ガベージブレイブ(β)_064_転移魔法
地上に帰った俺たちはギルド長の部屋で寛いでいる。
「魔物が一体!?」
ギルド長が予定と違うといった感じで目を剥いた。
「ダンジョンボスとしか戦っていないから、一体しか死体はない。ダンジョンを踏破したのには変わりないのだから、構わんだろ?」
俺への依頼はダンジョンの踏破であって魔物狩りではない。だからダンジョンボスしか死体がなくても構わないという理屈だ。
こいつらの考えはベーゼから報告を受けている。まったく、どこまで俺を馬鹿にすれば気が済むのか。十回くらい殺した方がいいか?
「ははは……どうやって魔物を避けたのですか?」
引きつった顔で確認してきたのは騎士団長だ。
「簡単なことだ。一番下まで穴を開けて行って、ボスだけ倒した。簡単だったぞ」
「「……」」
絶句。多分、そんな感じだ。アホ面している。
「ほれ、これが証拠のガチャ球だ」
「「おおっ!」」
2人は俺が見せた金色の球を見て歓喜した。現金なやつらだ。
ギルド長が手を伸ばしてガチャ球を手に取ろうとしたけど、俺は手を引っ込めた。
「あ……」
ギルド長は悲しそうな顔をした。五十代のおっさんがそんな顔をしても可愛くない。
「報酬をもらおうか」
「「……」」
二人はガチャ球を鑑定させろとか、カマクモの死体を確認してからと言って報酬を払わなかった。まぁ、報酬は確認が終わってから払うのは仕方がないことだ。
「ガチャ球はここで鑑定しろ」
二人は嫌々といった感じで鑑定士を呼んだ。そんな顔をするから信じられないのだ。
「間違いありません。ゴールドランクの球です」
鑑定士が確認して、これで踏破が確定だと思ったら……。
「こんなに早く帰って来るとは思ってもいなかったので、まだ報酬を用意してないのだ。二日後に取りに来てくれるか」
「またそのパターンかよ。構わないが、今度、同じようなことをしたら、分かっているんだろうな?」
「「ももも、もちろんだ!」」
きょどるなよ! 怪しすぎるだろ! 目を合わせろよ!
怪し過ぎる二人だけど、カマクモの死体はおいてきた。さすがにガチャ球を置いてくるほど俺も馬鹿ではない。
町の郊外に家を出して寛ぐ。相変わらずハンナのお茶は美味しい。ハンナのオリジナルブレンドだから、この香りと味はハンナしか出せない。
「ツクル君……」
「ん? どうしたんだ、一ノ瀬」
一ノ瀬が神妙な面持ちで話しかけてきた。
「今日はごめんなさい……」
今日のカマクモ戦のことを言っているのはすぐに分かった。
「気にするな」
一ノ瀬は戦いに向いていない性格なんだろう。ただ、俺と一緒に行くには戦いは不可欠だからどうしようかと考えてしまう。
「ご主人様、よろしいでしょうか?」
「ん、ハンナ、どうした?」
スーッと一ノ瀬の後ろに立ったハンナが俺を見つめてくる。美しい金色の瞳で見つめられるとドキドキしてしまう。
「スズノさんのことは私にお任せいただけないでしょうか」
「一ノ瀬を? どういうことだ?」
このままでは一ノ瀬は足手まといにしかならないので、ハンナが一ノ瀬を鍛え上げると話してくれた。
「俺は構わないけど、一ノ瀬はどうなんだ?」
「是非! ハンナさん、ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします!」
一ノ瀬は必死になってハンナに頼んだ。そんなに必死にならなくてもハンナは断らないだろ? 自分で言い出したのだから。
「私の訓練はきついですよ。覚悟はいいですね、スズノさん」
「はい!」
まぁ、二人がやる気なので、いいか。
俺だと一ノ瀬を追い込めないからな。けっしてカナンとハンナの二人と一ノ瀬を別格に扱っているわけではない。一ノ瀬とは長いつき合いだから、自分でも気づかないうちに厳しさがなくなってしまうのだ。だからハンナに任せておこう。
二人は魔法の絨毯に乗ってどこかへ行ってしまった。ハンナに任せて……いいよな?
「ご主人様! ご主人様! ご主人様! ご主人様! ご主人様!」
ダダダと騒がしく足音を立ててカナンが走ってきた。
「おう、なんだ、どうした?」
「できたのです!」
「なんだとっ!?」
俺は椅子から立ち上がって、驚いた!
「で、何ができたんだ?」
ズコッ! カナンがずっこけた。こいつはやっぱりノリがいい。吉●興業に入ってもやっていけるのではないだろうか。
「あたたた……」
腰をさすりながら立ち上がったカナンが涙目で俺を見てきた。
「ご主人様がお命じになった転移魔法なのです! 転移魔法ができたのです!」
「おおお! でかしたぞ、カナン!」
「えへへへ~。褒めて下さい~」
「うんうん、えらいえらい。カナンはお利口だ~」
頭を撫でてやる。少しくせ毛の燃えるような赤毛が柔らかくて気持ちがいい。
ひとしきりカナンの頭を撫でてその髪の毛のさわり心地を楽しんでいたが、大事なことを思い出した。
「それで、転移魔法というのを見せてくれるか?」
「はい! お任せください!」
カナンが赤き賢者の杖を握りしめて掲げると、カナンの周囲に魔法陣が現れて光り出した。そして次の瞬間、カナンは俺の目の前から消えたのだ。
「凄いな、でかしたぞカナン!」
俺は後ろを振り向いてカナンを褒めたたえた! カナンが消えた瞬間に後方に気配が現れたのが分かったからだ。
「ありがとうございます!」
今度は二人で家の外に転移してくれるように頼んだ。結果、俺は一瞬で家の外に移動した。
「どこまで転移ができるんだ?」
気になったことを聞いてみた。
「ん~、まだ実用化できたばかりなので分かりません。これから時間をかけて確認します」
「うん、そうしてくれ」
俺たちは二人揃って家の中に戻り、カナンは転移魔法の研究に戻っていった。これからどれだけの距離を転移できるのか、そして、時空を超えて地球へ帰ることができるのか、検証していくことになるのだ。
カナンのおかげで俺や一ノ瀬は元の世界に帰ることができる可能性が見えてきた。俺は日本になんの未練もないが、一ノ瀬には家族が日本にいるのだから、帰せるのであれば帰してやりたい。
一ノ瀬は戦う為にハンナの訓練を受けることになったが、基本的に戦いに向いていない。こんな世界にいてはいつか命を落とすかもしれない。
優しさは美徳でもあるが、この世界では害悪にもなる。
二日後、俺は約束通り冒険者ギルドに報酬を取りに行った。
「お前たちなぁ……」
冒険者ギルドの前には騎士団員が陣取っていた。
「騎士団によって、ゴールドランクダンジョンが踏破されたのである!」
本当に懲りない奴らだ。ある意味、尊敬できるほどのバカだ。
騎士団を揃えれば俺を抑え込めると思っているその考えが素晴らしい。俺なら無謀な挑戦はせずに素直に報酬を払うけどな。
「ギルド長、騎士団長。お前たちは本当に欲望に忠実だな。そういう貪欲なところは見習わなければと思うぞ」
「がっははは! 冒険者になったばかりの最下級冒険者が何を言おうと誰も取り合わない!」
「そうだぞ! 分かったらさっさと立ち去れ!」
なんだか面倒になってきた。だけど、ここで引いたらなんだか負けた気になってしまうので、引くわけにはいかない。
「はぁ……」
無意識にため息を吐いてしまった。
「ご主人様、焼き払いますか?」
それもいいけど……。
「何をしているのか!?」
俺たちの後ろから声が聞こえたので、振り向くと六十代くらいの白髪のじいさんとその護衛と思われる兵士が十数人いた。
「何をして……え? 議長!?」
「評議会議長!?」
騎士団長とギルド長が甲高い声を出した。このじいさんを見て驚いているようだ。
「騎士団が動いていると聞いて来てみたら、冒険者ギルドの前でいったい何をしているのだ?」
白髪のじいさんはこの国の国家元首である評議会議長のようだ。
このエンゲルス連合国には小さな三つの王国が合併してできた国なので、旧王家が三家ある。その三王家が持ち回りで評議会議長をするのがこの国の政治体制なのだ。
今、俺たちの目の前にはこの国の最高権力者がいることになるのだ。
「「こここ、これにはわけがあるのです!」」
この二人は本当に声が揃うな。




