私との約束は思い出さないでください
初めまして、皆さま。
私、ベルトローズ=ミラルカと申します。
どうぞ、ベルとお呼びください。
17歳、年頃ですわ。
ミラルカ子爵家の次女ですの。
皆さまは、子どもの頃の口約束とか覚えていまして?
大抵の方は、すぽーんと忘れてしまいますわよね。
それが普通ですわ。
私も、ほとんど覚えていませんもの。
1つだけ覚えているのがあるのですが、これが今私を困らせているのですわ。
その約束とは、「将来、結婚しよう。」というものですの。
いえ、決してその方の事が嫌いという事ではありませんの。
ヒョロガリですがブサイクというわけでもありませんし。
そうですね、どちらかと言えば好ましい部類に入りますわ。
相手の方は、カルディオ=アマルマート侯爵子息様です。
私の1つ年下で、次男ですわね。
幼き頃に1回だけ会った事がありますの。
口約束をしたのはその時ですわ。
アマルマート侯爵家の邸宅近くに、たくさんのシロツメクサが群生していますの。
幼少の私は、そこで1人花冠を作って遊んでいたのですわ。
そこに、本を持ったカルディオ様があらわれたんですの。
確か、何かの図鑑でしたわ。
カルディオ様は運動は得意ではありませんけど、小さい頃からとても賢かったんですのよ。
秀才ですの。
将来の夢はお医者さまらしいですわ。
そこで意気投合!というわけではなく、カルディオ様は本を、私は花冠を。
それぞれ黙々と遊んでいましたの。
先に飽きたのは私でしたわ。
流石に、4つも5つも編めば飽きますわ。
私は何を思ったか、その花冠を輪投げに見立てて、カルディオ様に投げて遊び始めましたの。
そんなに大きく作っていませんでしたから、当然はまりませんわ。
でも私、運動は得意ですから命中力がよくて。
はまらないけど、カルディオ様の頭の上に花冠が積み重なっていったんですの。
最初は無視していたカルディオ様でしたけど、3つ重なったところで我慢できなくなってキレたんですの。
花冠を足元に叩きつけてましたわ。
私が悪いのに、その時の私は、「私がつくった花冠になんてことを!」って逆ギレかましましたの。
そこからは取っ組み合いの大喧嘩ですわ。
運動得意な野生児の私と青びょうたんなカルディオ様でしたから、ケンカは私の圧勝でしたわ。
そこで何が良かったのか、カルディオ様が私を気にいったんですの。
花冠の編みかたを教えてほしいっていうから教えてあげましたわ。
四苦八苦しながら花冠を編んだカルディオ様は、その花冠を私の頭の上に乗せて、「ぼくと結婚してください。」って。
幼い私はそれに頷いてしまったんですわ。
そして、お返しとばかりにシロツメクサで指輪をつくって指にはめてあげたんですの。
子ども同士の可愛い思い出ですわ。
誰も、本気にしないでしょう?
私も、「ああ、そんな事があったわね。」としか、思ってなかったんですの。
困った事になったのはここからですわ。
私は今、実家をはなれて王都の学校に通ってるんですの。
貴族の子弟が皆通う学校ですわ。
実家は王都から遠くはなれていますから、私は寮に入っておりますの。
その学園に、カルディオ様が入学してきたのですわ。
12~13年ぶりくらいの再会です。
それだけなら、そこまで慌てないですわ。
カルディオ様が、あのシロツメクサの約束をぼんやりと覚えていて、あの時の令嬢を探しているんですのよ。
カルディオ様って、とても律儀な方ですの。
まあ、思い込みが激しいとも言うのですが……
プロポーズをしたからには結婚しなくては!
っていう使命感にかられていますのよ。
私が誰だか忘れているのは好都合ですが、約束自体忘れていてほしかったですわ。
それと、その思い込みが激しいところを直してくださいませ。
私は、結婚したくないんですのよ。
むしろ、できないというかしてはいけないというか……
我がミラルカ子爵家は、王都から遠く離れた山岳地帯にありますの。
夏は涼しいですけれど、冬は寒くて陸の孤島になりますわ。
そこでは、冬の間獲物を取る為に、狩りが必須ですの。
私、弓上手ですのよ。
兄弟の中で1番上手ですわ。
取った獲物を捌くのも、弓矢を作成するのも、乗馬もお手のものですわ。
まあ、そんな地域ですから基本貧しいんですの。
協力しないと生きていけないから、領地の皆仲がいいんですけどね。
貧しいから、どこかに嫁ぐ時の準備品が用意できないんですの。
お姉さまの分は、皆で頑張って用意しましたわ。
でも、私の分までは無理ですわ。
ミラルカ子爵家を継ぐ、弟の分を用意しなくてはいけませんもの。
しかも、カルディオ様は侯爵家。
準備品は更に高価な物になってしまう。
無理無理ですわ。
我が家が破産してしまう。
領地内で嫁ぐ分にはもっと安くすむから、私は領地内の殿方と結婚いたします。
むしろ、ずっと独身でもいいですわ。
それは流石に、両親が許してくれないですけれど。
住みにくく、暮らしにくい土地ですけれど、それでも生まれ育った地です。
私はあの土地も、そこに住む人々も愛しているのですわ。
離れるなんて、考えられないのです。
カルディオ様がこちらに住むのもダメですわ。
ヒョロガリなカルディオ様ですもの。
山々に囲まれて、雪に閉ざされて、狩りが必須の土地で暮らしたら体を壊すのが目に見えています。
確かに、私とカルディオ様が結婚したらミラルカ子爵家にはいい事づくめですわ。
アマルマート侯爵家からの援助で、多少は潤うでしょうし、将来お医者様になるカルディオ様がこちらに住めば、多少のケガや病気で右往左往する事も減るでしょう。
ですが、アマルマート侯爵家は?
ミラルカ子爵家から渡せるものなんて、何もありませんわ。
どちらか一方だけが利する関係など、早々に破綻してしまうものです。
ですから、私はカルディオ様と結婚するわけにはいきませんの。
約束の相手を思い出されたら困るのですわ。
私はノーという返事しか返せません。
ですが、我が家は子爵家。
侯爵家から打診されたら、受けるしかありませんの。
だから、困ってるんですわ。
とりあえず、私は今努力しているんですのよ。
カルディオ様と関わらないように逃げたり、視界に入らないようにしたり。
ですが、私も勉強しに来ているのです。
少しでも、役に立つ知識と技術を身に付け、ミラルカ子爵家を少しでも豊かにする為に。
今は、薬草と作物を重点的に学んでますのよ。
私は、忙しいのです。
恋愛やカルディオ様にかまけている暇はございません!
ですから、こう考えましたの。
誰かにカルディオ様をおとしてもらえばいいのだと。
ヒョロガリなカルディオ様ですが、見た目は悪くありません。
知識もありますし、身分も侯爵家で申し分なし。
女性からの人気はとてもあります。
そう決めた私は、早速選定に入りました。
第一に、カルディオ様を大切に愛してくれる方。
流石に、身分や顔だけを見ている方は応援できませんわ。
幼き頃からの知り合いですもの。
幸せになってもらいたいですわ。
次に、アマルマート家との関係性。
貴族にも色々ありますからね。
敵対している家はノーですわ。
次に、そこそこ積極的でそこそこ押しの強い方。
カルディオ様を落としてもらいたいのですもの。
待ってるだけの方ではダメですわ。
私は、ぴったりの方を見つけました。
カルディオ様と同学年の、アイリス様です。
アイリス=ウォルトー様。
カルディオ様と同学年で、ウォルトー伯爵家のご令嬢です。
アマルマート家とウォルトー家は、同じ一派。
アイリス様はそこそこ押しが強く積極的で、カルディオ様を好いております。
可愛らしい方ですが、少々不器用なようです。
カルディオ様からシロツメクサの約束を聞き、花冠の作成を練習していましたが、ズタボロでした。
私はマンツーマンで練習をサポートいたしました。
そのかいあって、何とか花冠をつくる事に成功いたしました。
その次に、シロツメクサの指輪です。
花冠よりは簡単ですから、これも何とかできるようになりました。
後は、思い込みが激しいカルディオ様ですから、見事アイリス様を約束の相手だと思い込み、プロポーズからの婚約を果たしました。
ここまで約半年。
私、頑張りましたわ。
さあ、勉強の遅れを取り戻さなくては。
……何故でございましょう。
カルディオ様とアイリス様がご婚約なされ、私は勉強に専念していましたのに。
何故、私はカルディオ様に口説かれているのでしょう。
お二人は婚約し、仲睦まじく学園生活を過ごしておられましたわ。
私は、それを見て、お二人とも幸せそうで本当に嬉しかったんですのよ。
私は勉強に専念して、無事に学園を卒業し領地に戻りましたわ。
そろそろどなたかと結婚か。と思ってましたら、お父様が少し待ってくれと仰るの。
だから、私は待ってましたわ。
急いで結婚したいというわけでもありませんでしたし。
ですが、1年たっても2年たっても、私の結婚話が出てこないんですの。
私は20歳になってしまいました。
そろそろいき遅れですわ。
私は独身でも構わないのですが、独身はノー!と仰っていたのはお父様です。
これはおかしい、と詰め寄ろうとしたら、目の前にいるのはカルディオ様ですわ。
おかしいですわよね、とてもおかしいですわ。
満面の笑みのカルディオ様はこう仰いましたわ。
「約束を果たしに来ました。ベルトローズ、どうか私と結婚してください。」
私、思わず右ストレートですわ。
カルディオ様はキレイに吹っ飛びました。
だって、そうでしょう。
カルディオ様は、アイリス様とご婚約なされてましたわ。
二股の浮気野郎なんて大キライですわ。
「その右ストレート……やはり、君がシロツメクサの君。だったんだね。」
頬を押さえながら、うっとりするカルディオ様。
……この方、そういう趣味でしたの?
というか、シロツメクサの君。なんてうすら寒い呼び方しないでいただきたいわ。
うっとりしているカルディオ様は無視して、私はお父様に詰め寄った。
どういう事だと。
「それはね、私がベルと結婚したい。って頼み込んだんだよ。」
あなたに聞いてないです。
それと、ベルって呼ばないでください。
肩も抱くな。
私はうざいカルディオ様を簀巻きにした。
幼い頃からの知り合いの情けで、猿ぐつわはやめておいた。
アイリス様と婚約したカルディオ様だったが、日が経つにつれて何か違う。と思い始めたらしい。
思い出の彼女は、お淑やかなどではなく自分と取っ組み合いのケンカをするほどの乱暴者だった。
成長するにつれて、大人しくなったのだと納得しようとした。
決定的だったのは、アイリス様の運動神経の悪さと不器用さだったらしい。
輪投げのように花冠を投げて、頭の上に乗せられなかったと。
3つどころか1つも乗せられなかった事で、違う。と確信したと。
……そんな事で確信してほしくなかったですわ。
違う相手と結婚なんてしたくない。どうしようと思っていたところに、アイリス様のお父上の不正が発覚。
これ幸いとばかりに、さっさと婚約破棄したんだとか。
……最低ですわ。
さて、シロツメクサの君はどこにいるんだろう。と困ってしまったカルディオ様。
運命の相手は自分で探したい、とこだわりがあったけれど、こだわっている場合ではない。
と、父親に泣きついたらしい。
可愛い息子の為ならば!とアマルマート侯爵家の全力を持って調べあげた。
出会った年齢、場所、エピソード、容姿。
そんな時に1人のご婦人から、「あら、それは私の妹の事ではないかしら?」と情報が入った。
それは、私の嫁いでいったお姉さま。
確かに、お姉さまは結婚して王都近くに住んでおります。
お姉さまにだけは、「こんな事があったんですのよー。」って幼い私は話しました。
私の馬鹿馬鹿!
お姉さまの馬鹿馬鹿!
両親には言ってなかったから大丈夫だと思ったのに!
「やはり、私とベルは運命の相手だという事だね。」
私はカルディオ様に猿ぐつわをした。
ふむーふむーって言ってるけど、気にしない。
……なんで、またどんどん、うっとりした顔つきになってきてるんですの!!
あ、ほら実際結婚は無理ですわ。
私と結婚してもアマルマート侯爵家が得する事なんて何もありませんもの。
「それは大丈夫だよ。ミラルカの領地にたくさん自生しているニギリカの葉が解決してくれた。」
おい、誰だ。猿ぐつわ外したの。
ミラルカの領地に自生しているニギリカの葉。
そこら辺にわんさか生えていて、ここら辺ではケガにも病気にもよく効く万能薬。
夏場にたくさん取って乾燥させて保存しておいて、冬場の間の常備薬になる。
料理にも入れたりするわね。
そのニギリカの葉はなんと、他の地では幻の薬草と呼ばれるほど珍しくて薬効が高くて、医療に携わる者なら喉から手が出るほど欲しがるものらしい。
薬草の勉強を重点的にしてきたのに、全くもって気がつかなかった私は落ち込んだ。
いや、だって名前違ったし。
見た目の特徴似てるなーって思ったけど、群生地不明だったし、幻って書いてるし。
故郷ではわんさか生えてるのが、まさか幻の薬草とは思わない。
そのニギリカの葉をアマルマート侯爵家との独占、又は優先契約を結ぶらしい。
「アマルマートが得しまくるから大丈夫だよ。」
……ほら!準備品!
うちはお金がないから結婚の準備品が用意できませんわ!
「ニギリカの葉でお釣りがくるから大丈夫だよ。それに、ベルがお嫁に来るんじゃなくて私がお婿にいくからね。準備品はなくて大丈夫だよ。」
……は?
ヒョロガリなあなたがここに住むとか、体を壊したらどうするんですの!
「この2年で鍛えたから大丈夫だよ。」
……確かに、前見た時より少しはたくましくなっているようですわね。
「あとは何が問題?私がここに住む事で医者の問題も解決できるし、ニギリカの葉でアマルマートも大丈夫だし、ミラルカも大分潤うよね。ベルにも婚約者はいないし、他に好きな人もいないでしょ?」
……す、好きな人はいま……
「誰?ベルに相応しいのは私しかいないし、その男より私の方がいい男だと証明して、ベルの心を取り返してみせるよ。」
…………なんで、こういう時だけ男らしさを見せるんでしょう。
まあ、す巻きで愛をささやいても台無しなのですが。
「ベル……」
ひいっ!
今、どうやって脱出しましたの!?
「愛の力だよ。」
そんな力いりませんわ!!
私は、全速力で逃げ出しました。
ビンタや猿ぐつわをされて、うっとりする思い込みの激しい夫なんてごめんですわ!
「逃がさないよ、ベル。」
カルディオ様のその言葉どおり、私は逃げられませんでしたわ。
逃げて逃げて逃げまくりましたが、外堀を埋められまくり領地の皆が私とカルディオ様を夫婦扱いし、唯一の味方だと思ってた愛しの弟まで、「お義兄さまー。」って呼んで慕うのです。
カルディオ様も私との追いかけっこで鍛えられまくり、風邪ひとつひかない健康体になりましたわ。
追いかけっこで、ついに捕まってしまった私は諦めてカルディオ様のプロポーズを受け入れました。
2度目のプロポーズから、実に4年後の事でしたわ。
新婚旅行は、もちろんあのシロツメクサの庭ですわ。
互いに花冠をつくってお互いに乗せ、シロツメクサの指輪をつくりましたわ。
1度目のプロポーズから、実に約20年。
あの時、適当にした返事がまさか現実になるとは思いもしませんでした。
子どもができたら、ちゃんと教えようと思いますわ。
プロポーズは、適当に返事をするなと。
※補足
ベルが卒業後、父親が婚約を待たせていたのはその時点でカルディオ様から申し込まれていたからです。
ベルに知らせたら逃げるので、準備ができるまで隠していました。