1章 ダイハ編(2)
診療所から出ると、町の人々が集まっていた。
「こんなにいたんだ。」
人の輪からデルタが現れた。
「動けるやつらをつれてきた! さあ、なんでも言ってくれ!」
「そーねぇ。何か書くものはないかな? あと、もの作りが得意な人と、体力に自信がある人に分けて。」
デルタが町の人たちに向かって、指示を出すと、だいたい1対2の割合で分かれた。
「ミキ、こっちの多い方が体力自慢ばかりだ。」
「ありがとう。じゃあ、体力に自信がある人は、町中の畑や田んぼの土を掘って、森の方の土と入れ替えて!」
あたしが言うと、一人の小人が、
「なんでそんなことしなきゃならないんだよ?」
「そうだ!そうだ!」
あちこちから不平が聞こえる。
デルタが一喝する。
「うるさい! クオーレ様に逆らうのか?」
「クオーレ様? いや、そんなつもりじゃ……」
辺りが静かになる。
あたしはすかさず、説明をした。
「今の土壌では、もう、作物は育たないの。新しい土を入れ替えてあげないと、みんな、このまま食料不足になってしまう。だから、協力して? みんながダイハを救うのよ!」
「本当か?」
「あいつ、アルキルの仲間じゃないのか?」
ところどころで、まだ不満げに言っている。
「おい、男どもがブツブツ言うな! やってから文句言え!」
そう言ったのは、森で見かけた小人の一人だった。
「ありがとう。あなたは?」
「俺は、クー。おまえを信じる。だから、この町とリーザ様を助けてくれ!」
デルタがクーの頭を小突く。
「さっきまで、ミキのことをバカにしてたくせに、ミキが言ったことを真似しやがって! さては、惚れたな?」
「ちが、ばか、そんなんじゃねーよ!」
すると、他の小人たちも、
「よーし、やってやるぜ!」
「オーっ!」
あっという間に、町中に散らばって行った。
「さて、われわれは何をすればいいのかな?」
雰囲気からして、おそらく、熟練の技術者ばかりなのだろう。
「あ、すみません。お待たせしました。」
デルタが紙とクレヨンのようなものを持って来た。
「ありがとう。デルタ。」
デルタは無言で片手を挙げた。
あたしは中学時代に習った、蒸留器の絵を描いた。
「この町の井戸水を、キレイにするために、大きな鍋に水を入れて沸騰させるの。沸騰したら、蒸気が出るでしょ……」
ダイハの町の技術者たちに、大きな蒸留器を作ってもらうつもりだ。
「よし、わかった。これは井戸水の毒素を取り除いてくれるんだな!」
「そうなの。キレイにした水を飲ませ続けたら、沢山の人たちが元気になるはずよ!」
「すぐに取りかかるぞ!」
「オーッ!!」
技術者たちは、気合いを入れて、材料を取りに行った。
「あとは……」
アルキルという魔物は、話が通じる相手ではないだろう。
土壌交換にしても、巨大蒸留器にしても、対症療法でしかない。
原因を排除しなければ、ダイハの町はいずれ破綻してしまう。
――どうしたら良いんだろう。
あたしが悩んでいる間に、共用井戸の近くでは、足場が組み立てられていた。
「ウソ?! 速い!」
あたしが描いた絵を見ながら指示を出していた小人が、
「驚くことはない。われわれは、これが仕事だ。私は、タフト。よろしくな、お嬢さん。あ、いや女神様。」
「あ、いや、女神様なんて、とんでもない。こちらこそ、よろしくお願いいたします。」
「ここの長老だったヴェスタとは、呑み仲間でな……。『俺に何かあっても心配するな! 必ず神様が助けてくださる。』と、酔っぱらうたびに力説していた。だから、お嬢さんは、女神様さ。」
「いえ、そんな……。ところで、タフトさん。この町では、金属を溶かす炉とか、陶器を作る窯とか、そういうものはありますか?」
「ああ、どちらも町外れにあるよ。どうしてだい?」
「農地の土は、たとえ交換しても、土自体はまだ汚染されたままなんです。」
タフトがうなずく。
「もし、土を高温で焼けるとしたら、無毒化できると思うんです。」
「陶器の釉薬の中にも、そういうものがあるからね。しかし、農地の土は大量にあるから、新たに窯を作らないといけないかもな。」
「そうですね。」
タフトが組まれた足場に目をやり、
「もうそろそろできる。」
「うわ、やっぱり速い!」
あたしが足場の中をのぞくと、本当に大きな蒸留器ができていた。
「危ないから、そこ、退いて!」
あたしが数メートル離れると、足場の解体が始まる。
タフトが指示を出し、井戸水が大鍋の中に流し込まれる。
すぐに火も入れられた。
しばらくして、蒸留水ができた。
「この水を町のみなさん、特に子どもたちから飲ませてあげてください。余ったら、田や畑に使ってください。」
できたての蒸留水を持って、みんな走り回った。
「おーい、畑の土も交換したぞー。」
体力自慢のグループも戻ってきた。
「お前たちも、この水を飲め!」
「ああ、すまないな。喉がカラカラだったよ。」
「お? この水、うまいな!」
「身体の中が浄化される感じだよ!」
小人たちの歓声があがる。
あたしのもとに、デルタ、クー、タフトが寄ってくる。
「タフトさん、新しい窯はどれくらいでできる?」
「大きなものが必要だろう? たぶん半日はかかると思う。デルタ、おまえに任せていいか?」
「はい、タフトさん。」
「溶鉱炉に火を入れてもらえますか?」
「わかった。そっちは私がやろう。」
「俺は? 俺は何をしたらいい?」
クーがそわそわしながら尋ねる。
「そうね、あとはアルキルなんだけど……。」
「!」
青ざめるクー。
「怖いの?」
「こ、こ、ここ、怖くないぜ!」
「アルキルを捕まえなきゃならない。どこかでチャンスがないかな?」
「うーん、そうだなぁ……」
クーは腕組みをして、頭を捻る。
「あ、思い出した!」
「何を?」
「以前、アルキルに食料を持って行ったやつらが言ってたんだけど、最初にダイハに現れた時よりも太っていたって!」
「不労所得で、怠惰な生活を送ってるんでしょうね!」
あたしは、ブヨブヨに太ったアルキルを想像して、腹が立った。
他人の家に土足であがりこんで、その家庭を崩壊させるようなものだ。
「なんか他にない?」
「他って言われても……あっ!」
「なに?」
「食べた後は、大概イビキをかいてねてるらしい。」
「マジでムカつくわ! 最っ低! そんな豚みたいな生活を送ってるヤツ。」
あたしが言葉を吐き捨てると、クーはビクっと肩をすくめた。
「でも、それはチャンスかも! 寝てる時に捕まえてしまえばいいし。」
「えー、俺やだよー」
「あなたに捕まえろって言ってんじゃないの! そうだ、クーは、アルキルを捕まえる網とか、縛りつける縄とかを準備して!」
「あぁ、わかった。探してくる。」
あたしは、診療所の様子を見に戻った。
診療所の中では、生成された蒸留水が配られている。
あたしの顔を見るなり、白衣を着た小人が駆け寄ってきた。
「ミキさん、ありがとうございます。私はここの責任者で、ラトバスと申します。医師という立場にありながら、患者のみなさんに危険な水を飲ませていたかと思うと、もう、恥ずかしくて恥ずかしくて。」
「そんなことは気にされず、みなさんが早く良くなるように、お願いしますね。」
「ありがとうございます。もったいないお言葉を……。あの、後学のために教えていただきたいのですが、今回の原因はなんでしょう?」
「そのことを、クオーレさんとリーザちゃんにも伝えておこうと思ったので、一緒に二階に上がりませんか?」
「はい、わかりました。」
あたしは、ラトバス医師とリーザちゃんの病室に入った。
すぐにクオーレがあたしの両手をとって、
「あぁ、本当に貴女は父の予言した勇者様です! ありがとうございます! 私も、あのお水をいただきました。大変美味しゅうございました。」
「もう、そんなことないですよ! フツーに恥ずかしいので、ミキって呼んでください。あの、リーザちゃんの様子は?」
「今はすっかり寝ています。これまで、ずっと町のことで気に病んでおりましたので、ミキさんのおかげで安心できたのでしょう。でも、この町の井戸水までアルキルに汚染されていたとは……。これからどうすれば……。」
「あ、そのことなんですけどね、ラトバス先生と一緒に考えようと、来ていただいたんです。」
ラトバスが片膝をつく。
「私にできることは何なりとお申し付けください。ミキ様。」
あたしとクオーレさんとラトバスは、リーザちゃんの病室の片隅で、椅子に座った。
「あたしの考えでは、今ダイハの町は、鉛に汚染されていると思っています。リーザちゃんをはじめ、町の人々は鉛中毒に罹っているのではないでしょうか?」
ラトバスが尋ねる。
「鉛? 鉛って、あの金属の、ですか?」
「そう、あの鉛です。重金属である鉛は、微量であれば、体外に排出されるのですが、継続的に排出量よりも多く口にすると、体内に蓄積されます。」
クオーレは目を輝かせながら、
「それならば、鉛の成分を体外に出す薬をつくればいいのですね? ラトバス、作れますか?」
「はっ! かしこまりました。すぐに町中の化学者たちを集めて、とりかからせます!」
いきなり立ち上がり、病室を出ようとしたラトバスをとめる。
「ちょっと待って、あたしの家に帰れば、もしかしたらヒントがあるかもしれないから、明日まで待ってもらえます? ゼロから作るよりもそちらの方が早いと思うし……」
「何から何までありがとうございます。」
今度は、二人がよよと泣き出す。
「いや、そんな、泣かないでください。まだ、諸悪の根元である、アルキルもどうにかしないと行けないし……」
「もしかして……」
とクオーレが口を開く。
「アルキルは鉛からできた魔物ということですか?」
「はい、たぶん、そうじゃないかって……」
「ミキ様、その根拠は?」
「昔、なにかの本で読んだことがあるんだけど、とある都市の一角がアルキル鉛で汚染されたらしいの。人間が生活するなかで、使っていた燃料や排出していたガスに鉛が大量に含まれていて、周辺に住んでいた人が鉛中毒に罹ったんだって。その様子に似ていたから、もしかしたら、そうかなぁ、って。」
「ミキ様のご見識、恐れ入りました!」
ラトバスが持ち上げる。
「いや、そういうの、柄じゃないから! 念のために、ダイハの化学者のみなさんで成分を調べてください。」
「ははぁ、かしこまりました。」
「それで、アルキルはどうするのですか?」
「いま、タフトさんに、溶鉱炉の準備をしてもらってます。アルキルを捕まえて、溶鉱炉に放り込めば、溶けて、ただの鉛の塊になると思うんです。」
二人が息を飲む。
「それで、大丈夫なのですか?」
「ちょっと自信がないので、一度、家に帰って、作戦を考えてきます。それでもいいですか?」
「もちろん、それは構いませんが、ミキさんにもしものことがあったら……」
「あたしは大丈夫……だと思います! それじゃ、ちょっと失礼します。また、明日。」
診療所から出ると、かなり日が傾いていた。
あたしは、ダイハの町を出て、自宅に向かった。
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