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ガベージブレイブ(β)_050_勇者たちの逃避行1

四章開始です。

 


 前衛系職業の同級生を全面に押し出して、後衛系の同級生がそれを支援する。

 亜人だけではなく、魔族まで相手にしなければならない。

 戦場なので気を緩めることはできない。

 それでも今までなら、味方軍の支援があったので山場を越えたらひと息入れることができた。

「く、きりがない!?」

「クジョー! どーすんだよ!?」

 倒しても倒しても襲い来る亜人と魔族。

 亜人と魔族も戦っているので、三つ巴の乱戦となっているのがヒデオの目には見えた。


「クジョウ君、僕も―――」

「フジサキ君はダメだ。いつ戦線を離脱できるか分からないから、狂化してしまったら逆に足手まといになる!」

 フジサキの職業は狂戦士なので、単独行動するなら問題ないが、集団行動の最中に狂化されては指揮が執れない。

 しかも自分たちを攻撃してくるかもしれないのだ。

 フジサキを使い潰すなら構わないが、それは今のヒデオにはできない。


 ヒデオにしてみたらフジサキを使い潰すのは問題ない。

 問題があるのは、この場には六十人近い同級生がいるということだ。

 生き残った同級生がヒデオの指揮でフジサキが犠牲になったと言いかねない状況はよろしくないのだ。

 常にトップとして、指揮を執る存在でありたいと考えているヒデオには同級生の信頼を失いかねない判断はできないのだ。

 ただし、自分自身が危険になれば話は別なのだが。


「おい、こっちの敵を蹴散らしたぞ!」

 タカシマが槍を肩にかついでヒデオたちに敵の包囲網が崩れたと言う。

「よし、そこから脱出だ!」

 ヒデオは即断して全員をタカシマの言う方向に誘導する。

 しかしこれが魔族の罠だと、この時の勇者たちは気づけなかった。

 逃げるのに必死で藁をも掴む思いの勇者たちにとっては戦場全体の空気を読むことはできなかったし、これが罠だと気づける戦術眼を持った者もいなかった。


 勇者たちは走った。無我夢中で走った。

 片腕を失ったオクヤマを連れているので、勇者たちは長い隊列になっている。

 向かった方角はおそらく西。

 本来ならルク・サンデール王国の軍が駐留している方角だ。

 他にもラーデ・クルード帝国の兵も何人か勇者についてきた。

 戦力としては一般兵や騎士よりも勇者の方が上だと分かっているからついてきたのだ。


 しかしそれが良くなかったと、兵士たちはすぐに実感することになる。

「か、囲まれている!?」

 そう、勇者たちが向かった先ではルク・サンデール王国軍は既に敗走していたのだ。

 それだけではなく、勇者たちは誘い込まれた形になり、前後左右、どこを見ても魔族の姿しかなかった。

「も、もう……ダメだ……」

「俺たちは殺されるのか……?」

 悲観する勇者の姿があった。


「クジョウ君、降伏したら助けてもらえないかな?」

「そ、そうだよ、降伏したら助けてもらえるかもしれないよ!」

 ヒデオは迷った。降伏してもいいが、魔族は野蛮で極悪だと聞いていたので降伏が認められるのか? 降伏できても悲惨な未来が待っているのではないか? と。

 そして決断した。

「僕は戦う! 魔族に降伏して食われるのは嫌だ!」

 人族至上主義の国々では、魔族は人族や亜人を食べる種族だと言うのが通説だ。

 だから魔族を見つけたらすぐに討伐しなければならないと。


「人族よ。降伏しろ。さすれば命は助けよう」

「……」

 比較的人族に近い姿をした男の魔族が勇者たちに語りかけた。

 その魔族は大柄で額には角が生えていて口からは尖った四本の牙が見えることから、その容姿は鬼のようであった。


「少し待ってくれ。意見をまとめる時間をくれ!?」

「……いいだろう、十分だけやろう」

 戦うと決めたヒデオだが、降伏勧告を受けたら考えないわけにはいかない。

 ヒデオの提案は意外にもすんなりと魔族に受け入れられた。

 そして、もしかしたら本当に命を助けてくれるかもしれないと思った勇者が何人かいた。


「本当に命は助けてくれるのかな?」

「でもよ、命は助けるかもしれないけど、奴隷扱いかもしれないぜ? それに魔族が約束を守るなんて思えねぇよ……」

「殺さないけど、食べられる……ってことはないよね?

「食べられたら殺されたと一緒じゃねぇか!?」

 仮に降伏したとして、その後のことが心配でならない勇者たちは意見がまとまらない。


「なら、戦って勝てるのか?」

 その問いに明確に答えられる者はこの場にはいない。

「待って!」

 後方にいたスズノが待ったをかけた。

「本当に魔族の人たちは人族を食べるの? 誰かそれを見た人はいる?」

「……」

 そのスズノの問いに答えを出せる者はいない。

 人族の国の常識しか知らない勇者たちが正確に判断できるわけがないのだ。


「何言っているんだ! あれを見ろよ! あんな化け物どもに降伏するなんてありえねぇぞ!」

 サルヤマが指した先にいる魔族は上半身は人間で下半身がヒョウ、尻尾がヘビ。亜人と言われる獣人がとても可愛く見える容姿をしていた。

 他にも人間の上半身にクモの下半身。牛の頭を持った人型。山のように大きな巨人などがいる。


「ど、どうするんだよ!?」

「僕たち、どうなるのかな……」

 不安が勇者たちを包み込む。

「戦おう! 僕たちが降伏しても酷い扱いを受ける可能性は高い。だから戦って自分たちの未来を掴もう!」

 ヒデオは力説する。降伏しても魔族が自分たちを生かしておく可能性は低いと。

 人族至上主義の国で語られていることが正しいのだと、なんの根拠もないが力強く皆を説得する。


「俺はクジョウの案に賛成だ!」

「僕もクジョウ君に賛成する!」

 賛成派が多くを占めた。しかし、まだ反対派も多い。

 そこでクジョウは切り札を出すことにした。

 どこからか取り出した小さな革袋を勇者たちに見せる。

「これは神官長のテマスさんからもらった物だ」

 勇者たちが「おー」と小さいながらも声を漏らす。


「一時的に能力を上げる丸薬が十個入っている。でも、使用後十時間で効果が切れて、それ以降は数日動けなくなると言っていた」

 つまりは時間制限のある身体強化用のドーピング薬だ。

 ヒデオの説明を聞いても手を上げる者が多くいたのは魔族に捕まりたくないという一心だったのかもしれない。


「じゃぁ、これを飲んで。十時間しか効果がないから、とにかく逃げることが優先だよ!」

 志願者は前衛系の職業を集めた。

 後衛ではあまり効果がないとテマスが言っていたからだ。

 そして志願者の中には狂戦士のフジサキもいたが、フジサキに関しては丸薬を飲まなくても狂化すればいいと却下している。

(ふふふ、バカな奴らだ。その薬は狂戦士化の薬だってテマスのじいさんが言っていた。飲んだら最後、力尽きるまで戦う化け物になるんだよ。せいぜい、僕が逃げるだけの時間を稼いでくれ)

 薬を飲ませた後は十人が狂化しても、自分は知らなかったと白を切るつもりのヒデオは容赦なく同級生を切り捨てる。

 責任は全て薬の出どころであるテマスに押しつける気なのだ。

 多少は同級生たちから突き上げはあるだろうが、それでも死ぬよりはましだ。


「十分経ったぞ! 返答はいかに!?」

 魔族から催促の声がかけられる。

 そしてヒデオは少し前に出て魔族に向かって大声で答えた。

「僕たちは降伏しない! だからここを通してくれ!」

「愚かなり人族! 攻撃開始だ!」

 魔族が攻撃開始の命令を出すと魔族たちが一斉に動き出した。

 それと同時に十人も丸薬を飲み込む。

「おおーーっ! 力が湧いてくるぞ!」

「皆、行くぞっ!」


 魔族と勇者たちが激突した。

 数と質で上回っている魔族だったが、勇者たちの攻撃の方が圧倒的だった。

「切り刻め!」

「ぶち殺せ!」

「血を見せろ!」

 丸薬を飲んだ十人の勇者たちは圧倒的な力で魔族たちを殺していった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 フジサキは乱戦の中、狂戦士の特徴である狂化によって自我を失いつつあった。

(ダメだ、意識を保つんだ……)

 魔族を切り裂くと血の臭いがフジサキの鼻をくすぐる。

 血の臭いは人族、亜人、そして魔族でもあまり変わらない。

(ああ、気持ちいい……)

 フジサキはもっと血を求めて魔族を切り裂き、噛みつく。

(これだ、これが僕の求めていた臭いだ)

 生臭くて鉄錆のような臭いがフジサキの体に纏わりつき染みついていく。


「これだ……僕が求めていたのはこれだよ!」

 大剣を振るうフジサキの顔には笑顔が張り付いていた。

「はーっはははは! もっとだ、もっと血を流せ! 血の臭いをかがせろ! 血をぉぉぉぉ飲ませろぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 魔物相手でも亜人相手でも、これまでフジサキの狂化は同じだった。

 しかし今回は違うものがあった。

「血だーーーーっ!」

「ひゃっはぁぁぁぁぁっ!」

 フジサキ以外にも狂化した勇者がいるのだ。


 フジサキ以外に十人の勇者がフジサキと同じように圧倒的な強さでこの魔族を屠る。

「オラオラオォォォラァァァァァァッ!」

 丸薬を飲んでドーピングしたサルヤマが牛頭の魔族の頭部を殴ると牛の頭が爆散した。

「アーーーーーッハハハハハ!」


 ドーピング勇者たちの異様さを目の当たりにした他の勇者が目を丸くする。

「ねぇ、サルヤマたち……おかしくない? まるで狂化したフジサキみたい……」

「ああ、どういうことだ? あの薬は本当に能力を上げるだけのものなのか?」

 どう見てもおかしい。誰もがそう感じた。

 しかし今は自分たちが生き残ることが最優先なのだ。


「よし、包囲に穴が開いたぞ! 突っ込め!」

 ドーピング勇者が開けた穴を見たヒデオたちが逃走を図る。

 我先と走る勇者たち。

 しかしスズノは違った。

 サルヤマたち、ドーピング勇者の様子がおかしいのを見てなんとか元に戻せないかと考えた。

 そして自分ができる限りの浄化魔法をドーピング勇者に向けて放つ。


「ちょっとスズノン何をしているの!? 早く逃げようよ!」

「だって、あんなになった皆を放っておけないもん」

 親友のミキがスズノの手を引く。

 しかしスズノはその場にとどまりドーピング勇者たちを何とか治そうと試みる。

 そうしている内に他の勇者たちは皆逃走して、その場に残ったのはスズノとミキ、そして自我を失ったドーピング勇者とフジサキだけである。

 周囲は魔族ばかりで人族どころか亜人もいない。

 味方は……味方と言えるか分からないが、ドーピング勇者とフジサキが嬉々として魔族を屠っているだけである。


「どうしよう……逃げ道が塞がっちゃった……」

「ごめん、ミキ……」

 不安そうな表情で周囲を警戒するミキに謝るスズノもどうしていいか分からない。

「ツクル君……」

 スズノは絶体絶命のこの場面でツクルを思い浮かべた。

 もう二度と会えないかもしれない愛しい人。


「スズノンの王子様が来てくれるといいね……」

 そんなに都合よく王子様が駆けつけてくるなんてことは物語の中だけだとミキも知っている。

 スズノだって知っているが、それでも顔が思い浮かぶ。

 死ぬ前にもう一度会いたかった。


「ミキにはいないの? 好きな人」

「今はいないかな~」

「……今は? じゃぁ、以前はいたの?」

 ここが戦場で周囲は敵ばかりだということを忘れようとしてか、二人は恋バナに盛り上がる。


 二人が恋バナで盛り上がっている時だった。

 十人のドーピング勇者に異変が起きた。

 いや、既に異変なのだが、十人は奇声をあげて体中の血管が浮き出る。

 何かに苦しんでいるようだが、違うように見える。

「な、何? 何が起きているの?」

 スズノがドーピング勇者たちの異変に気がつく。

「分からない……だけど、いいことが起きそうもないね……」

 ミキには嫌な予感がひしひしと伝わってきた。


「え? 何あれ?」

「うわ~……ヤバいよね、これ?」

 奇声を上げていたドーピング勇者の姿が変わっていく。

 背中の筋肉が盛り上がり服や防具が壊れ弾ける。

 腕の筋肉も倍ほどにまでなると、体中の筋肉があり得ないほど膨張していく。


「どうしよう……あんなの治る気がしない……」

「これはクジョウにやられたわね……あいつ、軽薄な奴だと思っていたけど、同級生を犠牲に自分が助かろうなんて……」

 ミキがガリッと奥歯を噛む。


 原形をとどめない姿になったドーピング勇者たち。

 その姿は周囲にいる魔族よりも醜悪だとミキは思った。

「あれって絶対私たちも攻撃してくるパターンよね?」

「そ、そんなこと言わないでよ……」

 ミキの言葉にスズノがおろおろする。

 唯一、そのままなのは未だに魔族を屠っているフジサキだけである。

 しかしフジサキ自体、敵味方関係なく攻撃する狂化状態なのでスズノとミキは敵に完全に囲まれた状態だと言える。


「スズノン……逃げるよ!」

「でも、どうやって……?」

「とにかく、逃げるの!」

 ミキは一番手薄そうな場所にスズノの手を掴み突撃をかけた。

 双剣を使うミキだったが、スズノの手を握っているので片手でしか剣を振るえない。

 もともと手数で勝負するタイプなのでこのままでは間違いなく逃げられないだろう。

 しかしミキにはスズノを見捨てるような考えは爪の先ほどもなかった。


「はぁぁぁぁっ!」

 剣で魔族に斬りつける。

「浅い!?」

 反撃を剣でいなして攻撃をする。

「ミキ、手を離して! ミキだけで逃げて!」

「そんなことできるわけないよ!」

 剣を振り魔族と戦いながらミキはスズノの手を掴む力を強める。


 同じ頃、逃走に成功したヒデオたちは弾む息を落ち着かせるために川辺に座り込んでいた。

「ハァハァ……もう追いかけてこないか?」

「ハァハァ、大丈夫だろ?」

「ゼェゼェ……ヤバかったな……」

 思い思いに勇者たちが休憩している中、スズノとミキがいないことに気づく者が現れた。

「え? なんでスズノとミキがいないの? ちょ、誰か二人を見なかった?」

 誰もが自分のことで精いっぱいだったので二人があの戦場に残ったことを見ていなかったのだ。一人を除いて。


(ちっ、まさかイチノセが逃げずにあの場に留まるなんて!? もし僕が怪我をしたら誰が回復するんだよ!?)

 ヒデオはイチノセには回復しか期待していなかった。

 それも自分が生き残るためのもので、誰かのためではない。


「クジョウ、スズノとミキを探さないと!?」

 女子勇者が二人を探すと言い出した。

(馬鹿か、そんなことして魔族に遭遇したらどうするんだ!)

「……今は無理だよ。いつ魔族が襲ってくるか分からないから」

「でも、二人が―――っ!」

「いたぞっ!」

 そこに魔族が現れ攻撃をしかけてきた。

「逃げろっ!」

 今までは一緒に逃げてきたが、魔族の奇襲を受けて勇者たちは三々五々に逃げ出した。


 

書籍はWeb版とはかなり違ったストーリーになっています。

Web版が物足りない方は、書籍を読んでいただけるとスッキリするかもしれません。

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