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「ああ、もうダメだ。こんなことはやっていられないや」
自分というのはどうにも根性のない男であったようで、二度目の人生だというのに懲りずに挫折を味わっていた。学問書をポイと放り投げてベットに身体を横たえると、目を閉じた。
(しかし俺はなんという不出来なやつだろうか。ここではない世界で暮らした記憶をもって生まれたは良かったものの、これといって優れたものもないまま時がたち、気がつけばもう二十と幾ばくかの年をとってしまったではないか)
もぞもぞと身動きをすると硬いベットがぎしぎしと音を立てる。
(おとぎ話のように魔法や怪物があったからといって、何が起きるわけでもなくだ。こどもの頃はよく夢想したなあ。自分が剣を片手に怪物に挑み、やあ我こそはと勝ちどきをあげ、人々にあふれんばかりの賞賛を受けるなどという光景を。昔の俺が今の俺をみたらどう思うだろうか。自分が思っていたよりも頭も力も根気も足りず、ただ家業の靴屋を継いだだけの男になったと知ったら)
なんだか目頭がじんとあつくなったようなきがした。
(みじめだ。なんともみじめなことではないか。自分が特別だと思い込んでいた男の末路がこうなのだ。ええい、ちくしょうめ。しかしどうしようもなかったではないか。そうだ、しかたないのだ。英雄譚に憧れていたとはいえ、俺は争いのあの字も知らぬ優男であったのだ。そんな自分が血の気の多い傭兵や、高慢ちきな騎士どもにまじってみるがいい。赤子のようにひねられて、命を落とすか包帯まみれのミイラになってしまうのは想像に難くないというものだ。それだけじゃない。あの陰気で嫌みったらしい魔法学院の学徒どもを見ろ。怪しげな研究をしては珍事件を毎日のように引き起こす狂人どもを。あんなところにいたらきっと二日ともたずに気が狂ってしまうだろう。だから、今の自分は賢明な判断をしたのだ。父は年老いたし、母は病をわずらっている。俺がするべきなのは仕事をして、二人を養っていくことであり、未練がましく鍛錬をしたりうなりながら難解な本を読みあさることではないのだ)
自分は何も間違っていないと正当化するのにすら疲れてしまい、深いため息がでた。そういえば元いた世界では幸せが逃げるという言い伝えがあったが、幸せでないからため息が出るのではないかと不思議に思う。
(やめだ、やめだ。こんなことを考える暇があったら寝てしまおう。明日からはずっと昔の聖人の生誕祭だとかで、町が大賑わいになるんだから。きっとみんな財布のひもを緩めているに違いない。そしたらいっぱいに靴が売れて、ひさしぶりに豪華な食事を親に買ってやれる。それだけじゃなく、父は古くなった杖を変えたいだろうし、よその町から医者がやってくるかもしれないから、母に薬も買ってあげなくちゃならん。そうときまれば、俺がするべきなのはうじうじと過ぎたことを悔やむことではなく、明日のために休むことではないか)
しかし、そういった考えが消えたのはもう日も昇ろうかといったころだった。今から寝てしまっては、町に着く頃には夕暮れになってしまうだろう。冷たい手をこすりながら、商いの準備に取りかからざるを得なかった。そして朝が来た。