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ガベージブレイブ(β)_043_試練1

 


 俺の【等価交換】でサーニャを生き返らせようと思った。

 しかし【等価交換】は発動しなかった。

 どれほどの魔力があろうとも命の対価にはなり得ないのかもしれない。

 ならばとベーゼの【吸魂】で魂を呼び出そうと思った。

「サーニャはご主人様を守って逝ったのです。満足だったと思います。ですから安らかに眠らせてやってください」

 ハンナにそう言われたら何も言えない。

 ハンナに申し訳なくて、どうしたらいいのか分からない。


 サーニャの墓を故郷の土地に立てようと思った。

「あの土地に愛着はありません。ですからご主人様とのお思い出が残るアルグリアの傍に……」

 ハンナの希望でアルグリアの傍の丘の上にサーニャの墓を立てた。

 日本のような墓石はない。石を積み上げただけの墓だ。


(サーニャはお前の犠牲となったのだ)

(……分かっている)

(それなら良い)

 黒霧はいつものような軽いものではなく重苦しい声だ。

 クソジジィとの戦い以来あまり喋らなくなった。

 もしかしたら俺のことを不甲斐ない奴と思っているのかもしれない。

 俺にはそれを否定することはできない。


「サーニャ……安らかに眠るのですよ……」

「すまなかった……」

「……」

「俺が冷静さを失ってさえいなければ……」

「ご主人様のせいではありません。あのテマスという人族がサーニャを殺したのです!」

「だが―――――」

「もう言わないで下さい。それ以上はサーニャが悲しみます!サーニャは自分の意思でご主人様の盾となり死んでいったのです!誇り高き狼獣人として立派に死んでいったのです!うぅぅぅぅ……」


 涙を流しながらも、決して俺から視線を外さないハンナの気丈さに尊敬さえ覚える。

 それに比べクソジジィを前に冷静さを欠いた俺の無様な姿と言ったら……恥ずかしさと後悔しかない。

 もっと冷静になっていればサーニャを死なすこともなかっただろう。

 全て俺の責任だ。


「ご主人様……ハンナさん……」

 カナンにも悪いことをした。

 皆にどうやって罪滅ぼしをしたらいいのか分からない。


「ご主人様、サーニャのことを思って頂けるのであれば、お願いがあります!」

「……言ってくれ」

「私にもテマスを倒す手伝いをさせて下さい!」

「それは……」

「この手でサーニャの仇を討ちたいのです!」

「……わかった!一緒にクソジジィを、テマスを倒そう!」

「はい!」

「ご主人様、ハンナさん!私も仲間です!一緒にテマスを倒します!」

 俺とハンナは顔を見合わせて、笑顔でカナンに勿論だ!と言う。


 俺の復讐よりも大事なことができた。

 俺の復讐なんてちっぽけなことだ。

 やることは変わらないが、その意味合いはまったく違う。

 サーニャの無念を晴らす。

 俺たち(・・)の復讐がここから始まるんだ!


「サーニャ、見ていてくれ。俺は絶対にクソジジィを倒す!」

「サーニャ、私もテマスを倒します!だから安らかに眠ってね」

「サーニャさん、短い間でしたが貴方と触れ合った時間はとても楽しいものでした。ご主人様とハンナさんを盛り立ててテマスを倒しますから、見ていて下さいね」


 俺たちはサーニャに誓いを立てクソジジィを倒すために何をするべきかを考えた。

「正直に言いますとボルフ大森林の魔物の頂点にあったエンペラードラゴンというレベル三百の魔物でさえ化け物だと思っています」

「そうですね、今の私とハンナさんでは二人がかりでも倒せないでしょう……」

 ハンナとカナンの言う通りだ。

 俺たちがクソジジィを倒すためには何をするべきかを考え、そして目標を定めなければならない。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 氏名:ツクル・スメラギ

 ジョブ:調理師・レベル三百五十五

 スキル一:【究極調理】【着火】【解体】【詳細鑑定】【素材保管庫】【湧き水】【道具整備】【食材探知】【皮剥ぎ】【鱗落とし】【三枚おろし】

 スキル二:【暗視】【俊足】【気配感知】【野生の勘】【連携】【集団行動】【囁き】【怪力】【屈強】【剛腕】【頑丈】【鉄壁】【気配遮断】【偽装】【逃げ足】【絶対防御】【闘神】【覇動】【超再生】【物理攻撃耐性】【魔法攻撃耐性】【念話】【手加減】

 スキル三:【木魔法】【風魔法】【影縫い】【闇魔法】【死霊召喚術】【土魔法】【スキル付与】【クリーン】

 ユニークスキル:【等価交換】

 能力:体力S、魔力EX、腕力S、知力S、俊敏S、器用EX、幸運EX

 称号:変出者、魔境の覇者、剣聖



 念話 : ひ・み・つのお話って何かな?

 クリーン : 汚い、臭いは異性に嫌われるからね♪

 スキル付与 : 無理やりねじ込むのね?

 手加減 : 私を弱らせて何をするきなの!?

 皮剥ぎ : 皮を剥ぐのに特化している分、【解体】よりも品質が良いけど~皮を剥ぐだけだよ?

 鱗落とし : 鱗を取り除くのに特化しているから【解体】よりも綺麗に鱗を落とせるよ?

 三枚おろし : 食料を三枚におろすけど皮や鱗があると無理!でも結果が五枚でもおろせるからね♪


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 銘:黒霧(第二形態)

 スキル:【不壊】【鋭利】【浄化】【進化】【必殺技(二)】【経験値倍】【念話】

 能力:体力EX、魔力S、腕力G、知力S、俊敏G、器用G、幸運S

 称号:闘神剣


 NEW : 【念話】


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 氏名:カナン

 ジョブ:魔術師 レベル二百七十

 スキル:【爆風魔法II】【魔力操作IV】【魔力ブーストIV】【大地魔法II】【魔力感知IV】【氷雷魔法II】【光魔法III】

 能力:体力C、魔力A、腕力D、知力B、俊敏C、器用B、幸運C


 UP : 【魔力操作IV】【魔力ブーストIV】【魔力感知IV】【光魔法III】

 NEW : 【爆風魔法II】【大地魔法II】【氷雷(ひょうらい)魔法II】

 LOST : 【火魔法】【風魔法】【土魔法】【木魔法】【雷魔法】【氷魔法】


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 氏名:ハンナ

 ジョブ:武闘王 レベル二百七十

 スキル:【武闘術III】【身体強化III】【屈強III】【剛腕III】【暗視】【俊足III】【気配感知III】【怪力III】【頑丈III】【鉄壁II】【偽装】【逃げ足】【絶対防御II】【手加減】【直感IV】【影縫い】【連携】【集団行動】

 種族スキル:【嗅覚強化III】【聴覚強化III】

 能力:体力A、魔力E、腕力A、知力C、俊敏A、器用B、幸運F


 UP : 【身体強化III】【屈強III】【剛腕III】【俊足III】【気配感知III】【怪力III】【頑丈III】【鉄壁II】【絶対防御II】【直感IV】【嗅覚強化III】【聴覚強化III】

 NEW : 【武闘術III】【連携】【集団行動】

 LOST : 【棒術】【格闘術】


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「強くなるにはどうすれば良いか、考えた」

「……」

「強い奴を倒せば強くなれるだろう?」

「それで私のところに来たのですか?」

「アンティアなら強い魔物のいる場所を知っていると思ったんだ」

 エンペラードラゴン以上の魔物がいるなんて思っていなかった。

 しかしアンティアやクソジジィのような存在がいるのが分かった以上、そのレベルに至るための糧になった魔物か何かがいると思ったんだ。


「……いいでしょう。強い魔物がいる場所を教えましょう」

「本当か!?ありがたい!」

「「アンティア様、ありがとうございます!」」

 俺がアンティアに頭を下げるとカナンとハンナも礼を言い頭を下げた。


「礼を言うのは早いですよ。あの場所に行って帰ってきたものはほんの僅か。ツクルたち三人が帰ってこれるとは限りませんから」

「構わない!俺たちは強くならなければならないんだ!」

「「お願いします!!」」


 俺たちはアンティアに連れられて森の奥へ向かった。

 途中、エルフの集落があり、そこで泊めてもらうことになったが、エルフのアンティアへの信奉は物凄いものがあった。

 アンティアを見た瞬間に五体投地のように地面にうつ伏せになるのだから最初に見た時はビビったぞ。


「長老に会いたい。案内いたせ」

「は、はい!」

 一人のエルフにアンティアがそう言うと俺たちは長老の家まで案内された。

 エルフの長老が家から出てくるなり五体投地するので、そのころには驚くよりも笑えて来てしまった。


「私とこの三人を今夜一晩泊めてもらいたい」

「勿論でございます!始祖様にお泊り頂くような立派な屋敷では御座いませんが、精一杯のおもてなしをさせて頂きます」

「うむ、すまぬな」

 長老はどう見ても二十台にしか見えない。

 このエルフの里に来て老人を見かけていない。

 老人でも目の前の長老のように若い容姿をしているのなら見た目で歳は分からないということだ。


 長老は俺たちにも丁寧な口調で接してくれた。

 アンティアは別の部屋だが、俺たち三人は三人で一部屋を使う。

 最初は一人一部屋だったが、俺がそうしてくれと頼んで変えてもらった。


「エルフは気難しい種族だと聞いておりましたが、長老さんはお優しい方でした」

「おそらく、アンティア様が一緒においでになったからでしょう。私たちだけでこの集落に来ていたらどうなっていたか」

 確かにアンティアへの信奉は半端ない感じだった。

 エルフの中には俺たちに敵意を持っていた者もいたのはハンナも気付いていたようだ。

 そういうところはカナンよりもハンナの方が敏感だな。


 すぐに夜になった。

 アンティアがいるからかエルフの長老が宴会を行うと言うので、それならばと俺も料理を作ることにした。

「客人にそのようなことをさせるのは……」

「客からの土産だと思ってくれ」

 長老は一度だけ断ってきたが、それ以上は受け入れた。

 断ったのは社交辞令なんだろう。


 エルフたちが用意するのはブラッククロウという芋虫の魔物の丸焼きだった。

 エルフって意外とワイルドなんだと思った。

 そんな俺の横でカナンとハンナは酷く動揺していたようだ。

 まぁ、人ほどの大きさの芋虫の丸焼きだから慣れないと食うのはきついかもな。


 俺は大丈夫だ。

 食料ならそれが芋虫だろうが、ゴキブリだろうが食べるのに抵抗はない。

 食料なんだから。


 俺が用意する料理はアイアンキャンサー料理だ。

 生でよし、茹でてよし、焼いてよし、の食材だ。

 殻がアダマンタイトみたいに硬いので殻剥きが大変だが、そこは俺のスキルの出番だ。


 生用の足には【皮剥ぎ】を使って殻をむく。

 皮じゃなくて殻でもむけるところが万能だ。

 これはカニ酢で食べる。

 このカニ酢がなかなかに曲者で作り上げるまでにかなり苦労をした。

 日本で作ったことがあるような物なら大概は作り方を覚えているが、カニ酢は流石に作ったことがない。

 カニ酢を再現するのにはそれはそれは長く辛い道のり……と言う程のこともないが、それなりに苦労をした。


 カニ酢は米酢、醤油、みりん、酒、そして昆布と鰹節の出汁で作った。

 ポートという町に行ってなければ昆布と鰹節の出汁はできなかっただろう。

 米酢、醤油、みりん、酒、出汁を一、一、一、一、五の割合で混ぜるとカニ酢が出来上がる。

 これが本当のカニ酢なのかは分からないが、美味しいと思う。


「こ、これは……アイアンキャンサーか?」

「本当だ、アイアンキャンサーの足だ!」

 エルフが騒ぐ。

 何でもアイアンキャンサーは硬くてとても狩れないので食材としては非常に珍しいのだと言う。

 納得だ、アイアンキャンサーは硬くて黒霧でも切るのを苦労した。

 しかし関節部などの僅かな隙間に刃を添わせて切ると意外と簡単に切れるのだ。


「う、美味い!」

「何と言う芳醇な味わいだ!」

 エルフ諸君が口々にアイアンキャンサーの刺身を褒めちぎる。

「このタレがまたアイアンキャンサーの肉に合う!」

 うんうん、そうだろう。よし、次は茹でカニを食え!


「なんだと、これもまた甘みが濃くで美味いぞ!」

「本当だ!タレともよく合ってこれも美味い!」

 ははは、良きかな、良きかな。最後は焼きカニだ!

 焼きカニはカニ味噌に出汁を加えたタレで食べてもらう。


「何と言う芳醇な味わいだ!」

 それさっき聞いたぞ。

「美味すぎる!こんな食べ物があるなんて知らなかった!五百年生きてきた中で初めての美味しさだ!」

 そこまで言うなら予定にはなかったが、アンタにはこれを出してやろう!


「これは……この匂いは何だ?とっても食欲を誘う匂いだ……アツッ!?」

「ご主人様、これはチーズですか?」

「おう、それはカニのグラタンだ。カニ味噌とホワイトソースを絡め、その上にチーズとパン粉をのせて焼くんだ。美味いだろ?」

「はい、とても美味しいでふ!ハフハフ」

「ツクルの料理はうまいな」

「アンティア、エルフの食はあまり良いとは言えないぞ?」

 少なくともブラッククロウを塩だけで焼き上げる料理はもう少し考えた方が良いぞ。

 焦げ臭いし、何よりもせっかくのクリーミーさが台無しになるほど焼いている。

 豪快と言うよりは雑な料理だった。

 ミディアムレアで焼いたらクリーミーさが引き立ってもっと美味しかったと思うが、それだと腹を壊すかな?


 エルフの集落で歓待を受けた俺たちは翌朝早くに集落を後にした。

 集落を離れるときに多くのエルフがまた来いと言ってくれた。

 どうも昨夜のカニ尽くしが気に入ったようだ。

 人の心を掴むには胃袋を掴むことだとどこかの偉人が言っていたっけ。

 まぁ、俺の言葉なんだがな。


 宴会が朝方まで続いたので俺は寝ていない。

 カナンはお腹が一杯になると早々に寝ていたようだが、ハンナは最後まで俺に従い起きていた。

 ハンナにも寝るように言ったが主人が起きているのに奴隷が寝るわけにはいかないと言っていた。

 早々に寝入ったカナンにもその言葉を聞かせてやりたいよ。

 でも、寝たければ好きに寝ればいいぞ。俺につき合う必要はない。


 集落のすぐ傍にある大樹へ行くのだとアンティアはいう。

 その大樹はめちゃくちゃデカかった。

 多分、高さは百メートルを超えており、幹の太さなんて直系二十メートル以上はある。


「しかしこんなところにこんな巨大な木があったんだな。近づかないと見えないようだが、認識阻害の結界でもあるのか?」

「この木は世界樹よ。この世界樹があるからこの世界は保たれているの」

「これが世界樹……」

「おとぎ話でしか知らない世界樹……本当にあったんだ……」

 ハンナとカナンが世界樹に驚いていた。

 日本から拉致られてこの異世界に来た俺には初めて聞くフレーズだ。


「この森のエルフたちは、この世界樹を守るためにいるのよ」

「エルフたちはあの集落から外に出ないのか?」

「出ていく者もいるけど、ツクルたちが今から受ける試練を乗り越えなければなりません。数千年に一人くらいね」

 また気の長い話だ。

「そう言えば、百年程前に一人入ったきりですね……」

 管理していないんか!?


 世界樹と呼ばれる大樹の根本には小さな穴が開いていた。

 いや、小さな穴というのは語弊があるな。

 大樹からしたら小さな穴だが、三人が横並びになって入れるほどの穴なのでそこそこ大きい。


「この穴は『世界樹の(いざな)い』と言います」

 アンティアは穴の前で止まり説明を始める。

「ひとたび入れば最奥へたどり着かない限り出てくることはできません」

 アンティアの話によれば最奥へ行くには試練があり、その試練を乗り越えなければならないと言う。

 もし試練を乗り越えられなければ百年でも千年でも出てこれないそうだ。

 本来はエルフが高みに至るための試練なので数百年経って出てくる者もいるらしい。

 人族の俺は世界樹の中で寿命を迎えることも考えられる。

 その前に食事はどうするのだろうかと思っていたら、『世界樹の誘い』の中では空腹になっても空腹で死ぬことはないらしい。

 しかし『世界樹の誘い』の試練を乗り越えればあのクソジジィに対抗できるだけの力を得ることができる可能性(・・・)があると言う。

 可能性と言うところが微妙だ。


「……カナン、ハンナ。俺は行く!二人はアルグリアで待っていてくれ」

「カナンはどこまでもご主人様についていきます!」

「ハンナも同じです!それにサーニャの仇を討つには私も強くならなければなりません!」

 二人の決意は本物なのは分かっている。

 しかしサーニャの敵討ちを考えているハンナはともかく、カナンを連れて行っていいものだろうか?

「カナンには戦う理由がない。俺の奴隷だからと言ってクソジジィと戦わなければならないなんてことはないんだぞ」

「ご主人様!それはあんまりです!カナンはご主人様がいなければとっくに死んでいたでしょう。ならばご主人様の為に戦うのはカナンの使命なのです!」

 フンスと鼻息荒く俺に詰め寄るカナン。いい子だ。


「分かった。カナンも一緒に行こう!」

「ハンナのことも忘れないで下さい!」

「ああ、ハンナも一緒だ」

「ハンナさん、命の限りご主人様にお仕えしましょう!」

「はい、命の限り!」

 ……いや、そう言うのは俺のいないところで言ってくれ。目の前で言われるとメッチャ気恥ずかしいぞ。


「試練はツクルたちを歓迎しません。脱落させるためのものです」

 そう言われると何だか気後れしてしまうな。

「しかし試練を乗り越えた者は必ずや力を得るでしょう」

「俺は力を手に入れる為に行く!何が待ち受けているかは分からないが、生き抜いてそして力を手に入れる!」

「私もご主人様の為に全身全霊で試練に立ち向かいます!」

「例え地獄に落ちようともやり遂げてみせます!」


 俺たちはアンティアに礼を言って穴の中に入っていった。

 そして『世界樹の誘い』に挑戦し、必ずや力を手に入れてみせる!


 穴の中に入った俺は妙な浮遊感に襲われた。

 しかし【野生の勘】が俺に何も告げないことから危険はないと進む。


「む?……カナン?ハンナ?どこだ?」

 今まであったカナンとハンナの気配が消えたと思ったら俺は暗闇の中に一人だった。

 真っ暗な空間の中で広いのか狭いのかさえ分からない。

 スキルの【暗視】を発動させても壁さえない無限の闇の空間に俺は立っていた。


 周囲を注意深く見渡すが、カナンとハンナはいないし、俺自身がどこにいるかも分からない。

 これが『世界樹の誘い』の試練なんだろう。


『よく来た、異世界の者よ』

 耳からではなく、頭の中に響くように聞こえた声に俺は身構える。

「……俺が異世界人だと知っているのか?」

『我はこの世界を支える者なり。故にこの世界で起きた重大事は我の知るところである』


 世界樹が世界を支えているのか、それとも世界樹の中に住む者が世界を支えているのか、どちらにしろ今の俺には教えてくれないだろうな。

 しかし世界樹の穴に入ったと思ったらカナンとハンナの二人とはぐれて、変な声が聞こえるなんて普通に考えればホラーだよな。


「あんたのことは何と呼べばいいんだ?」

『我はエント。我を知る者はそう呼ぶ』

「エントか、俺はツクル。そう呼んでくれ」

『我に自己紹介をする者は初めてである。面白い』

「楽しんでもらって何よりだ。ところで、俺と一緒に世界樹に入った二人はどこにいった?」

『試練を見事乗り越えれば会えるであろう』

 つまり、試練は一人一人別で受けろってことかよ。


「分かった。俺は先を急いでいるんだ。早速、試練とやらを頼むぜ!」

『よかろう。試練を乗り越えれば道が開ける。ただし、簡単に乗り越えられる試練などないぞ』

「望むところだっつ~の!」

 カナンとハンナも個別に試練を受けてるのだろう。

 今二人を探しても見つけることはできないだろうし、彼女たちもまた決意をもってこの『世界樹の誘い』へ挑戦したんだ、きっと何とかすると信じよう。


『ツクルよ、そなたの力は何だ?』

「俺の力?」

 俺の力と聞かれて思い浮かぶのは……やっぱり黒霧(こいつ)だよな。

 あんまり言うと調子に乗るから言わないけど、俺は黒霧に感謝している。

 黒霧がいなかったらアンティアやクソジジィとの戦いなんて一瞬で終わっていただろう。


『そうか。ならば……』

 俺の目の前にひと振りの木刀が落ちてきてからんからんと音を立てて地面に転がる。

「俺に木刀を振れと言うのか?」

『休まず千回振るのだ』

 たった千回振るだけでいいのか?

 そんなわけないよな……何を企んでいるんだ?


(おい、エントは何を企んでいると思う?)

(……)

(おい、どうした?……おい、黒霧!?)

『その剣には黙ってもらっている。オヌシには一人で試練に立ち向かってもらう』

 ちっ、黒霧を封じられたか。

 やることが細かいな。


『先ほども言ったが、千回連続で振るのだぞ。休んだり落としたりすれば回数はリセットされるから気を付けるように』

「へいへい、注意事項を教えてくれてありがとうよ」

 足元にある木刀を拾い上げる。

 ……何故、『世界樹』と書いてあるのだ?そのネタ元は何だよと聞きたい。しかも漢字で書いてあるし!

 変なテンションになってしまった。これも試練の一環なんだろうか?


「はぁ、気にしたら負けだ。……振るか、一、二……」

 木刀を触ったことがないのでよくわからないが、黒霧よりもよっぽど軽い。

 少し長めの木刀だけどおそらく一キログラム前後の重量だから千回の素振りなど大したことはない。

 黒霧を毎日千回以上振っていたことを考えれば全然楽だ。


「十、十一、十二……二十五、二十六、二十七……四十、四十一、四十二……」

 まさかな……。

「九十九、百……」

 やっぱそうだよな……。

「百五十……」

 この木刀、重くなっている。間違いない。

 既に最初のころに比べ三倍、いや、四倍くらいに重くなっている。

 どうやら振るごとに重くなっていくようだ。

 最初のころには感じなかったが、今は振るごとに重くなっていくのが分かる。

 エントの野郎、どこまで重くするつもりだ?


「二百、二百一、二百二……」

 加速度的に重くなっていきやがる。


「三百、三百一、三百二……」

 おいおい、既に十キログラムは超えているぞ。

 二十キログラムくらいか?

 分かるぞ……こいつ振るごとに増える重量が少しずつ増えてやがる。

 ははは、やってくれるぜ。千回振るころにはいったい何キログラムになっているんだ?


「五百くっ、五百一、はぁはぁ、五百二……」

 おめ~。百五十キログラムくらいか?もう分からんわ……。


「七百はぁはぁ、ななーっひゃーーーーぐぁっ」

 からんからん。

 俺は木刀を落としてしまった。

『ほほほ、頑張ったが最初からやり直しだ』

「これ、どこまで重くなるんだよ!?」

『さて……忘れたな』

 くそったれがっ!


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ここはどこでしょうか?」

 私は真っ暗な空間にいます。

 ご主人様とハンナさんはどこにいるのでしょうか?

「ご主人様?ハンナさん?」

 呼んでみましたが、返事はありません。


『よく来た、試練を求めし者よ』

「へ?だ、誰?」

 真っ暗だから誰かがいても分からない。

 でも近くに魔力の反応がないから誰もいないのは分かる。


『我はエント。我を知る者はそう呼ぶ』

「エントさんが試練を?」

『そうだ。我が試練を課す』

「あの、ご主人様とハンナさんはどうなったのですか?」

『試練は一人で受けるものだ。試練を乗り越えれば会えるだろう』

 皆が試練を乗り越えれば、ですよね?


『そなたに問う。そなたの得意なことは何だ?』

 私の得意なこと?

 ……私にそんなものはないと思っていました。

 でもご主人様が褒めて下さることが一つだけあります。

 それは……勿論、食べることです!

『……それがそなたの得意とすることなのだな?』

「え?私何も言ってませんが?」

『強く思えば我に通じるのだ』

 そ、そうなのですね。ちょっと恥ずかしい。

 でもご主人様が私の食べるところを見て「カナンは美味しそうに食べるし、気持ちいいくらいに食べるから俺は好きだぞ」って仰って下さいました!

『……』

 だから私は食べることでは誰にも負けません!

 負けてはいけないのです!


『……そなたへの試練だ』

 目の前にテーブルと椅子、そしてドームカバーで隠された何かが現れました。

 もしかしてドームカバーの中にある料理を食べれば試練を乗り越えたことになるのでしょうか?

『四種類の料理を出す。それを全て食べ尽くすがよい』

「そんなことでいいのですか?」

『ただし、その砂時計が完全に落ち切る前に料理を食べつくすのだ。一品づつ砂時計はリセットされる』

 ドームカバーの横に砂時計が現れました。

 一品しか出てきていないですが、目の前の料理を食べたら次の料理が出てくるのでしょうか?

「も、もし食べきれなかったら……?」

『何度でも挑戦することができる。ただし、心が折れたらそれで終わりである』

「が、頑張ります!」

『そなたが座ったところから砂時計は動き出す。準備ができたら座るがよい』


 私の得意分野です!

 絶対にこの試練を乗り越えてみせます!

 でも念のためにお腹を減らす為に運動でもしますか!


「ふ~、準備完了です!」

 さー、実食(戦闘)開始です!

 椅子に座ると砂時計が落ち始めました。

 ドームカバーに手を伸ばします。

「ゴクリ」

 ドームカバーの中から出てきたのは山盛りのお米の料理でした。

 お米はわかるのですが、他に白っぽい何かと緑色の葉野菜が入っています。

 葉野菜は少し匂いがキツイですね。

 それとこの白い丸い物は何でしょうか?

 量は……三キログラムほどでしょうか?ずっしり重いです。


『デスアントの卵ライスである。さぁ、食べるがよい』

「へ?……デスアント?卵?……えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

 アントって……あの蟻ですか?その卵?えーっとアリって食べられる物なんですか?

『安心するがよい。毒があったり消化できない素材は使っていない』

 そんなことを言われましても……アリの卵ですよ……ちょっと厳しいです……。


『見ているだけでは時間がなくなるぞ』

「はっ!?」

 そ、そうでした。時間は、あ~既に半分の砂が落ちています。

 結構長く考え込んでいたようです。

 でもまだ食べる勇気がでません。どうしたらいいのですか!?


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ここは……」

 私は狼獣人族なので闇の中でも視界が閉ざされることはありません。

 ですが、この空間は……まったく視界が開けておりません。

 いったい、ここはどこなのでしょうか?

 それにご主人様とカナンさんはどこに?


『よく来た、試練を求めし者よ』

「っ!?誰ですか!?」

 臭いはない。音もしない。でも何かがいる?

 いったい何が?私の周囲に何がいるのですか?


『我はエント。我を知る者はそう呼ぶ』

 エント……。

『そなたに試練を課すものである』

「試練を……あの……ご主人様とカナンさんはどこに?」

『試練は一人で受けるものだ。試練を乗り越えれば会えるだろう』

「……分かりました。試練をお願いします!」


『そなたに問う。そなたの得意なことは何だ?』

 私の……得意なこと?

 今まで考えたこともなかった。

 私はいったいどんなことが得意なのだろう?

 職業で言うなら体を使った戦い方です。

 でも……やっぱりご主人様が「ハンナは我慢強いな」と仰ってくださったように私は我慢強いと思うのです。

 幼い頃に両親を殺され、フーゼルに物のように扱われ、妹を人質にされました。

 私の人生で幸せだったのはエイバス伯爵家で働くことができた時間とご主人様の奴隷になってからです。

 サーニャの死もありましたが、サーニャもご主人様に助けて頂き最後に楽しい時間を過ごしたはずです。

 でも今の私にとって最も誇ること。

 それは……ご主人様に対する絶対の忠誠心です!

 ご主人様のためならサーニャのように死ぬことも厭いません!


「……それがハンナの得意とすることなのだな?」

「え?……ご主人様?」

 先ほどエントと名乗るものが試練を乗り越えれば会えると仰っていました。

 なのに目の前にご主人様がいます。

 どういうこと……ですか?


「ハンナ、俺はお前を信頼している。お前も俺を信頼しているよな?」

「も、勿論です!私はご主人様に全てを捧げお仕え致しております!」

「それなら俺の為に何でもできるか?」

「はい、ご主人様の為なら何でもします!」

 そうです、私はご主人様のためなら何でもできます!


「お姉ちゃん、騙されちゃダメ!そいつはご主人様じゃないよ!」

「えっ?……さ、サーニャ!?」

 何故サーニャが……サーニャは死んだはず……。

 どういうことなの?


「お姉ちゃん、そいつはご主人様じゃないの。だから騙されないで」

「何を言っているのですか!?この方はご主人様です。ご主人様の匂いがします!」

 この匂いは間違いなくご主人様のもの。

 この匂いだけは何があっても間違えたりしない!


「ハンナ、そいつはサーニャじゃない。俺を殺そうとする奴だ。そいつを殺せ!!」

「えっ!?」

「どうした?俺の命令が聞けないのか?」

「そ、そのようなことは……」

 どうして?何故、ご主人様とサーニャが?

 ご主人様の匂いは本物。でもサーニャの匂いも本物。

 どちらも本物なのに二人がいがみ合うなんて。


「お姉ちゃん、騙されないで!そのご主人様は偽物なんだよ!」

「ハンナ、そいつの方が偽物だ!サーニャは死んだんだ!」

 ご主人とサーニャが何故……。


 

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