張ることだ。」
「たぶん僕にはできないです」
「ああ、わかった。絶対俺から離れるなよ。もし、一人になって絡まれたら、絶対にしゃべるな。そして、ソラを前面に対して威嚇させろ。たぶんそれで上手くいくはずだ。」
そういうとバラックさんはギルドに向かって歩き出した。
僕は慌ててバラックさんの後をついていく。
始めてくる街なので辺りを見渡すが、商人の街、というわりには活気がない。
まず、テムジンの街と比べて大通りを歩いている人がとても少ない。
しかも、粗末な服を着ている者がほとんどだ。
商業の街と言っていたが、ほとんどの店が開店の準備をしていない。
そして、行きかう人のほとんどが怯えた目をしていた。
◇
プッサンの冒険者ギルドもテムジンと同じく街の中央に位置した。
周囲には多くのお店があるのだが、やっぱりほとんどのお店が空いていなかった。
唯一開いていた店は何か得体のしれない赤い食べ物を売っていたが、とても辛そうな匂いがしたため、食べる気にもならなかった。
ギルドに入ると冒険者が依頼を受けようと受付に列をなしていた。
一瞬活気のあるギルドだと思ったのだが、すぐに考えを改めた。
列に並んでいる冒険者は二十人ほどでそれほど多いとは言えなかった。
そして受付に並ぶ列はたった一つしかなかった。
一人の受付嬢が右往左往しながら、業務をこなしていた。
受け付けには他の受付嬢が座るスペースもあるのだが、そこは空席となっていた。
「バラックさん。随分、テムジンとは違いますね。」
「・・・ああ。だが、以前来たときは、こんな感じじゃなかったな。テムジンの冒険者ギルドと大して変わりない賑わいだったんだがな」
そう言いながらバラックさんは注意深くギルド内を観察していた。
結局、他の受付嬢は現れず、列がはけるのを30分ほど待たされることになった。
「えっと。あなたたちは初めて見ますが、どのようなご用件でしょうか」
一息ついた受付嬢が僕たちに気づき話しかけてきた。
「隣町のテムジンのギルドの者だ。ギルドマスターに会いたい。」
バラックさんはそう言って、受付嬢にエンブレムを見せる。
それを見た受付嬢は困ったような顔をする。
「あの、すみませんが、それは不可能です。」
「不可能?なんでだ。」
「あの、その・・・実は、ギルドマスター以下幹部の人たちは全員逃げてしまったので・・・」
「はあ、逃げた!?」
「はい、先日、オークの異常増殖が発見されまして、ギルドと領主の兵士合同で討伐軍が編成されたんですが、あの、その・・・失敗したみたいでして」
受付嬢はそこまで言うと黙って下を向く。
「状況は理解できた。俺達の要件もオークの異常増殖についてだ。異常増殖が判明した正確な日と、その時のオークの群れの予想規模をしりたい。」
「あの、申し訳ないのですが、分かりかねます。」
「それなら調べてもらいたいんだが」
「すみません。私には無理です。」
「なんでだ。ギルド職員だろ。ちょっと調べれば分かることだろう。」
「すみません。私はギルド職員が逃げ出すときに用意された奴隷なのです。私にはその権限がないんです。」
受付嬢は申し訳なさそうに謝る。
奴隷制度!?
僕の心臓はバクバクしていた。
この世界には奴隷制度があるようだ。
「どこまで権限があるんだ?」
「依頼の受付と完了の手続きだけです。」
「と、いうことはこのギルドの中枢機能はマヒしてるってことだな。」
「そうなります」
「この状態はいつからだ。」
「そろそろ1週間になります」
「悪いがもうしばらく頑張ってくれ。俺にはどうしようもない。このことは俺がテムジンの冒険者ギルドと領主にちゃんと伝えておくから。」
「あ、ありがとうございます。」
受付嬢は涙を流しながら喜んでいた。
余程大変だったのだろう。
僕たちは受付嬢に見送られ、ギルドを後にした。
◇
「あの、バラックさん、ちょっと聞きたいんですが」
「奴隷制度のことか?」
「はい、そうですけど、よくわかりましたね」
「奴隷って言葉を聞いた時のお前の驚いた表情はすごかったからな」
「・・・僕の育った地方には奴隷制度がなかったので」
「まあ、奴隷制度と言っても昔のような奴隷制度ではないんだがな。最近は、法律ができて奴隷の保護がされているからな。」
「そうなんですか?」
「ああ、昔は人として扱われていなかったが、今はそんなことをすると即捕まるシステムになったらしいな。俺も詳しくは知らないがな。彼女もおそらく借金奴隷だと思う。」
「借金奴隷?」
「借金のかたで奴隷になったもののことだ。流石に犯罪奴隷じゃないだろう。このケースだと奴隷の使い方としては結構、グレーな使い方だな。」
「何とかならないんですか?」
「俺達には無理だな」
「こういうことは上の奴らに任せるに限る。今の状況を伝えたら何とかなるだろう。そんな顔をするな。」
バラックさんに指摘されて、自分がひどい顔をしていることに気づく。
ソラも心配そうに僕を見ている。
「リーン、優しいな。冒険者としてはどうかとも思うがな。」
バラックさんはそういうと笑いかけてきた。
無理に作った笑顔なのだろうが、僕はその笑顔に救われた。
少しだけではあるが、心が軽くなった気がした。
「よし。表情が少しマシになったな。それじゃあ、ちょっと上の奴に会いに行ってみるか。」
「上の奴?」
「ああ、テムジンの街の領主の使いもこの街に来ているはずだからな。おそらくこの街の領主も逃げ出しているだろうから、会って情報を共有したほうがいいだろう。」
◇
バラックさんの予想通り、領主の使いが派遣されていた。
派遣されていたのはアルベルトだった。
「アルベルト様、あなたがこの街に派遣されていたんですね。」
バラックさんが呼び掛けるとアルベルトがこちらに向かって手を振る。
「アルベルト様とかいうから誰かと思ったら、バラックさんとリーンか。なんでいきなり様付けなんだ?」
「アルベルト様。今は冒険者じゃないでしょう。あなたは貴族なんですよ。少しは自覚してください。」
「親父と同じことを言うな。それで何でここにいるんだ?」
「アルベルト様と同じ用件ですよ。俺たちはギルドの使者です。」
「それで、ギルドはどうだった?」
「・・・・・・」
バラックさんがギルドでのことを説明するとアルベルトの表情が曇る。
「なるほどな。間違いなく領主も逃げているな。領主の館の門番が『会えない』の一点張りで面会を拒んでいる理由がよくわかる。」
アルベルトはそう言うと門番を睨みつける。
門番は目を逸らし後ずさる。
「それでどうします?」
「そうだな。ここは他貴族の領地だからな。俺がこの状況で出しゃばることはできないな。緊急事態なら話は変わるんだが・・・」
「どういう意味だ?」
「例えば、街の滅亡の危機に領主が何も手を下さなかった場合は領主の資格なしとして資格が剥奪される。貴族がその現場に居合わせた場合は領主代行としてその街を守る義務が生じるんだ。」
「つまり、今街が襲われれば、アルベルト様がこの街の領主代行として指揮を執れるということですね。」
「・・・そうだが、できればそんな状況にはなってほしくないな。死にたくない。」
「確かに」
領主が逃げ出すほどの危機が迫っている街だ。
その街の防衛を通りすがりの貴族が引き継ぐなど普通に考えれば無理な話だった。
「まあ、今回は特別戦力がいるから何とかなるかもしれないがな。」
「そうだな。」
そう言って二人はソラの方を見る。
「・・・なあ、リーン。その犬、ソラだよな」
アルベルトが今更巨大化したソラに気づく。
僕はアルベルトにソラの新スキルを説明していると遠くの方から叫び声が聞こえた。
「オークの大軍だが攻めてきたぞ」
僕たちは顔を見合わせると街を守るために行動を開始した。




