1章 ダイハ編(4)
ドンドン!
ドンドンドン!
激しくドアを叩く音がする。
「はーい。」
「こちら、ミキさんのお宅ですか?」
「はーい。ちょっと待ってください。」
この音にたたき起こされたあたしは、ウィンドブレーカーを羽織って、窓から外を見た。
デルタたちのようだ。
「クーです。お迎えにあがりました!」
玄関ドアを開ける。
「おはよう。二人とも早いね。」
「お、おはようございます。」
心なしか、クーは緊張している。
「おはよう。昨夜、ミキに頼まれた窯が出来てね、早速汚染された土を焼いているんだ。」
デルタが言う。
「え? もう? みんな仕事が早いのね!」
「ダイハの人たちは、せっかちでね。」
デルタが笑う。
「クーは、アルキルが怖いんでしょ?」
「こ、怖くない! ちゃんと捕まえる道具も準備したぞ!」
「ちょっと待ってね、着替えるから。」
あたしは、二人を外に待たせ、洗面所に入った。
スマホを取り出し、
≪装備≫---------
ポロシャツ
ジーパン
スポーツブラ・下着
靴下
スニーカー
------------
一瞬で着替えることができた。
身支度を整え、台所へ移動する。
テーブルの上に視線をやり、具体的なイメージをしながら、
「クロワッサン!」
ぽんっ! ストン。
テーブルの上に、クロワッサンが一つ現れた。
――うまくいった。
味見をしてみる。
「ん! おいし!」
――デルタたちにも食べさせよう。
「パンを入れるバスケット、二つ出てこい!」
ぽんっ! ぽんっ!
「クロワッサン、10個」
ぽぽぽぽぽんっ!
「クロワッサン、10個」
ぽぽぽぽぽんっ!
うまく10個ずつのクロワッサンが、バスケットに収まった。
「キュノー! こっちは昨日のお礼!」
ピロン♪
“そんなに食べられぬぞ?”
「ふんっ! いいわよ、あたしが全部たべるから!」
ピロン♪
“あ、いや、ありがたくいただきます。”
あたしは、バスケットを抱えて、玄関先で待っていた二人に、
「ごめんね、お待たせ! これでも、食べてて。」
二人は、クロワッサンを知らないようで、首をかしげあう。
あたしは、部屋に戻り、メモやスマホ、キーをポケットにつっ込んだ。
玄関を出て、鍵をかけると、
「しくしく……」
デルタとクーが泣いている。
「今度は、なんで泣いてるの? あんたたち、昨日から泣き過ぎよ?」
「だって……」
クーがバスケットを指さす。
さっき渡したばかりのクロワッサンがない。
デルタが笑い泣きのような複雑な表情で、
「こんなうまいもん、初めて食ったから……」
「あぁ、そうなの? お口に合って良かった。」
――そうよね。鉛の味しかしないものばかり食べてたんでしょうね……。
「ミキ様!」
二人が土下座をする。
「これを母ちゃんに食べさせてやりたいから、また作ってください!」
「これをアトレに食べさせてやりたいから、また作ってください!」
――あらら。
「わかったから、また作ってあげるから、顔を上げて。まずは、アルキルを倒すことが大事! メソメソしてたら、アルキルにつけこまれるわよ!」
「はいっ!」
二人は、勢いよく立ち上がった。
それぞれの顔に砂がついている。
「あはははっ! 早く、ダイハに行きましょう!」
ダイハの町に着くと、昨日よりも大勢の人たちが集まっていた。
「あ、勇者様が来たぞ!」
「女神様だ!」
町中の人々が、土下座をし始める。
「あ、いや、ちょっと、困ります! みなさん、顔をあげてください!」
頭を下げていた女性たちが顔をあげ、あたしの足下まで近づき、口々に、
「ありがとうございます、ありがとうございます。おかげで、うちの子どもが元気を取り戻しました!」
「ありがとうございます、勇者様。うちは、主人が起き上がれるようになりました。」
「ありがとうございます……。」
「ありがとうございます……。」
あたしが身動きとれずにいると、
「みなさん、道を開けて差し上げなさい。」
と、診療所からクオーレが出てきた。
まるで、『十戒』のように人の波が左右に分かれる。
「ミキさん、どうぞ。」
「あ、ありがとうございます。」
診療所の前に行くと、クオーレ、ラトバス、トール、タフト、デルタ、クーが揃っていた。
「ミキさん、私たちダイハの者は、貴女に全てを委ねます。」
クオーレが言う。
「あ、いや、それは、ご遠慮します。やっぱり、こういうのは苦手で……。あたしなりにベストを尽くしますから。」
「何をおっしゃいますか! われわれは、あなたに命を救われた。この命をあなたに捧げましょうぞ!」
ラトバスが、片膝をついて訴える。
「ラトバスさん、あの、昨日話していたお薬のやつです。あたしなんかより、その情熱を薬の製造に使ってください。」
あたしがメモを渡すと、ラトバスは目に涙を溜め、
「承知致しました。このラトバス、命に代えてでも、必ず作ってご覧にいれます!」
そう言うとラトバスは、一角にいた化学者らしき白衣の集団とともに、どこかへ向かった。
「あの、クオーレさん。もう少し、落ち着いた場所でお話できませんか?」
それなら、と診療所の奥の祈祷室へ案内された。
見張りのトール以外、クオーレ、タフト、デルタ、クーとあたしの五人が揃った。
「町の者は、ミキさんに感謝致しております。」
再度クオーレが頭を下げる。
「こちらこそ痛み入ります。」
「昨夜、ラトバスたちも、鉛が原因だと確認しました。」
「あぁ、それは良かったです。」
「われわれも溶鉱炉の準備ができている。」
とタフトが言うと、クーが、
「これから、アルキルに食料を渡しに行きます。その時ですよね?」
「えぇ、そのつもりよ。」
「昨日、クーから聞きましたが、ミキさんのことが心配です。」
クオーレの顔が曇る。
「もちろん、あたしだけでは難しいと思います。町の人の力を借りないと。」
クオーレ以下、みんなうなずく。
「あの、タフトさん。溶鉱炉で使ってあるような防護服って準備できますか? あたしの分と、一緒に来てくれる人の分。」
「わかった。すぐに準備させる。」
その後、昨日考えた作戦を話す。
全員が緊張した面持ちで、唾を飲み込んだ。
まずは、クオーレ、リーザと一緒に、お年寄り、子どもなど、弱者を森の方へ避難させる。
それと同時に、いつもより多めの食料を、アルキルに届ける。
万が一、アルキルが逃げ出した時のために、長老の家から溶鉱炉までの道のりに、クーたちが網を持って待機。
タフトは、溶鉱炉の周辺で待機。あたしたちが捕まえたアルキルをすぐに溶かす。
捕獲部隊は、デルタやトールら、比較的がっしりした体型の者が8人、選ばれた。
診療所の外を埋め尽くしていた人影はまばらになり、お年寄りや子どもを背負って森へ向かう姿が見られた。
「ミキ様! ミキ様!」
数人の女性が近づいてくる。
「お待たせ致しました。ミキ様の防護服とマスクです。」
「え? もう出来たのですか?」
――防護服用の皮革集めや縫製は時間がかかる、とタフトさんが言ってたけど……。
「私たちも、すぐにメソメソする男どもには負けてらんないわよ!」
「なんて言っても、ミキ様こそ、私たちが見習うべき存在なの。」
「働く女性の鑑だわ!」
「いや、そんな……。」
とあたしが答えている間に、革製の防護服を着せられた。
「すごい! ピッタリ! ありがとうございます!」
「ミキ様、必ずアルキルをやっつけてください。」
「私たちは、森で美味しい食事を準備しておきます。」
「私たちの防護服とマスクは最強よ!」
そう言い残して、女性たちは去って云った。
あたしは、デルタたちを連れ、長老の家の前に立つ。
おどろおどろしい空気が漂う。
建物の外壁は鈍色にくすみ、庭の植物はことごとく枯れ果てている。
家の中から、ゴォォォッと、昔のトラックの排気音のようなものが聞こえてきた。
「あれが、アルキルのいびき?」
デルタたちが一斉にうなずく。
彼らも防護服とマスクに身を包んでいる。
「さあ、行くよ!」
建物内に侵入する。
マスクをしていても息苦しい。
まるで、密室にクルマの排気ガスを溜めているような感じだ。
アルキルは、一階にはいない。
一階の窓を片っ端から開け放つ。
二階に上がり、長老の書斎兼寝室の前に立った。
一階ほど息苦しさはないが、ゴォォォッという激しいいびきが響く。
静かにドアを開ける。
ドアの隙間から、汚れた空気とともに、腐敗した臭いが漏れる。
――ヤバい。吐きそう。
なんとか吐き気を抑え、ベッドに横たわるアルキルに近づく。
ベッドもアルキルの過重に耐えられなかったようで、かなり歪んでいる。
「ベッドごと縛りつけよう!」
というと、デルタたちはうなずき、あっと言う間にベッドとアルキルをサナギのようにしてしまった。
「うぐぐ……」
――マズい。起きてしまったようだ。
「急いで運び出すわよ!」
ダイハの中でも屈強な男たちが集まっているが、なかなか「サナギ」は持ちあがらない。
「なんだ、これは?」
アルキルの意識がはっきりしてきたようだ。
「ここは、なんとかしておくから、あと何人か連れてきて!」
「はいっ、ミキ様!」
とトールが走っていく。
デルタたちにも、焦りと不安の色が表れる。
「どうする?」
――どうする? アルキルを動かなくしたい。
あたしは、ポケットのキーを取り出した。
氷の刃を「サナギ」に突き刺し、叫ぶ。
「液体窒素(マイナス196度)!」
ピキピキピキピキッ!!
――うまくいったかな?
あたしは、キーをポケットに入れ、
「さあ、今のうちに!」
デルタたちは、猿団子のように身を寄せ合って震えていた。
「ちょっと! なにしてんの?」
「もしかしたら、アルキルよりミキの方がヤバいんじゃないかって……。」
そこに、トールが追加人員を連れてきた。
「おい、どうしたんだ? コレ?」
ざわつく男ども。
「いいから、早く溶鉱炉のところまで持って行きなさいっ!」
「はいっっ! ミキ様ぁ!」
そこに集まった男たちは、あわてて「サナギ」を持って行った。
火事場の馬鹿力とは、こういうのを言うのだろう。
あたしも遅れて溶鉱炉に着いた。
「タフトさん、このまま投げ入れても大丈夫ですか?」
「ああ。そのつもりだ。」
作業員たちがざわつく。
「おい、アルキルが動き出したぞ。」
確かに、この熱では液体窒素も効かないだろう。
「ウオオオン」
腹の底に響く声をあげ、アルキルがロープを引きちぎりながら出てきた。
「一気に片をつけましょう!」
あたしは炎の剣を出し、アルキルの頸を刎ねた。
その頸は高く跳ねあがり、炉の中にどぷん。シュウウ……。
「ぎゃあああ……。」
断末魔の悲鳴が聞こえ、胴体の方も、頭を追いかけるように炉の中に落ちていった。
「やた……。」
「やったぞ!」
「アルキルをやっつけた!」
喜び合う作業員とデルタたち。
その中から、タフトが近づいてくる。
「ミキ、いや女神様。あなたの勇気には感服した。これで、ヴェスタも浮かばれるだろうよ。」
「あとは、溶かした鉛を固めてしまいましょう。」
タフトが指示を出し、手際よく炉が返され、真っ赤になった鉛が壺の中にいれられた。
あたしは氷の剣を壺に突き刺して、
「液体窒素(マイナス196度)!」
シュウウウ……。
気化した大量の窒素ガスが辺りを覆う。
シュウウウ……。
「これで、もう、何も出てこないはずよ。」
あたしはデルタたちに担ぎ上げられ、胴上げをされた。
「ミキ様、ばんざーい!」
「ダイハ、ばんざーい!」
――あたし、重くないかな?
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