ギルド長の憂鬱2
「ギルド長、大変です。」
エルルが血相を変えて飛び込んできた。
また、トラブルか?やめてくれ。こっちはやっと書類の山がなくなって一息ついたとこだったのに。
「何があった?」
「今、門番の兵士から連絡がありました。アルベルト様の馬車がキラータイガーに襲われたそうです。」
「アルベルト?・・・ああ、脳筋の息子か。死んだのか?」
「勝手に殺さないでください。護衛の兵士が上手く巻いてかえってきたらしいんですが・・・。」
「・・・?どうした。」
「アルベルト様によると、・・・どうも10歳ぐらいの少年になすりつけたのではないかと・・・。」
「なすりつけだと!?」
俺はつい怒鳴ってしまう。
エルルは悪くないのだが、なすりつけと聞くとどうしても怒りが沸き起こる。
冒険者にとってなすりつけとは最悪のマナー違反だ。
もし、うちのギルド員がそんなことをしていたら、死よりも厳しいペナルティーを科すつもりだ。
「すぐに救助隊を組織する。今すぐ動ける高ランクの冒険者を確保しろ。」
「はい、わかりました。」
エルルがすぐに出ていく。
俺も壁に掛けてある魔法の大剣に手に掛ける。
こいつは現役時代の俺の相棒だ。
急いで救助に向かわないと。
◇
俺達は東の平原に急行した。
集まった冒険者はCランクの冒険者3人とDランクの冒険者5人だった。
戦力としては十分だが、相手は『地獄の殺し屋』と呼ばれるランクCのモンスターだ。
油断はできない。
「おい、この辺だぞ。注意しろ。」
俺は他の冒険者に注意を促す。
キラータイガーの面倒なところはスピードと隠密性である。
物陰から音もなく忍び寄り、一瞬のうちに喉笛に喰らいついてくる。
そうなれば、大抵の奴はあの世行きだ。
「相手はキラータイガーだ。周囲に気を配って気を抜くな!」
「馬鹿貴族の話によると少年を一人巻き込んだようだ。何か遺品がないか注意しろ」
冒険者たちが互いに注意しあっている。
何に警戒すべきか、何をすべきかをよく理解していやがる。
うん、日ごろの指導の結果だな。
「リカルドさん」
不意に声を掛けられ、俺は声の方を振り向く。
そこには先ほどの少年がそこにのほほんと座っている。
「お前はさっきの坊主か。あまり騒ぐな。この近くに危険なモンスターがいるんだ。」
俺は警戒しつつ、少年に近づく。
この少年は全く周囲を警戒していない。
なんて不用心なんだ。
「あの、そのモンスターってキラータイガーのことですよね。」
「ん?お前見たのか。よく無事だったな。で、どっちの方に行った?」
「あの・・・。あそこです。」
俺は少年の指した方角を見て驚愕する。
(キ、キラーダイター!?なんであんなところで寝ているんだ?寝ている?いや、違う。どう見ても死ぬんでいる。それなら誰がやったんだ。この少年には絶対無理だぞ。勝手に死んだ。いや、そんな馬鹿な。それなら・・・・・・・。)
「どうやって倒したんだ」
俺は我に返るとそう聞いていた。
普通に考えれば、こんな小さな少年にキラータイガーを倒すことなんて不可能だ。
・・・まだ、我に返ってないな。
少年は俺の質問にまたもや指をさす。
指の先にいたのは例の従魔だ。
少年の膝の上で幸せそうに寝ている。
馬鹿な。
いかに凄まじい魔力を内包しているとは言え、こんな小柄な犬がキラータイガーを倒しただと。
力こそが正義のはずだ。
こんな子犬のどこに力があるというんだ。
俺の中で何かが崩れていく気がする。
「そいつがやったのか。見た感じランクAぐらいの実力はあると思ってはいたが、この体格差であれに勝ったのか。」
もはや俺にはそれを犬としてみることはできなかった。
悪魔か何か、得体のしれない者にしか見えなかった。
その後、連れてきた冒険者たちが何か言ってきたが、俺は対応する気力も残っていなかった。
「なら、そこの坊主と交渉しろ。俺はこれ以上は知らん」
そういうのがやっとであった。
その後、少年は冒険者たちと上手く話をつけてくれた。
その態度は強欲でもなければ、傲慢でもなかった。
謙虚でとても礼儀正しいものだった。
冒険者としてはどうなのかとも思わなくもないが、その従魔の主の性格としては非常に有難いものだった。
しかも、腰が抜けて動けないとは、なんとも間の抜けた話だ。
だが、こいつを見ていると癇癪で街を破壊したりすることはないだろう。
ちょっと肩の荷が下りた気がする・・・と思ったのは気のせいだった。
キラータイガーを解体しようとした時、そいつはスッと起き上がると一口でキラータイガーを喰っちまいやがった。
3メートルを優に超える大型のキラータイガーが一瞬で目の前で消えたのだ。
しかも、少年によると「あの、リカルドさん。どうやら収納系スキルを覚えたみたいです。」だそうだ。
普通、収納系のスキルは簡単に覚えることはできない。
しかも、従魔が覚えた、という話は聞いたことがない。
こいつはどうなっているんだ。
この犬の形をした何かは戦闘だけのモンスターではなかった。
◇
その後、脳筋がやってきて、話が更にややこしくなったが、何とか無事にギルドに返ってこれた。
今、少年は受付で依頼完了の手続きを受けている。
俺は今のうちに脳筋と話しておかねばならない。
「おい、モーガン。あの少年の従魔をどう見た?」
「なんだ、急に。・・・あの従魔か」
モーガンの表情が真剣なものになる。
脳筋とはいっても、やはり領主なようだ。
街の危機であると感じ取ったのだろう。
「おそらく、一対一だとまず勝ち目はないな。全盛期の俺達4人が揃ってもどうだろうな。チクショー。もっと若かったら、修行の旅に出たんだがな。」
「・・・・・・」
俺の気のせいだったようだ。
「あいつが暴れたら、この街はどうなると思う?」
「なんだ。お前、そんなことを気にしていたのか?」
「そんなこととはなんだ。重要なことだろうが。俺たちは昔とは立場が違うんだぞ。」
「お前、相変わらず肝が小さいな。あの少年を見て、なんでそんなに怯えるんだ。」
「だが」
「リカルド。俺の人を見る目を信じろ」
脳筋がそういって、俺を真っすぐ見つめる。
悪いが、お前の人を見る目だけは信じられない。
お前は相手は強いか弱いかでしか、判断しないだろうが。
「どうやら、信じてくれんようだな。心配するな。俺にいい案がある。」
脳筋はそういうと隣に座っている息子を意地悪そうな目で見ていた。
絶対よからぬことを考えていやがる。
アルベルト。頑張れよ。




