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高安女子高生物語  作者: 大橋むつお
88/112

89:〔あ、切れた……〕        

高安女子高生物語・89

〔あ、切れた……〕        



 正直きつい、最初の山やと思う。


 なにがて? 学校とMNB47の両立。

 

 うちは、どうでもアイドルになりとうてMNBに入ったわけやない。なんちゅうか、その場その場の「負けられるか!」いう気持ちで、ここまで来てしもた。



 一週間たって、そのへんのうちのオメデタイとこがシンドサになって表れてきた。

 責任の半分は正成のオッサンのせい。

 よう知らん人のために解説。

 正成とは楠正成のことで、この春からうちの心の中に居候してる鎌倉時代の河内の「悪党」いうカテゴリーに入るオッサン。そいつが近所の恩地を散歩してたら憑いてきよった。気まぐれなオッサンで、何日も存在を感じひんときと、ウザイほどにしゃしゃり出よるときがある。MNBのオーディションの自由課題の時に、正成のオッサンが出てきて、河内音頭を派手にやらせよった。どうやら女子高生と河内音頭のギャップの面白さが決め手になったらしい。


 他の子は、アイドルまっしぐら。レッスンはしんどいけど、みんな嬉々としてやってる。やっぱりちゃうねんなあ……そう思うてるうちは、まだメンバーの友達はいてなかった。


「佐藤明日香さんやね?」


 くたびれ果てて、難波の駅まで歩いてるとこを後ろから声をかけられた。

「はい、そやけど……」

「ハハ、やっぱり、あたしのことは覚えてへんか?」

 その子は、うちの後ろを自転車押しながら歩いてた。

「ごめん。物覚えの悪いたちで」

「白石佳代子。佐藤さんのあとやってんよオーディション。河内音頭のあとやったからやりにくかったわ」

 そう言いながら、顔は笑うてた。

「アスカて呼んでええかしら? あたしのことはカヨでええさかい」

「ほなら、カヨさんでええ?」

「え、うちだけさん付け?」

「単なるゴロ。カヨさんの方が言いやすい。アスカはさん付けたら、よそよそしいやろ」

「ほなら、アスカ」

「なにカヨさん?」



 大阪弁のええとこは、呼び方がしっくりいっただけで、メッチャ距離が縮まるとこ。



「アスカは、おもしろいアイドルになると思うよ」

「ありがとう。うち正直バテかけてるよって」

「アスカは、負けん気あるけど欲がないよってにな」

 うちは、カヨさんの的確な言葉にびっくりした。

「カヨさんて、どこの子?」

「恵美須町」

「ああ、日本橋の?」

「うん、ちっこい電子部品屋の娘。最近は、ネット通販とオタクに食われて客足ばったりや」

「ネット販売はやってへんのん?」

「やってるよ。売り上げの半分はネット。せやけど、先は見えてる。うちはオタクに食われてんやったら、オタクを食うたろ思うてMNB受けてん。スタジオまで自転車で通えるし、恵美須町からアイドル出たら絶対ウケル!」


 そこで、うちは思い出した。カヨさんは、うちの後でお腹に響くようなゴスペル歌うてた子や。


「せや、思い出した。あのごっついゴスペル……カヨさんやったんや!」

「あんたの河内音頭ほどやないけど」

「ううん、なんか憑物がついたみたいやった」

「ハハ……ほんまに憑いてるいうたらびっくりする?」

「……それは」

 うちは言葉に詰まった。なんせ、うちがそうやさかい。

「あたし、出雲阿国いずものおくにが付いてんのん。あんたは?」

「楠正成……」

「そら、ぴったりやわ!」

「うわあ、いっしょや!」

 この飛躍した共感は、互いに憑物が憑いてる者同士の嗅覚からやと思う。


 その時、うちの靴の紐が切れた。


「あ、切れてもた」

 うちは、その場にしゃがんで、切れた紐をつなぎ直し、カヨさんは自転車止めて付き合うてくれた。


 そのとき、後ろから来た軽自動車が、歩道に乗り上げて、うちらのすぐ前を通って、通行人を次々に跳ね飛ばしていった!


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