001_召喚&オークション
日は高く目が痛いほどの青空が広がる。
もうすぐ夏だと思わせるやや強い日差しを受け、いつものように学校に向かう。
昼用の弁当を作るのに時間を要してしまったのでギリギリの時間だ。
いつもは夜のうちに用意しておくのだが、最近は気温が高くなってきたので朝作ることにしたのが祟った。
目覚ましをいつもと同じ時間にしていたので弁当を作る時間を捻出するのに色々と犠牲にしてしまった。
おかげで寝ぐせが取れきれていない。まぁ、誰も俺のことを見ないのだけどね。
……ボッチ言うなよ!
弁当は急いで作ったにしてはそれなりになっている。
いつもより豪華ではないが、劣ることもない。
若鳥のから揚げ、茹でブロッコリー、アスパラのハム巻き、出汁巻き卵、俵型おにぎりの陣容だ。(どや顔)
チャイムがなる寸前に教室に滑り込み何事もなかったかのように席につく。
誰も俺のことを気にする生徒はいないし、挨拶をする間柄の友達もいない。
ボッチじゃないからな、友達はちゃんといるから!
ネットの中とか、ネットの中にいるんだ!
急いで駆け込んだ教室の自分の席で少し弾んだ息を落ち着かせるとチャイムがなる。
そしてホームルームが始まるのだが、いつものように教師が教室に入ってくる気配がない。あれ?
教師だろうが生徒だろうが、遅刻するんだ。と考えていたら……いきなり教室全体が光に包まれる。
「キャッ!?」
「な、何だよこれ!?」
生徒の一人が逃げようとして入り口に向かいドアを開けようとするが、ドアが開く様子がない。
「開かないぞ!」
ドアを開けようとしていた生徒は窓も開けようとしたが、どちらも開かない。
こんな時になんだが、俺って結構冷静なんだ。と自分で自分を見つめ直す。
察しの良い生徒は「キター!」など騒いでいるが殆どの生徒はパニックだ。
これはやっぱりあれだよな。まさか自分があれに巻き込まれるとは思っていなかったよ。
夜に食べようと思っていた若鳥のから揚げの残りを冷蔵庫に入れておいたけど、食べられそうにないな……残念で仕方がない思いで一杯だ。
そして光が俺たちを包み次に気が付いた時には教室ではなく見たこともない石造りの大きな部屋に佇んでいた。
「ここは何処だよっ?」
聞かなくても予想くらい付くだろうに、とも思うが本当にテンパっているようで殆どの多くの生徒が騒いでいる。
騒いでいる生徒は主にイケメンと頭の悪い生徒たちだ。
女生徒はあまり騒いではいないが金髪がギャーギャー騒いでいるのが目につく。
ここまではあの状況だと分かる。
問題はこの後にどのような人たちが現れて、どんな感じで話が進むかだ。
扉が開きゾロゾロと鎧姿の人たちが入ってくると俺たちを取り囲み、次はローブ姿の人たち、そしてその後には身なりの良い人たちが入ってくる。
「あ、貴方たちは?それにここは何処ですか?」
イケメンである相川尊が代表して彼らに話しかけると、身なりの良い人たちの中から一人が前に出る。
「我らは常任理事国代表団である。貴君らには我らに協力を頼みたい」
常任理事国という言葉は知っているが俺の知っている常任理事国とは別物なんだろう。
しかし偉そうな男が偉そうな口調で話しかけてくるが、頼みがあるのなら言いようがあるだろうに、この人は人に何かを頼んだことが無いのだろうかと思う。
「はぁ?頼みだぁ?」
茶髪の鼻摘み者の高島鋼牙がいつものように鼻息荒く偉そうな人に詰め寄ろうとするが、鎧を着込んだ大柄な人に阻まれる。
流石の高島も自分よりも体格の良い鍛えています!って感じの男相手ではすごすごと引き下がる。馬鹿だ。
「貴君らは勇者であり、我らは勇者召喚を行った。これよりステータスを確認した後、各国に配属されることになる」
ほう、これは新しいシステムが出て来たぞ。
ステータス確認は鉄板だが、その後に各国に配属されるってことは教育とか訓練は各国で別々に行われるってことだよな?通常は一ヶ国が召喚し勇者を抱き込むか勇者を各国に派遣したりするのが良くある流れだけど、いきなり勇者たちを分けるんだ。
「貴方は一体何を言っているのですか?」
相川が意味が分からないという感じで偉そうな男に説明を求めるので、偉そうな男も嫌々感を隠しもせずに説明し出す。
その説明によれば常任理事国は九ヶ国からなっており、今回の勇者召喚は常任理事国と他六ヶ国の十五ヶ国が共同で行ったそうだ。
そして俺たちを召喚した目的はテンプレの魔王討伐だが、魔王は一人ではないので各国でそれぞれ勇者を確保する為に俺たちを競売宜しくオークションにかけるということらしい。
人身売買を公言している外道な国たちに「ぶっちゃけ過ぎだろっ!」と突っ込みたくなるが、これがこの世界の常識らしい。
因みにこの世界から俺たちの世界に送還はできないと言っていた。
それを聞いた何人かは泣いたり喚いたりしたが、三割ほどは別の意味で騒いでいた。
かなり騒いだが最後には武装した鎧集団の威圧を受け静まり、無理やりステータス確認に移行していく。
勇者召喚された生徒は全部で百十八人。
どうも三クラス分が召喚されたようで全員が俺と同じ高校三年生だった。何故か先生たち大人は混ざっていない。
どの国も最低一人は勇者を連れて帰る権利を持っているが、後はオークション次第だそうだ。
テンプレでいけばステータス確認で誰かが落ちこぼれのステータスとなる。俺たちの中で誰が落ちこぼれるのか?
ステータス確認がドンドン進んでいく。半分ほどが終わっているが良い意味で騒然とすることはあっても悪い方では騒然となっていない。
八割ほど済んだが異世界人側の雰囲気は悪くない。
そして俺は百十八番目にステータス確認を行う。
この流れは俺が……とも思わないではないが、どうなることやら。
最初に説明されたように銅褐色の金属プレートを手にして「ステータスアップ」と唱えた。
氏名:ツクル・スメラギ
ジョブ:調理師・レベル一
スキル:【調理】【着火】【解体】【詳細鑑定】【素材保管庫】
文字が現れその文字を見た鎧の男が顔を顰める。
その表情を見ればこのステータスがハズレなのは明らかだ。
まさか俺がテンプレハズレ職業を引くとは思わなかった。
しかし『調理師』かよ、戦闘などできるような職業ではないのは俺でも想像がつくぞ。
あまりボーっとしていても仕方がないので生徒の中に紛れるように戻るが、あの鎧の男が身なりの良い男に俺のことを報告して身なりの良い男が顔を顰めていたのを俺はしっかり見た。
テンプレでいけば差別されたり下手をすれば消される可能性を考えるべきだろうな。
「ツクル君はどんなジョブ?」
後ろから不意に声を掛けられ振り向けば、そこには綺麗な黒髪に雪のように白い肌、整った顔立ちの美人であり学年美人度ランキングトップスリーに入る一ノ瀬涼乃が優し気な笑顔で俺を見ていた。
「俺は『調理師』だよ。一ノ瀬は?」
「私は『聖女』だったよ」
知っていた。一ノ瀬がステータスを報告した時に鎧の男たちが騒いでいたのでその時に漏れ聞こえてきた。
どう考えてもチートなジョブだと思う。
「何だよその『調理師』ってジョブは!俺なんか『聖闘士』だぜ!オッサンたちが騒いでいたぞ!」
俺と一ノ瀬の話に割って入ってきたのは猿山凱だ。
こいつは美人の一ノ瀬に気が有るので一ノ瀬の周りをウロツク不審者の一人だ。
一ノ瀬の周りにはこういう奴が多い。
「良かったじゃないか、一ノ瀬も『聖女』だから同じ『聖』系のジョブでお揃いだな?」
「おう、そうだろ!一ノ瀬とお揃いだ!」
こいつは単純馬鹿だ。
あまり良くないであろう『調理師』の俺を晒そうとして来たのだろうが、こうやって持ち上げておけば機嫌が良くなる。
「他にも『聖』が付くジョブは何人かいるんじゃないかしら?」
「そうだな、他にも仲間はいるな!」
一ノ瀬は猿山をあまり好きじゃないようで苦笑いし敢えて猿山を突き放す。
だが猿山は一ノ瀬のそういった気持ちを汲めるような頭も思いやりもない。
そして気が付いていないようだが、俺たちはオークションに出品され売られていくんだ。
猿山が一ノ瀬と同じ国に売られる可能性はあるだろうが、そうじゃない可能性の方が高いと思う。
それを教えたらどんな顔をするか見てみたい気もするが面倒臭いのが分かっているので放置だ。
そして俺たちのオークションが始まった。
生徒たちは自分が売られていくということを理解している者と理解できていない者に別れ、前者の表情はかなり暗い。
「最初はカズキ・フジサキ。ジョブはランクCの『狂戦士』、戦闘では頼りになるジョブです!開始値は百万から!」
藤崎は見た目が大人しくそれほど目立つタイプではないが、『狂戦士』という戦闘力の高いジョブらしい。
そんな彼を競り落とそうと値がどんどん上がっていく。
結局、藤崎は八百九十万でラーデ・クルード帝国という国が落札した。
八百九十万が高いのか安いのか分からんが、それが藤崎の価値らしい。
しかしステータスには現れなかったが、どうも職業にはランクがあるらしい。このランクが表すのは恐らく戦闘における有用さだろう。
その後、オークションは進み何人かの生徒はオークションで競られるのに気分を害し騒いでいたが、概ね三百万から五百万程度で落札されていく。
この値段が高いのか安いのか分からないな。
「次はヒデオ・クジョウ。ジョブはランクS!『聖剣士』!皆さんがご存じのとおり勇者の中核を成すジョブです!」
勇者の中心人物であるらしい九条英雄は生徒会長でイケメンだ。
彼が紹介されると身なりの良い人たちの目つきが鋭くなる。やはり『聖』が付くジョブほど良いジョブなんだろう。
開始値は何と五百万。今まで三十人ほど競られたが落札値が一番高かった藤崎で八百九十万だったのでこの『聖剣士』がどれほど期待されているのかが分かる。
九条の値はどんどん上がっていき、アッという間に三千万を越え、更に四千万も越えていった。
終値は最初に藤崎を落札したラーデ・クルード帝国で五千五百万だった。
「次はガイ・サルヤマ。ジョブはランクS!『聖闘士』!開始値は四百万です!」
猿山も『聖』が付くだけあって開始値が高い。
そして落札したのは又もやラーデ・クルード帝国だ。
各国の力関係が大体分かってきた。
十五ヶ国の中でもラーデ・クルード帝国は頭一つどころか二つ三つ抜けた存在のようだ。
オークションは進んで八十人ほどが競られ、落札した国は十四ヶ国にのぼる。
残りの一ヶ国は規模や財政が底辺の国なのかも知れない。
「次はスズノ・イチノセ。ジョブはランクS!『聖女』です!。開始値は五百万!」
予想通り一ノ瀬も高額の開始値だ。
あまり気分の良い物ではないとしかめっ面をした一ノ瀬が四千四百万で売られていく。
競も山場を越えたのか暫く数百万で推移し百人を超えた頃に俺が競られることになる。
「ツクル・スメラギ。ジョブは……ランクG『調理師』……開始値は一万です」
ヤル気のない声で俺を紹介する男に、俺のジョブを聞いてザワつく身なりの良い各国の代表たち。
予想はしていたがかなり悪い評価のようだ。
そしてランクの低さと一万という格安の開始値を聞き異世界側だけではなく、生徒たちからも喧騒が聞こえた。
異世界人だけではなく、生徒たちも俺を見下した視線を向ける。
「えー……競は始まっておりますのでコールをお願いします」
「(シーーーーーン)」
予想通りの展開だ。しかし現実を突きつけられると何だか目から汗が出そうだ。
「入札御座いませんか?」
「……」
「……」
「そんな役立たずを入札するわけないだろ!」
「そうだ!時間の無駄だ」
「早く次の者の入札に移れ!」
あちらこちらから俺の入札を時間の無駄だとか無能だとかという声がかかり俺は落札されることなく締め切られてしまった。
まさかの入札ゼロ……いや、奴らは入札拒否しやがった。
落札されなかった俺はどうなるのかな?と少し不安に思うが、今は状況を見守るしかない。
書籍はWeb版とはかなり違ったストーリーになっています。
Web版が物足りない方は、書籍を読んでいただけるとスッキリするかもしれません。