019_勢い
ははは、売り言葉に買い言葉ではないが、勢いで奴隷を購入してしまった。
お陰で財布の中身はスッカラカンだし、犯罪奴隷なので勝手に解放できないし、今後の計画を修正することになってしまった。
取り敢えず金を稼がなければならないのだが、それ以前に購入したカナンという奴隷は目が死んでいるのでどうしたものか……
サイドルからは多少なりとカナンが奴隷落ちした経緯は聞いている。
可愛そうだとは思うが彼女は無罪だと決まったわけでもない。
本当に貴族の子供を殺しているかも知れないしな。どうしたものかと考える。
(その娘をどうするのだ?)
(そうなんだよ、どうしたら良いと思う?)
(先ずは正気を取り戻さねば話もできないぞ)
(どうすれば正気を取り戻すか分からんのだが?)
(精神的に弱って自分の殻に閉じこもっているのだ、それも状態異常ではないのか?)
(つまり『回復食』で治ると?)
(分からんが、やってみてダメなら他のことを考えれば良いのではないか)
(そうだな、やってみるか)
俺は手ごろな肉を【素材保管庫】から取り出し【究極調理】で調理する。
最近は【究極調理】を使う時に強く〇〇が現れるように念じるとその効果が現れるようになったので、精神的な回復効果を強く念じてみる。
このことからも分かるように【究極調理】は効果の強弱を設定できるようで、俺の意思によってある程度は効果のコントロールができるように今ではなっている。
だから能力の『腕力』を上げる効果でも、永続的にランクアップさせる効果と一時的にランクアップさせる効果を使い分けることができる。
俺のレベルが三百を超えてから何故かこういうことが出来るようになったことに気が付いたのだ。
それまでは【究極調理】で現れる効果はスキルを覚えたり能力を永続的にランクアップさせるなどランダムだったが、今では意識的に効果を設定できる。
何故と聞かれても分からないとしか答えようがないが、便利だし良いかと思って原因追及はしていない。
「おい、これを食え」
皿に盛り付けた焼肉、それとナイフとフォークを机の上に差し出す。
今は宿屋の部屋の中にいるので、小さいながら机と椅子があり、カナンは椅子ではなく床に座っている。
部屋に入った後に寛げと言っておいたのだが、奴隷だからか床に座ってボーっと視点の定まらない目をしている。
今は薄汚れているので分かりにくいが恐らく美人の部類に入るはずの容姿をしているので綺麗にしてやりたいとも思うが、女の子相手に俺が体を拭いてやるのはどうかとも考えてしまう。
そんなカナンは俺が差し出した皿を持ち床に座り肉を手づかみで食べようとした。
「おい、食事は机で摂れ」
「奴隷、床、食べる……」
ラノベでよくある話だが、奴隷は床で食事をするようだ。
恐らく犯罪奴隷限定で一般奴隷はそうでもないとおもうけど。
「そんなことは知らん。その椅子に座り机の上で食べろ。それとナイフとフォークは使えるのだろ?手づかみで食べるのも止めろ」
「……」
俺の命令だからかカナンは椅子に座りナイフとフォークを使い肉を食べ始める。
彼女はナイフとフォークの扱いに慣れているようで、殆ど音もたてずに肉を食べきる。
俺なんかと比べるとその仕草は非常に優雅だ。
食べ終わる。状況に変化はみられないが……取り敢えず休ませ様子をみるか。
日も大分傾きもうすぐ夜を迎える頃、俺は宿を出る。
カナンはあれ以来ぐっすり寝ているのでそのまま部屋に置いてきた。
(前から三人、後方から二人だな)
(ああ、しかしカナンを購入してすぐに襲ってくるとは思ってもいなかったぞ)
(ふふふ、それほどの権力やコネを持っているのだろう)
サイドル総合商店の地下に現れたあのドックムの手の者なのは確実だろう。
朝から俺に張り付いている気配とは明らかに隠密行動の質が落ちる。
恐らくは隠密というよりは荒事を得意とする奴らなのだろう。
しかしここで襲われて騒ぎを起こすのは得策ではないな。
俺はこの町ではコネも何もないので騒ぎを起こせばドックムの権力に押し切られる可能性が高い。
まぁ、そうなったらそうなったで、ドックムもろともこの町の権力者を消し去っても良いのだがな。
裏路地のような脇道にスッと入り熊コートを脱いで隠者のコートを纏う。
今の俺のレベルは三百超えなので隠者のコートを身に纏った俺を認識できる奴はいないはずだ。
そんな奴がいたら今頃世界征服でもしているだろう。
前方にいた三人が俺を追いかけ裏路地に入ってくるが俺がいないのでキョロキョロして俺を探す。
目の前にいるけど認識できないので裏路地で右往左往していると更に二人も加わり俺を探す。
下っ端だろうが、俺を狙ってきたのだからそれなりの対処をさせてもらう。
パチコーンと渇いた音が五連続で響く。
追跡者の額に青痣ができ腫れ上がる。所謂デコピンだ。
気絶している五人の懐に目ぼしい物がないかとまさぐると銀貨や銅貨が入った小袋を五つゲット。
(まるで追いはぎだな)
(そう言うなよ、先立つものがなければ人の世界では生きていけないのだぞ)
(分かっているさ。それにそいつらも痛い目を見た方が良いだろうしな)
(そう、そう、俺はこいつらに世間の厳しさを教えてやっているんだよ)
他に何かないかと念入りに探すが、武器や暗器以外はでてこなかった。
取り敢えず全部頂いておく。これに関してはただの嫌がらせだ。
宿に戻る。カナンはスヤスヤと寝ており、起きる気配もない。相当疲弊していたのだろう。
だから俺は本日購入した米を炊くことにした。
と言っても竈などないので【究極調理】のお世話になる。
米は精米されていないので、先ずはこれを【究極調理】で精米する。
綺麗な白い米の粒と糠に分かれるので糠は【素材保管庫】に放り込む。
鍋に【湧き水】で水を入れて米も入れてシャリシャリと洗う。
三度ほど洗って水を捨てたので最後にエルリン川の栄養たっぷりの美味しい水を加えて【究極調理】で焚き上げる。
エルリン川の水は【湧き水】よりも味わいがあり美味しいので、これで米を炊けばきっと美味しいご飯になるだろう。
するとあっという間に鍋の中の米が炊き上がりホッカホッカと湯気を上らせる。
甘く美味しそうな匂いが鼻をくすぐる。
炊き上がった米を茶碗に似た深めの皿に盛り、おかずに猪の魔物の肉を野菜と一緒に炒めた野菜炒めを作り机の上に置く。
「いただきます」
箸で米をすくい上げる。箸はサイドルの店に普通に置いてあったので購入しておいた。
パクリと米を頬張る。
「っ!」
美味い!異世界の米だから味にそこまで期待をしていなかったが、美味しい。
程よい粘りと甘味、そして僅かに雑味があり上等な米だと分かる。
まさか異世界でこれほどの米を食えるとは思っていなかった。
目から汗が出てきそうだ。
「……」
「……」
俺がご飯と野菜炒めの美味しさに感動していたらベッドの上で横になって寝ていたはずのカナンと目が合った。
「……食うか?」
コクリ。
カナンの分のご飯を平皿につけ差し出す。
箸は使えないだろうとフォークとナイフを渡すと彼女は器用にフォークの背にご飯をのせ口に運ぶ。
「美味いか?」
コクリ。
ご飯は三合ほど炊いたので二人では鱈腹食べても残るほどある。
久しぶりのご飯に俺は舌鼓をうち、カナンはもくもくと口に運ぶ。
暫くすると三合全てのご飯が食べつくされ多目に作った野菜炒めもなくなった。
その殆どがカナンの腹に収められたのにはビックリした。
二合以上のコメがカナンのお腹の中に消えていったのだ。
まさか全部なくなるとは思ってもいなかった。
彼女は食べ終わると再びうとうとし出したので、ベッドで寝るように命じておいた。
今のカナンを見た限り『回復食』の効果があったのだろう、目に少し光が戻っていた。
もう少し時間が経てばもっと良くなるだろうと考えるようにする。
翌朝、俺が目覚めるとカナンはすでに起き出していた。
「おはようございます、ご主人様」
カナンから俺に喋りかけてきた。
しかも視線がしっかりしている。
「おはよう、気分はどうだ?」
「はい、今までのことが嘘のようにとても良いです」
にこりと俺に笑いかけるカナンの笑顔がとても眩しい。
「そうか、それは良かった」
どうやら『回復食』は良い仕事をしてくれたようだ。
ベッドから起き出し伸びをする。
二人で宿屋の裏の井戸で顔を洗う。
特にカナンは汚れが酷いので顔だけはしっかり洗うように言っておく。
どこかで風呂に入れてやりたいな。
部屋に戻り朝食を摂る。
食事は自前の料理の方が美味しいので素泊まりだ。
朝ごはんも米にしようかと思ったが、みそ汁とかがないのでパンにした。
味噌は小麦からでも作れるが俺は大豆の味噌の方が好きなので我慢した。
大豆があれば自分で作ることもできるからサイドルにでも聞いてみよう。
そして、今日は金策をしないと大豆などと言っていられない状況だ。
昨日、追跡してきた奴らから金を融通してもらったが、大した金額ではなかったので、金策を優先しよう。
そう、あくまでも融通してもらったのだ。
(なぁ、何か良い金策はないか?)
(魔物の素材でも売れば良いではないか。ボルフ大森林の魔物の素材ならどんな物でも高額で引き取ってくれるはずだぞ)
(何となくは予想できていたけど、やっぱ希少なのか?)
(当然だ。レベル百を超える魔物が闊歩している森に誰が入るのだ?勇者でも限界突破しているような者でなければ入らない危険な地域だぞ)
(取り敢えずボルフ大森林の魔物の素材売りは最後の手段にしたいかな。他に何かないか?)
(それなら冒険者ギルドか傭兵ギルドにでも登録して周辺の魔物を狩ったらどうだ?)
ラノベのテンプレの冒険者ギルドや傭兵ギルドか、どうしようかな~。
(それも面倒だから他にないか?)
テンプレギルドに登録したらテンプレの面倒事が起きそうだからね。
(我儘だな!なら、ツクルの職業を生かして食べ物でも売れば良いではないか!)
(うん、それにしよう!)




