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高安女子高生物語  作者: 大橋むつお
75/112

76:〔今日は全国的に木曜日〕 

高安女子高生物語・76

〔今日は全国的に木曜日〕        



 学校というものに十年通てる、あんまり感動したことはない。


 それが、今日はプチ感動してしもた。



「今日は、全国的に木曜日。それも今は5時間目の体育や。人生を月曜から金曜の5日間に分けたら、この5時間目は何歳ぐらいになる?」

 五時間目の体育の授業の最初に、わが担任で体育教師のガンダムが遠い目をして、そない聞いてきた。一瞬みんなが考えて新島君が答えた。

「おおよそ、60過ぎというところです」

「根拠は?」

「日本人の平均寿命は、約83歳です。それを5で割ると……16・6歳になります。それに4を掛けると……66・4歳になります。そこから残りの6時間目を引くと、だいたい60過ぎになります」

 新島君の暗算力に、ちょっとしたどよめきが起こった。

「よう計算した。しかし、新島の説明にケチつけるわけやないけど、朝のショート、授業の間と昼休みの休憩、放課後の時間入れると、ちょっと変わってくるやろなあ」

「それは、誤差の範囲です……ちゃいますか?」

 新島君が堂々の、いや、ちょっと遠慮気味の反論。

「数学的には、そやけどな、人間は、この誤差の中にいろんなドラマがある。こうやって変則的に男女合同の体育してんのんも、昼休みグラウンドの用意してはった宇賀先生が飛んできたカラーコーンが顔に当たって怪我しはったからや」


 噂はたってた。


 石灰の線引きでグラウンドのコースを引いてたら、今日の強い風で、カラーコーンが飛んできて当たって怪我しはったて。


 せやけど、まさか顔やとは思わへんかった。


 宇賀先生は学校では珍しい二十代のベッピンの先生。学生時代は陸上で槍投げの名選手で、オリンピックの候補にもなりかけたけど、肩を痛めてオリンピックには行き損ねた。歳が近いこともあって、うちらには、ちょっと眩しいけど憧れの存在やった。



「おまえらは、人生の……もう月曜日ではないな、新島?」

「はい、火曜の……ショートホームルーム……は8時30分やから、必死で教室目指して走ってるとこです」

 瞬間笑いが起こった。遅刻しすぎて早朝登校指導になってる子が何人かおったから。

「せやな、まだ授業も始まってない。まだサラッピンの火・水・木が残っとる。月曜の失敗ぐらいは、なんぼでも取り戻せる。セブンチーンいうのは、ええ歳や。そのセブンチーンを無駄にせんためにも、来週の懇談は、非常に大事なもんになる。まだ懇談の日程が決まってないやつは、麗しい人生の火曜日にするために、しっかりお家の人と相談して報告しにこい。なあ佐藤以下三人」


 あ……忘れてた。うちは両親とも現役リタイアした人やから「いつでもええで」言われて、それっきりになってた。空いてる日にちと時間見て早う返事しとこ。



「今日は風が強いよって、グラウンドは使用せえへん。最後にちょっと体動かすけど、それまで、もうちょっと話しよ。おまえら残りの火・水・木、どない過ごすつもりや?」


 みんなで、ひそひそ相談。で先生が聞いたら火曜の午前中は大学いうことで、ほとんど意見が一致した。


「うん、まあええやろ。せやけど、大学なんてすぐに来るのんは分かったな。そんで、火曜の6時間目くらいには結婚せなあかん。忙しいて、授業どころやあらへんなあ!」


 みんなが一斉に笑った。うちはチラッと美枝を見た。美枝は、もう6時間目を現実のものにしようとしてる。麻友の視線を感じた。これまで見たことのない怖い顔してる。アイドルみたいに明るうてかいらしいて、頭のええ子だけと思てたけど、当たり前に考えても、ブラジルから日本にこならあかんかったことには人に言えん事情があるんやろし、数年後には国籍いう、うちらには思いもつかん選択を迫られる。


 ちなみに、新島君とは新新コンビと言われ始めてるけど、成績と頭の回転と苗字の頭だけで、カップルとして認知されてるわけやないので、念のため。


「さあ、ほんならラスト。体育館のフロアーを5周走る。4班に分ける。急がんでもええ、人生感じながら走ってみい」


 ランニングに人生を感じたのは初めてやった。自分で走って、人の走りを見て、みんな、それぞれ感慨深げやった。


 放課後になって、聞いた。宇賀先生の顔の傷は一生残るかもしれへん。で、怪我は生徒を庇ったからやったことを……。


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