1章 ダイハ編(3)
暗くなった森を、スマホのライトを頼りに、ようやく自分の家に着いた。
――あれ? あかりがついてる?
あたしはそっと窓から部屋の中をのぞきこんだ。
小太り、バーコードハゲのおじさんが、はちまき、タンクトップ姿で、リビングテーブルの所にいる。
しかも、美味しそうにお茶を飲んでいる。
あたしは勢いよくドアを開け、
「あんた、女の子の部屋で何してんのっ!」
キュノーはお茶を吹き出す。
「げほ、げほっ」
「あーもー、汚い!」
「汚いとはなんじゃ! 急に大声出しおって! せっかく、おまえの望みを叶えてやったのに!」
「だから、姿を見せるなら、もっとイケメンの方がいい!」
「……やっぱり、人選間違ったかの……」
部屋の中を見回すと、元の世界で使っていたベッドや机、お気に入りの車のカタログや棚に入りきれなくなったプラモデルやミニカーなど、電化製品以外はほぼ揃っている。
「神様、ありがとう! あたし、こっちの世界でも頑張れそう!」
「現金なやつじゃな。ところで、ダイハの町はどうじゃった?」
あたしはスマホの≪分析≫を見せて、
「町の人たちは、完全に鉛中毒だと思う。」
「そうなんじゃ。アルキルも鉛の魔物で正解じゃ。」
「え? なに? 知ってて放置してたの? 神様なのに? ひっどーい!」
「言うたじゃろ! わしは創造しかできんのじゃ! 意図的な破壊は、わしのポリシーに反するのじゃ。」
「ん? ということは、アルキルもあなたがつくりだしたってこと? ありえないんだけど……」
あたしはキュノーを睨む。
キュノーは目を逸らす。
「実は、この世界に混乱や破壊をもたらす魔王が生まれたのじゃ。」
「魔王?!」
「うむ。わしもそこまでは想定外じゃった。」
「でも、この世界のあらゆるモノは、あなたが創造したんでしょ? その時に、間違ってつくりだしたってこと?」
キュノーは水晶玉に姿を変えた。
「前にも見せたが、金属は武器に、魔法は殺しの道具と成り果てた。」
「そうね。」
「この世界で生きる者たちの、悪しき欲望が魔王を生み出したのじゃ。地位や名誉や富に執着し、騙す者や殺す者の悪意、騙された者や殺された者の無念や怨念などか、実体を伴ってしもうた……。」
「それが魔王?」
「うむ。」
「あたしに、そんなヤツと戦えっていうの? 神様さえ手を出せないのに?」
「ミキよ。おまえには、知恵と勇気がある。実際に、おまえはダイハの町に巣くう魔物の正体に気づき、明日にも退治しようとしておるのじゃろう?」
「うん、まあ……。」
「この世界の者には、魔王は倒せまい。自らが生み出したモノじゃからな。だからこそ、ミキよ、おまえにしかできないのじゃ。」
「でも、魔王って、ものすごく強くって、魔法とかも使ってくるんじゃないの?」
「うむ。そのためにも、おまえは強くならなければならぬ。強くなるためには、経験が必要じゃ。経験を積む毎におまえは必ず魔王を倒す力を手に入れるはずじゃ。」
「ロールプレイングゲーム?」
「ロール……なんじゃ、それは?」
「元の世界にあったおもちゃのことよ。あたしはあんまり興味なかったけど、かなり流行ってたみたいなの。」
「魔王退治が流行っておったのか?」
「いやいや、遊びのひとつなの。」
「まあ、よい。わしは戻らねばならぬ。おまえの能力は、スマホとやらでいつでも確認できるようにしておる。」
そう言い残すと、水晶玉は消えていった。
「あ、ちょっと待って!」
テーブルの上には、キュノーがお茶を飲んでいた湯呑みが残っていた。
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《能力》
《装備》
《情報》
《地図》
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≪能力≫をタップする。
≪能力≫----------
新入社員レベル
体 力 C
精神力 C
魔法力 E
賢明さ A
勇敢さ A
俊敏さ D
剣の技術 D
格闘技術 E
魔法技術 E
特殊能力 S
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「なんか、いろいろ残念な能力だなぁ……。どうやって魔王と戦うんだろう?」
ぐぅぅぅぅ。
――お腹すいたな。昨日から、何も食べてないし、風呂にも入ってない。
部屋の中は、あたしが借りていたアパートにあったものがほとんど揃っている。洋服ダンスの中もそのままだ。
――押し入れに非常食を入れていたんだけど、どこだろ?
台所に入ると、押し入れに放り込んでいたものがあった。生活用品でストックしていたものがあふれている。
電気がないので、当然、電気ケトルもない。台所のかまどに火を入れるか、暖炉の火を使うしかないようだ。
あたしは、台所のかまどにかけてあった鍋を洗い、水を入れて炎の剣で火をつけた。
――やっぱり、無駄遣い感が半端ない……。マッチとかないのかな?
ピロン♪
“おまえに、わしの能力の一部を授けておる。”
ピロン♪
“必要なモノは、具体的に想像して、声に出すとよい。”
「へー、ありがとう。完全に自給自足なのね。ライター、出てこい!」
……
「ちょっとー! 出てこないじゃん! ウソつきオヤジ!!」
ピロン♪
“すまん、すまん。説明が足りんかったの。”
ピロン♪
“その特殊能力は、この世界にある素材からしら、つくり出せぬのじゃ。”
「そうなんだ。でも、このジャージは、ライターと似たような素材じゃないの?」
ピロン♪
“それは、おまえの世界から転移したモノじゃろ?”
「なるほどね。じゃ、マッチ、出て……。」
ぽんっ! コロコロコロ
突然、マッチが一本、空中に出現し、そのまま床に転がった。
そのマッチを拾い上げ、壁で擦ってみる。
――これ、マジで便利! 他にもできるかな?
「どんぶりっ! たまごっ!」
ぽんっ! ガチャン!
ぽんっ! グチャ!
いびつな陶器の器と、生卵が空中に出現し、そのまま床に落ちてしまった。
「あーあ。失敗しちゃった。もったいないことしたな。」
丼の破片を拾って、割れた卵を片付ける。
今度は落とさないよう、すぐにつかめるように準備する。
「どんぶり!」
ぽんっ!
――ナイスキャッチ!
「たまご!」
ぽんっ!
――よし! 次は……。
「おはし!」
ぽんっ!
卵はちょっと大きめ。丼と箸は、ちょっといびつな形をしている。
――具体的に想像するって、そういうことか。
ピロン♪
“そのとおりじゃ。なんとなくのイメージだと、なんとなくの形として出てくるんじゃ。”
「あ、これで、ダイハの人たちに食べ物をあげられるかな?」
ピロン♪
“それは、構わぬが……。もし、そこに、悪意ある者がいたら、どうするつもりじゃ?”
キュノーから送られたメッセージを読んで、ゾッと寒気がした。
「捕まえられて、永遠に監禁されるでしょうね。」
あたしは、卵をじっと見つめた。
「わかった。この能力は、誰もいない場所でしか使わないようにする。」
ピロン♪
“今は、その方がいいかもしれぬな。”
ちょうど、鍋のお湯が沸騰しはじめた。
あたしは、ストックしていたチ○ンラーメンを丼に入れ、卵を落としてお湯を入れた。
――あたしの部屋をそのまま移してくれているなら、アレがあるはず。
大学時代に、論文を書くため、自動車事故や公害、新車販売台数などの記事を大量にスクラップしたノートだ。
「あった!」
そのスクラップノートは、机の引き出しに収まっていた。
あたしは、ノートを見ながら、チ○ンラーメンをすすった。
元の世界であれば、薬もあるし、治療法も確立している。
ダイハの町にも化学者はいるみたいだから、自分たちで、自分たちにあった薬を作ってほしい。
あたしは、スクラップ記事にあった化学構造式を別の紙に書き写し、効果や副作用なども記した。
この世界での、初めての食事を済ませ、丼や箸を洗いながら、アルキルとの対面をシミュレーションしてみる。
ダイハの町の長老だったヴェスタさんが、アルキルに殺されている。
接触したか、ガスのようなものを吹き付けられたか……いずれにしても、急性、かつ重度の鉛中毒になったのだろう。
食べ物を与えて眠りについたら、縄でぐるぐるスマキにしてしまうつもりだった。
その途中で攻撃された時に、防護する道具が必要だ。
一人では難しいだろうから、デルタたちにも手伝ってもらいたい。
でも、そんな道具がすぐに揃えられるのだろうか?
――さて、どうしたものか。
答えが出ないまま、風呂ができているか確認してみる。
「なにこれ! ホテルにある岩風呂じゃん!」
キュノーが苦労して作ってくれたのだろう。
大きな岩や小さな岩を積み重ねて、浴槽や床を作ってくれていた。
――お茶くらいゆっくり飲ませてあげればよかったかな……。
ピロン♪
“今度は、お茶菓子くらい準備しておいてくれ!”
「調子に乗るな! 自分でつくれるでしょ! あと、お風呂に入りますんで、のぞかないでくださいねっ!」
ピロン♪
“うるさいのぉ、減るもんじゃあるまいし。”
「あのー、変態神様? 心の声が漏れてますよ? セクハラですよ?」
ピロン♪
“……まぁ、明日、よろしく頼むぞ!”
もう一度、キュノーの力作を見る。
――あれ? お湯がない。蛇口は? シャワーは?
これも、自給自足のようだ。
浴槽に近づき、
「お湯、出てこい!」
ぽんっ! バッシャー!
「熱いっ! 熱いっ! 熱すぎっ!」
その後、なんとか温度調節をしながら、二日ぶりのお風呂に入った。
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