ガベージブレイブ(β)_045_第二の試練1
光を受けた大地。
草が生い茂るその大地を埋め尽くさんとする人の群れ。
いや、これは大軍だ。
「今こそ人族を打ち倒す!」
彼はアルス獣王国のアルス王である。
金色の鬣が雄々しい獅子の獣人で、アルス獣王国最強の戦士でもある。
「此度の戦いは我らの聖地を解放する戦いである!」
彼女はホーメン帝国の女帝であるカウアニ十二世である。
ドワーフの国であるホーメン帝国の兵は、屈強なドワーフが自分たちの手で造り上げた質の良い金属装備を身に着けている。
「今こそ屈辱の歴史に終止符を打つ時である!」
彼はライド王国のライド王である。
獣人、エルフ、ドワーフ、人族など多種多様な人種の国であるライド王国は、人族至上主義の国とは国境を接していないが、アルス獣王国とホーメン帝国と同盟関係にあり、今回の侵攻に対して援軍を出している。
例え国境は接していなくても、人族至上主義の国々は多民族国家のライド王国にとって看過できないのだ。
これまで人族によって迫害をされてきた獣人を始めとするエルフ、ドワーフなどの種族で構成された国々が連合を組んでラーデ・クルード帝国へ侵攻を始めた。
まず、最初に連合軍を迎え撃ったのはラーデ・クルード帝国の国境を守る守備隊である。
数は連合軍の方が圧倒的に多いが、ラーデ・クルード帝国も人族至上主義最大の国家である。
精強な国境守備隊は大軍の連合軍と三日間の激戦の末に壊滅した。
思わぬ激しい抵抗を受けた連合軍は戦勝の勢いを駆って南下をする。
さらに幾つかの砦や街で抵抗を受けたが、それを撃破すると占領した都市を拠点にした。
その都市からラーデ・クルード帝国の帝都まではたった五日の距離だ。
連合軍の首脳陣は油断はしていないが、今度こそにっくきラーデ・クルード帝国を潰すと息まき、そして戦勝の前祝いの宴を催した。
一方のラーデ・クルード帝国の帝都では、亜人の連合軍が国境を越えてきたことで騎士団を中心とする遊撃軍を組織する。
人族最強と言われる軍事大国だけあって連合軍を迎え撃つ兵力はすぐに集結した。
ラーデ・クルード帝国の軍を率いるのは騎士団長のデールスタックだ。
「知性もない獣どもが我らが祖国を汚らしい足で踏みにじった。皆の者、狩りの時間だ! 獣どもを生かして帰すな!」
デールスタックは騎士団を中心とする軍を指揮する。
しかし、帝都の住民は長きに渡って平和を享受してきたことで、帝都のそばまで攻め込まれたことで恐怖に支配される。
「ほ、本当に戦争をするのかよ!?」
「けっ、相手は魔族って言うじゃねぇか、ぶち殺しゃぁいいんだろ!?」
「魔王が三人もいるって話だよ? 大丈夫かな……」
人族至上主義以外の国の王は全て魔王と言われている。
こんな乱暴な話が通じるのは人族至上主義の中だけである。
しかし、その魔王という言葉が独り歩きしてくれるおかげで、帝都の混乱はすぐには収まらなかった。
ラーデ・クルード帝国に所属する勇者たちもまたこの軍に参加していた。
「よっしゃ~、やってやるぞ!」
「やっと魔王との戦いかよ! 腕が鳴るぜ!」
獣人の王、ドワーフの王、そして人族でも多人種国家の王であるライド王は魔王と呼ばれている。
と言っても、そう呼んでいるのは人族至上主義の国でだけである。
魔王の定義はその国々で違い、人族至上主義の国では人族以外の国の王や、勢力の長を指している。
逆に獣人などの人族ではない種族では、魔王の定義は魔族の王を指している。
魔族は全ての種族と敵対関係にある種族だ。
しかしこの数千年ほどは魔族との戦いは起こっていない。
それは、数千年前に魔族とそれ以外の種族との戦いがあり、魔族が敗退してから魔族は姿を現していないのだ。
同じころ。どこかの大地。
「さぁ、行きましょう! 私たちの大地を取り戻しに!」
『おぉぉぉぉぉっ!』
異形の集団が雄叫びをあげる。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
暗闇の中、真っすぐに伸びる光の道を進む。
歩けど、歩けど、ゴールは見えない。
どれだけ歩けばいいのか分からない。
だけど、真っすぐ前を向いて歩こう。
それが俺の進む道だと信じて。
気が遠くなるほどの距離を歩いたと思う。
世界樹の誘いはどうやら異空間に繋がっているようで、とても世界樹の中にいるとは思えない広さだ。
更に歩く。どこまで歩けばよいのか、まったく先が見えない。
これも試練なのだろうか? それとも異空間が広過ぎるだけなのか?
「ん? 光の道が……やっと着いたのか?」
今まで通りなら遠近法によって光の道がどんどん細くなっていくだけだが、広い空間に繋がっているような感じに見えた。
俺はやっと終点かと息を吐く。
しかし、光の道の先にあると思われる広い空間までが、また長かった。
見えてから何分、いや、何時間歩いたか分からない。
そしてやっと到着した先には……何もなかった……。
確かに広い光の空間だったけど、何もない。
ここから先に進むのか? どっちへ行けばいいのか、分からないぞ。
『ツクルよ、よくぞ第一の試練を乗り越えた』
不意に聞こえた声に俺は身構える。
相変わらず黒霧は俺の声に反応しないが、俺の腰には黒霧が確かにある。
周囲の気配を窺うが、なんの気配も感じられない。
『ツクルに第二の試練を課す』
たしか、エントとか言ったか? 俺に試練を課す存在として最初に聞いた声だ。
さて、今度は何を課してくるのか?
『一番思い出に残る料理を作るがよい』
「……一番……思い出に残る料理……だと?」
『思い出に残る料理を心に思い浮かべるがよい』
確かに俺は『調理師』だけど、試練で料理って……。
俺の……思い出……俺の思い出の料理……。
俺にとって思い出の料理か。今まで考えたこともなかったな。
一体、どんな料理が俺の思い出の料理なんだ?
美味しい料理ならなんでも好きだし、思い出にある。
考えてみたら、俺ってなんでも好きで美味しかった料理が全て思い出なんだな。
でも、それではダメなんだろ?
さて、困った……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
この光はどこまで続くのでしょうか?
もうお腹がペコペコです……ご主人様の手作り料理が食べたいです……。
光の広間に出ましたけど、何もありません。
この中を進むのでしょうか?
迷子になってしまいそうです……。
『第二の試練を課す。心して聞け』
え? また、あの声?
地獄のゲテモノ料理を出した最低な存在です!
味は悪くなかったですが、ビジュアルがもう最低でした!
例え味が良くてもビジュアルが悪い料理は料理として存在してはいけないと思うのです!
『そなたの最も大事な者を見つけよ』
「最も大事な物?」
私の最も大事な物は……決まっています!
私にとって最も大事な物はご主人様! ―――が作った料理です!
『……』
でも、どうやってご主人様の料理を見つければいいのでしょうか?
ここに立って考えていてもご主人様の料理はやってこないでしょう。
とりあえず、進むのです!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
眩しいほどの光を湛えた空間にでました。
まだ先があるのでしょうか?
『第二の試練を課す。心して聞け』
急に話しかけられ身構えてしまいます。
しかし、この声には聞き覚えがあります。
『そなたの最高の忠誠心を我に見せよ』
私の忠誠心……?
……言うまでもありません。私が忠誠を誓ったお方はご主人様です!
とは言うものの、見渡す限り光りしかない空間なので、どうやってご主人様への忠誠心を見せればよいのか?
「ぼーっと立っていても仕方がありませんね。もしかしたらご主人様もこの空間にいるのかもしれませんし、探してみるとしましょう」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ツクルは決めた。
ツクルにとってもっとも思い出深い料理は、母親が作ってくれたオムライスだ。
母親と言っても実母ではない。
ツクルは五歳になる手前の頃に皇の家に引き取られたのだ。
その時に皇の母親が作ってくれたオムライスがツクルにとってはとても印象に残っている。
「まぁ、悪い意味での印象だな。母親は医者だったから料理なんてしたこともなかった。だからケチャップライスがめちゃくちゃ塩辛かった。それに卵は全然柔らかくなくて、卵の殻まで入っていた。だけど、心を込めて作ってくれたのは傷だらけの手を見て分かった気がする」
『……本当にそれでいいのか?』
あまりのことにエントが聞き直してきた。
「美味しい料理の記憶も沢山あるが、一番思い出に残っているのはあのオムライスだな。嘘を言ってもエントには分かるんだろ?」
『その通りだ。ならば、そのオムライスとやらを作るがよい』
ツクルの前にスーッとキッチンと食材が現れる。
キッチンはこの世界に召喚される前に住んでいたボロアパートの物ではなく、皇の家の豪華な物だ。
当時の状況を再現しているのかもしれないが、五歳の頃の話だし、何より俺が作ったわけではないので、そこまで精密に再現をしなくてもと思ってしまう。
「てか、あのオムライスの味を再現するのか……あの時は泣きながら完食したけどさ……オヤジが死んだ悲しみと、家族ができた嬉しさと、オムライスの塩辛さがごちゃ混ぜの涙だったな」
俺も幼かったからオヤジが死んで心細かったんだな。
ただでさえ塩辛いオムライスが、俺の涙や鼻水でもっと塩辛く感じたような気がするよ。
さて、料理を作るのは俺の十八番だ。
スキルを使うまでもない。オムライスなら得意料理だし。
母親は俺が泣きながら食べていたからか、年に何回か、本当に偶にオムライスを作ってくれた。
さすがに、二回目以降は迷惑だったけど、母親が嬉しそうな顔で俺と妹の歩の食べているところを見るもんだから、不味いとは最後まで言えなかった。
だから歩が残したオムライスを俺が食べなければならず、俺的にはオムライスの日は我慢大会のようになっていたな。
まず、玉ねぎ四分の一個をみじん切りにして、鳥の胸肉百グラムを一センチメートル角に切る。
熱したフライパンにオリーブオイルを大匙一杯入れて、鶏肉を入れて炒める。
鶏肉の表面の色が変わったら、みじん切りにした玉ねぎを入れて炒める。
玉ねぎの色が半透明になったら、ケチャップ大匙三杯、ウスターソース大匙一杯、そして塩、胡椒で味を調える。
そこにご飯をお茶碗一杯半ほどを入れて混ぜる。
全体にケチャップの色が馴染んだらケチャップライスは完成だ。
次は卵を三個。これは用意されている卵がMサイズだったので三個だ。
ボウルで三個の卵を割りほぐして、そこに牛乳を大匙一杯入れる。
塩少々、胡椒少々を加える。
卵は混ぜ過ぎないのがコツだな。
熱したフライパンにオリーブオイルを小匙一杯と、バターを大匙一杯を入れてバターが溶けきらない内に卵を入れる。
卵の端が固まりだしたらかき混ぜて、フライパンの端に寄せてフライパンを持つ手の手首付近に振動を与え、オムレツを形成していく。
「後は皿に盛るだけだけど、ラグビーボールのようにケチャップライスを盛った上にオムレツをサッと置き、そのオムレツにナイフを入れる。そうするとトロトロの卵がケチャップライスを覆い隠す。っと」
皿の上のオムライスにケチャップをかけると完成だ。
最後のケチャップはハートとかLoveなんて書かない。
それはメイドがでてくる喫茶店になってしまうからな。
「よし、できた! これでどうだ!?」
『……それは思い出に残っている母親のオムライスではないだろ?』
「……あっ!?」
エントに呆れたような声で指摘されて思い出したが、母親のオムライスを作るんだった。
作っている内に普通に美味しいオムライスを作ってしまったよ。
今度こそ母親の作ったオムライスを作る。
また失敗。いや、オムライスとしては美味しい。
三回、四回と美味しいけど失敗を繰り返す。
……しかし、なかなか上手くできない。
美味しいオムライスは作れるけど、母親が作ってくれたような味にどうしてもならないんだ。
俺の体が無意識に母親のオムライスの味付けを拒否して、美味しくしているのだと思う。困った。
試練って言うほどのこともないと思っていたが、俺にとっては物凄くハードルの高い試練のように思えてきた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
どれだけ歩いたのでしょうか?
まったく代わり映えのしない白い空間が広がっています。
もしかしたら同じところをぐるぐると回っているだけなのかもしれないですが、白い空間なのでそれさえも分かりません。
ご主人様に会いたい。
そしてご主人様の作った料理を思う存分に食べたいです。
ご主人様のカレーはとても美味しかったです。
あれほどの食べ物はこの世界にないでしょう。
複雑怪奇。いったい、どんな材料が入っているのか、さっぱり分かりません。
でもこの世の物とは思えないほどの美味しさです。
あのカレーをまた食べるためにも、私は決して諦めません!
ご主人様に再会して、カレーを食べさせて頂くのです!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
忠誠を示すためにご主人様を探しました。
今でも探していますが、まったく人の気配がありません。
どれだけ歩いたかも分からないほど歩きましたが、一向にご主人様を見つけることはできません。
これは私の忠誠心が足りないのでしょうか?
そんなはずはありません! ご主人様への忠誠心は誰にも負けません! 例えカナンさんでも、これだけは負けません!
私の耳に聞こえてくるのは自分が歩いた時の音と、息づかいの音です。
鼻には私の匂い以外は何も、そう、何も匂いがないのです……私、少し汗臭いです……こんな汗臭い状態でご主人様にお会いしたら……拙いです! ご主人様に臭いって思われるのは死ぬよりも辛いことです!
体を拭きたい……。




